第38話 阿島 義男という男①

 阿島 義男は幼い頃から劣等感を抱え、自分という人間を嫌って生きて来た。


 昔から背は小さかったし、顔も地味でパッとしない。その上性格も暗く、友達は居ないから遊び相手は自分と同じく友達の少ない弟くらいのものだった。


 最近では仕事のストレスで暴飲暴食をし過ぎたせいかお腹も出てきたし、髪も年々薄くなっている。


 人にちょっぴり自慢できることと言えば……あじま よしおという名前の最初の一文字を変えると、有名なお笑いタレントと同じ名前になるということくらいだ。


(まぁ別にそれも自分がなにかすごいことをしたわけではないし、誇れることでもないのだが……)


 そんなことを考える冴えないおじさん教師の阿島だが、彼が教師になったのはわけがある。高い志を持ってのことだった。


 彼は陰気な上に見た目もパッとしないことから、学生時代にはいじめを受けていた。周りの生徒は見て見ぬふりで、担任も自分が責任を負いたくないのか、クラスにいじめがあることを隠蔽しようとするばかりだ。


 そんな経験があったからだろうか……小夏 美緒が中学でいじめを受けていたということを知った彼はクラスで余計なことを口走ってしまい、デリカシーがないとブーイングを喰らってしまった。


 ともかく、当時からいじめというものを強く憎んでいた彼は、自分が教師になって理不尽を正そうと思ったのだ。


 しかし実際に教師になって彼の志はすぐに打ち砕かれてしまう。そこは、自分が学生時代に経験したよりも闇が深く、理不尽がまかり通っている世界だった。


 特に阿島を絶望させたのは、彼が初めて担任としてクラスを受け持った際、その学年の主任だった小笠原 真知子という女だ。


 プライドが異常なほど高く、自分が絶対に正しいと信じて疑わないような人間である。


 生徒に対する教育の仕方は明らかに度を越えているし、彼女自身の娘に対する教育も異常だと聞いたことがある。


 阿島は彼女の横暴な行為を止めようと抗議した。しかしなぜかすべて揉み消された。なにやら彼女の両親は教育界の人間で、理事長と強力なパイプがあるとのことだった。


 それでも阿島は理不尽に立ち向かおうと周りの教師たちにも呼びかけたが、みな一様に真知子の横暴な行為は見て見ぬふりだった。それどころか、みな阿島を厄介者扱いし、彼は気が付くと孤立していた。


 聞こえてくる自分への陰口、止まらない真知子の自分勝手な行為。


 そんなことを繰り返しているうちに、阿島は精神を病んでしまった。やがては別の高校へ異動となり、それからは目立たずことを荒立てず、可能な限り静かに過ごすことを決めた。


(そうだった……私は昔からダメな人間だったじゃないか。教師を目指していたときはなにを思い上がっていたのか。無駄に正義感が強いくせに、結局はなにも出来ない小心者……それが私だ)


 やがて阿島は現実に嫌気が差し、ネットの世界へと逃げ込んだ。


 ネットにどっぷりとつかっている間は現実での鬱憤を忘れさせてくれた。やがて阿島は動画投稿サイトで生配信というものを始めた。


 顔出しはしていなかったが、それなりにリスナーを獲得した。現実で嫌な事ばかりでも、ネット上の配信で視聴者たちと会話をしている間は楽しくいられた。


 しかし、そんな彼の居心地いいネット生活も、とある事件で幕を閉じてしまう。


 その頃、阿島には推しの女性配信者が居た。その女性配信者は顔出しをしており、ファンも多かった。


 あるとき、その女性配信者が炎上するという出来事が起こった。配信中に男性からの連絡が入ったことで、彼女のファンたちが逆上し始めたのだ。


『誰とも付き合ってないって言ったのに……!』『俺たちをだましたんだ!』


 自称ファンたちは自分勝手にネット上で彼女を批判した。それにより、その女性配信者は活動を休止してしまった。


 怒りに燃えた阿島は自分の配信で、そう言った身勝手な批判に対する怒りをまき散らした。


「何を勘違いしてるんだ自称ファンどもは! そもそも彼女に連絡を入れたのが交際相手だという証拠もないのに好き勝手なこと言いやがって!」


 そしてその配信が多くの自称ファンたちの目に留まり、阿島の配信は彼の推しの女性配信者以上に炎上する結果となった。


 やがて阿島はネット上でも居場所を失った。けれどやはりネットはやめられず、ROM専として様々な活動者を見ていた。


 そんなときだ、阿島がネット上で霧谷 コウと出会ったのは。

 

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