人の噂も七十五日、なわけがない

花籠さくら

第1話

【8組のS田、仕切りたがりでウザイ】

【皆に嫌われてるんだから学校に来なきゃいいのに】

 

『それな、たかが文化祭で張り切りすぎ。』

『S田もだるくて、あのN委員長もいるとか、8組ハズレで草ww』

『担任パンダちゃんで、皆の女神K崎ちゃんもいる2組は最強』

 

【8組のY本と2組のK崎がキスしてた】

 

『唐突だなwwww』

『え、あの二人付き合ってるの?』

『それはしんどすぎる。』

『今日Y本、呼び出されてたよな』

『あれ、何だったの?』

 

【M西も呼ばれてたし、カンニングとか?】

 

『マジ?笑 えぐすぎ』

『ガチかよ、引くわ』

『でもM西なら納得できる。』

『わかるwwww』

『カンニングって退学?』

『知らね。退学でも自業自得だろ。』


 証拠のない噂で大いに盛り上がる高校の裏掲示板を、ベッドに寝転がりながら眺める。


 うちの学校の生徒は暇な人が多いようで、2つ3つ話題をふると、すぐに新しいコメントが更新される。その殆どが批判や同調で、擁護する発言は1つもない。今も熱心にスマホとにらめっこをしているであろう奴らが憐れで、思わずニヤついてしまう。


 ――こいつらは皆バカだ。


 本当か嘘かも分からない、誰が書いたのかも分からない、そんな話を本気にしているのだから。


 実際、私が書いたことは、半分は真実、半分は嘘だ。


 杉田君が文化祭準備を率先していることは事実だけど、8組の大半が彼のやる気にほだされて、一緒に全力で文化祭を楽しもうとしている。疎ましく思っているのは、だらけている自分たちがかっこいいと勘違いした一部の男子だけ。

 

 安本君と川崎さんはずいぶん前から付き合っているけど、キス現場なんて目撃していない。ただ、彼女の方は今度の文化祭で行われるミスコンの優勝候補と言われるほど人気があるため、明日からは相当騒がれるはずだ。


 最後の村西君の話は、まさか乗っかってくるとは思わなかった。あの呼び出しは頭髪検査に引っ掛かった人たちが対象だ。別に安本君と村西君に限った話ではなく、他にも数人が呼び出されていた。それをカンニング、しかも退学とまで言うなんて、本当に――


「かわいそう」


 それにしても、サイトを作ってくれた人には感謝しかない。


 この私が、他の人たちを操れるなんて、何だか信じられない。誰かの心の奥底に潜む恐怖や嫉妬を利用するなんて、こんなにも自己顕示欲が満たされる時間はない。


 最初見つけたときは驚いたけど、今までのやり取りを見ていくうちに、ここの人たちは常にターゲットを欲していることが分かった。その相手は誰だっていい。自分たちの娯楽にさえなれば、それでいいのだ。


 だから、私は利用した。


 毎日楽しそうに学校生活を送る奴らを、私をゴミのように扱ってくるあいつらを、同情の目を向けながら声をかけてくる偽善者を、とにかく観察して、会話を盗み聞きして、得た情報をサイトに打ち込んだ。


 学生とは怖いもので、翌日には良い噂も、悪い噂も尾びれをつけて、あっという間に広まっている。


 あるものは身に覚えがないと嘘を吐き、あるものは弁解もなしにひたすら泣き、あるものは肯定も否定もせず気丈に振舞った。


 それでも、結局どう振舞ったって、友達という上辺だけの薄っぺらい輪はほころび、乱れ、そして修復されることは永遠にない。


 気まずい空気が流れたまま一緒に行動し続けたり、グループから外れて孤立したり、落ち着き方は様々だが、その度に私はこう思う。

 

 ――このまま、皆一人になればいいのに。


 私が掲示板から離れるとき、それは学校中の誰もが一人になるときだけだ。

 

 ****


「……え?」


 次の日の夜、いつも通り例のページを開いて、思わず声が出た。


『このサイト、8組の阿部が運営してるって本当?』


 今日は、村西君が自分はカンニングをしていないと激怒したことを書く、はずだった。


 ――8組に阿部って私しかいないし、どういうこと?それに伏字ですらないじゃん。


 頭が混乱して、スマホを持つ右手が大きく震える。動揺している間にも、メッセージは次々と送られてきた。


『阿部って誰?』

『阿部姫芽、休み時間とかずっと一人でいる』

『名前と正反対すぎるだろw』

『でも確かに8組の話が多かったかも。』

『悪口も全部そいつ?笑』

『陰キャがネットでしゃしゃってるのウケるwwww』


 目に入る言葉1つ1つが鋭利な刃物となって、容赦なく私を傷つける。


「ち、違う」


 じわじわと滲む涙をこらえながら、無機質な画面に向かって必死に否定を述べるが、誰もやめてはくれない。


『盗聴とかされてんじゃね?笑』

『こわwwww』


 ――少しは書き込んだけど、サイトを作ったのは私じゃない!

 

『ただの妬みかよ』

『かわいそう。』


 ――やめて、私を憐れまないで。

 

『てか、そもそもこの掲示板自体がクソ』


 ――なんでよ、皆だって散々楽しんでたじゃない。


 スマホをテーブルにたたきつけ、布団に潜り込んだ。突然ナイフを向けられた恐怖に体中が震え、呼吸も上手く出来ない。ぎゅっと目をつむると、数え切れない人たちが私を指差す幻覚と、恐ろしい幻聴が聞こえた。


『次はお前だ』

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人の噂も七十五日、なわけがない 花籠さくら @sakura_hanakago

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