第39話 阿島 義男という男②
それからネット上ではROM専となり、自分から発信をすることは一切しなくなった阿島。
もちろんその理由は、例の炎上事件があり、自分の意見を発信するのが恐くなってしまったためである。
ちなみに現在、阿島が平井 宗大という生徒から握られている弱みというのは、その件に関することである。
実は宗大は動画投稿サイトでゴシップ系を取り扱う配信をしており、顔出しはしていないが視聴者もかなり多い配信者だ。その上リークがあれば一般人だろうとネット上で公開してさらし者にするのだ。
過去に炎上した動画の配信者が阿島であることを知っている宗大に、もしもそのことを配信で暴露されたり、学校中で広められたりしたら彼の教師としての立場も危ういということから弱みを握られていた。
と、話はそれたが……その当時阿島は炎上の恐怖からネット上でも自分の意見は押し殺し、間違っていると思っても黙ってやりすごしていた。
(本当に皮肉な話だ、いじめを見て見ぬふりをする人間に絶望して正そうと教師になったというのに、最終的にはネット上ですら声をあげられずに生きているのだから……)
しかし、しばらく長い年月そんな日々を過ごしていると、彼の心を大きく揺さぶる出来事が起こった。
阿島はその頃、気になっているイラストレーターがいた。イラストレーターとは言ってもイラスト投稿サイトに趣味で投稿している一般のユーザーだが。
ユーザー名は榎島 アカネ。
(なんというか、彼女のイラストには引き込まれるものがある。もちろんプロのイラストと比べたら技術的な面では稚拙かもしれないが、きっとすぐにでもプロになってしまうのではないかというポテンシャルを感じる。それになにより、見ていて心が揺さぶられる)
阿島は密かに彼女のイラストを見ていた。もちろんコメントなどはしないが、これから彼女のイラストが投稿されたら見ることを楽しみにしていた。
しかし、あるときそんな彼女のとあるコメントがついた。
そのコメントはいわゆる批判で、ここをこうしろなどと偉そうな命令口調で指摘していた。
(もし自分が初めての作品を投稿して、そんなことを言われたらすぐにでもやる気を失くしてしまうだろう。本当に、ネットで好き勝手いうヤツはなんでこんなに偉そうなんだ!)
阿島は怒りに身を震わせ、その偉そうなやつにコメントで怒りをぶつけようと文章を入力するところまでいった。しかし、やはりコメントはできなかった。
(もしここで余計なコメントをして、またあのときみたいに集団で攻撃されたら……)
彼は震える手で、途中まで入力していた文章を削除してしまった。
それでもしばらくすると、榎島 アカネの2作目のイラストが投稿された。一目見ただけでわかった、彼女は1作目で受けた批判をしっかりと受け入れ、この2作目に活かして来たのだと。
(これならあのクソコメ野郎も何も言えないだろうな。それともまた別の方向から粗を探して偉そうに指摘するのか?)
そんな阿島の予想とは裏腹に、今度は別の人間がコメントを残した。ただ一言『前の方がよかった』と。
それでも彼女はコメントに負けずに作品を投稿し続けていた。しかし自分勝手に批判や指摘をするコメントは増え続けるばかりだ。
「本当に許せん……! この偉そうなクズどもが!!! なぜ人が傷つく言葉をそうも簡単に吐けるんだ! けど、それ以上に許せないのは……こんなに怒りに震えているのに、彼女を助けるために言葉一つ発せない私自身だっ……!」
阿島が葛藤し、苦しみに悶えていたとき、彼女のイラストに一つのコメントがついた。
『榎島 アカネさんのイラストを全部見させてもらいました! すごく好きな作風で、これからも見たいのでフォローさせていただきます!』
なんと、完全に彼女のイラストを批判する流れが出来あがっている中、その人物はそんなことを一切気にせず彼女を褒めるコメントをしたのだ。
気になってそのユーザーを見ると、霧谷コウという名前だった。
霧谷 コウについて調べてみると、彼はWeb小説を書いたりボカロ曲を作ったりしているようだった。
その後、榎島 アカネは彼の楽曲のPVでイラストを担当し、称賛されることとなった。
完全にコメント欄が彼女を賞賛するムードだったためだろう、阿島もここではコメントを送信することができた。
『神絵師爆誕でござる』
彼がROM専になってから初めて送信したコメントだった。
◇
それから少ししてからのことだ。
阿島はVライバーの配信アプリにもはまっていた。もともとVTuberが好きで有名な事務所のVTuberの配信を見ていたとき、広告に出てきて存在を知った。
そして、彼は配信アプリにはまった。
視聴者が大勢いるVTuberとは違い、閉じられたコミュニティであるあるため視聴者は少ない。その分、ライバーとの距離を身近に感じられた。
もちろんそこでも阿島は自分の意見を発することはできなかったが、ライバーの話に相槌をうったりだとか、話しかけてくれたことに応えるなどして配信を見ることを楽しんでいた。
その中でも、阿島が好きでよく配信を見ていたライバーがいた。
名前は朝日奈 コナツ。
榎島 アカネを知ったときと同じような感覚だった。
きっとすぐにでも有名なトップライバーになってしまうのではないか。そんなポテンシャルを感じたし、ひっそりといちリスナーとして応援していた。
しかしいつも通り配信を見ていたとき事件が起こった。
朝日奈 コナツの配信に、クマダとかいう自語り野郎が現れたのだ。
完全に枠の空気が悪くなり、彼女も困ってしまっている様子だった。
(くそっ、こんなとき……なぜ私は彼女をフォローする一言をコメントする勇気もないんだ!)
またしても葛藤に身を震わせていたそのとき、ひとりのリスナーがギフトで枠の流れを変え、さらに完全に自語り野郎が中心となっているアウェイな空気の中彼女を助けるようなコメントを躊躇いなく送信したのだ。
そのリスナーの名前を見て阿島は驚いた。
(霧谷 コウ……君はまた、私が出来なかったことをやってくれた。まるで私の気持ちを代弁するかのように)
「ははっ、本当に情けないな、私は……。霧谷 コウ……君に頼ってばかりだ」
そう自嘲しながらも、彼はコウのコメントに便乗する形で、朝日奈 コナツをフォローするコメントをした。
『拙者もコウ殿と同じくでござる』
◇
それから阿島は霧谷 コウのファンとなった。
言うまでもなく、いつも霧谷 コウのコメント欄に何かと出没していた一人称拙者で語尾ござるのテンプレオタクは阿島 義男である。
阿島はもちろんコウがVTuberとしてデビューしてからも応援しており、声を知っているため、新崎 浩介が入学してきてすぐに気が付いた。
『えっ、はい。新崎 浩介です。趣味は寝ることです。よろしくお願いいたします……』
この冴えない雰囲気で地味な自己紹介をした人物が、あの霧谷 コウだと。
(あのときはスルーしたみたいになってしまってすまないね。しかしあまりに驚いたものだからね……。正直、霧谷コウを知っている人があの自己紹介を聞いたら驚きで誰も反応できないだろう。例えばもし、同じクラスに霧谷 コウを知っている人が居たりしてもね)
小夏 美緒の家にプリントを届けることをお願いしたのも、彼の人柄を知っているからこそだ。
もちろん、浩介に対してネット上での話を持ち出すことはしなかったが……。
――そして現在、夜の宿泊施設の外にて。
阿島は過去の因縁でもある小笠原 真知子と対峙していた。
当時彼が救えなかった榎島 アカネと朝日奈 コナツ――美鏡 朱音と小夏 美緒も見守る中で。
中学までは嫌われ者だった陰キャぼっちオタク、高校には彼に救われたネット友達(美少女)たちが全員集まっててモテまくってる件。 踊る標識 @odoru_hyousiki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。中学までは嫌われ者だった陰キャぼっちオタク、高校には彼に救われたネット友達(美少女)たちが全員集まっててモテまくってる件。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます