人の話を聞かないヤツへ。
三丈 夕六
こういうことってあるよなぁ。
週末の喫茶店は混み合っていた。俺はそわそわしながら待ち合わせの相手を待つ。昨日初めてネットでやりとりした女性と会うことになっているのだ。
正直、実際会えるまで何度玉砕したか分からない。
相手の趣味やプロフィールで質問していくのがどうも苦手だ。ついつい自分語りが増えてしまい、挙句スルーされてしまう。
「今回ばかりは失敗できないぞ」
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
周りの席を見回してみるとカップルが目立つ。すぐ隣の席では、この近くに映画館があるからか、映画の話題で盛り上がっていた。
自分の席に女性が近付いてくる。思わず息を飲んでしまう。プロフィール写真はどうしても良く写そうとするものだし、加工技術も発達した世の中だ。
多少のギャップは覚悟していたが、その女性は写真を超えるほど美しかった。髪は長く、清純そうな外見はまさに男の理想像とも言える。
「田中さんですか?」
「は、はいそうです。佐藤さんですか?」
あまりの緊張で立ち上がってしまう。
自分の声が上手く認識できないが、おそらく上擦っていただろう。彼女は俺の問いかけに頷いた。
一瞬人違いの可能性も考えたが、どうやら本人らしい。
奇跡だ。俺は心の中で叫んだ。
はしゃぐ気持ちを抑えながら彼女と席に着く。店員を呼び、俺はブラックコーヒー、彼女はココアを頼んだ。
15分ほど経過すると徐々に彼女と打ち解けてきた。
彼女の容姿に身構えてしまったが、ネットで既に話をしていたのだ。知り合いと話すのと変わらないじゃないか。
「それでさ。その映画って、同じ家がいくつも並んでいて、カップルが脱出できなくなるらしいよ」
彼女が話を続けている。彼女は最新映画を鑑賞するのが趣味らしい。対して俺は過去作を追っていくのが好きだ。
彼女が話題に出す映画タイトルに、俺が過去作の影響を解説していく。
ネットでもそのやりとりで上手く会話できていた。
「ところで話が変わるけど、あの芸人さん達知ってる? 最近動画サイトで人気らしいよ。都市伝説を語ってるんだけど、それが絶妙に面白いネタでさ。最近ハマってるんだ」
彼女が話題を変えた。
都市伝説。都市伝説といえば昔口裂け女というのがあったな。あとジェットババアだっけ。これは妖怪か。妖怪ってちょっと前までブームだったよな。ダンスを踊るやつとか、鬼太郎がリメイクされたり。そういえば海外にもエスシーピーという妖怪に近い話があったな。よく動画サイトで特集されてるよな。あれなんとなく不気味だし、怖いんだよなぁ。
「エスシーピーって知ってる?」
「え?」
彼女が一瞬驚いたような顔をした。しかし、すぐに丹精な顔立ちに戻る。笑みを含んだその顔に改めて顔か熱くなるのを感じた。
「名前は聞いたことあるよ。どんな内容なの?」
俺は昔調べたエスシーピーの内容を話した。
とりとめのない話し方になってしまったが、彼女は相槌をいれながら話を聞いてくれた。
その後、また映画の話題に移り、楽しい時間を過ごした。
さらに20分ほど経った頃、彼女は新しい話題を話し始めた。
「それでね。大学のゼミの人達と今度旅行に行くんだ。広島なんだけど、行ったことある?」
広島、広島か。確か高校生の時一度行ったよなぁ。地元名古屋より発展しているなぁ、なんてみんなすごく驚いたっけ。……名古屋なんてもう随分帰ってないなぁ。高校時代のあいつら元気でやってるだろうか。そういえば同級生の加藤の奴、最後に会った時彼女に振られたとか言って号泣していたなぁ。
「昔、加藤っていう同級生がいてさ」
「え」
彼女が目を丸くしている。突然人名が出てきたから驚いたという顔だ。
そうだ、何か彼女は言っていたな。なんだっけ。たしか旅行って言ってたな。旅行、旅行、高校時代、旅行……そうだ、広島の話だったな。早く話を修正しないと、ええとあれは確か……。
「その加藤がさ、広島に行った時、どうしても広島焼きが食べたいって聞かなくて、駅前の小さな店に入ったんだけど、あれは美味かったなぁ」
咄嗟に思い出を組み替えて話す。本当は広島焼きを所望したのは龍田だった。加藤は食い意地が張っている龍田を嗜めていた方だ。すまん、加藤。見ず知らずの女子にお前を食いしん坊キャラとして紹介してしまったよ。
「そうなんだ。私も今度行く時行ってみようかなぁ」
彼女は話に合わせてくれているが、明らかに頭に疑問符が浮かんでいる。これ以上はさすがに気を悪くしてしまうだろう。
気を付けよう。俺は肝に銘じた。
「旅行は3日間あるし、少し遠いけど厳島神社にも行きたいなぁって思ってるんだ」
彼女が旅行の話を続けている。ダメだ、今度はちゃんと話を聞かないと。
相槌を入れながら時折質問を織り交ぜる。なかなか良い調子だ。
「私はあんまり興味ないんだけど、大和ミュージアムに行きたい子がいるんだよね」
大和、ヤマト、男たちの大和はトラウマものだったな。パッケージ写真だと男の友情ものだと思ったんだよなぁ……いかんいかん。ちゃんと話を聞かないと。
「そうなんだ。なかなかその子もマニアックだね」
「そうでしょ?おもしろい子でさ。漫画好きで、イラスト描く子なんだけど、おじさんばっかり描くんだよ」
おじさんばかりってことは時代物が好きなのか?おじさんが良く出る漫画って戦争ものが多いな。あとSFか。ガン⚪︎ムも結構出てくるな。ガン⚪︎ムか。最近はイケメンキャラばかりだけど初代はイロモノキャラがたくさん居たな。やっぱり宇⚪︎戦艦ヤマトとかそちらの流れから来ているんだろうか。それにしても最近は本当に美男美女ばかりの作品が増えたな。それも好きだけど、俺はもっとこう、色々な年代とか三枚目キャラクターが活躍する作品が見たいんだよな。
「なんだけど、どう思う?」
彼女が返答を求めてこちらを見ている。
やばい。やってしまった。完全に聞き逃していた。なんて言っていた? 考えろ、なんて言っていたんだ。このまま思い出せないなんて完全に嫌われる。いくら今までネットでやりとりしていたからといって初対面だぞ。いつもこうなんだよな。あの時もそうだった。高校の卒業式の日、美香ちゃんに呼び出された時も何か話があったはずなんだ。それなのに、貸していたCDの話が気になって何を話していたのか全く聞こえてなかったんだよ。最初に世間話から入るなんて会話の基本だろ。その先に重大な事があるんだよ。それを聞き逃すなよ、俺。だからあの時、美香ちゃんは冷たい目をしていたんだろ。
「ねえ、聞いてる?」
「き、聞いてるよ」
彼女は明らかに不満そうな目でこちらを見ている。だめだ。またやってしまった。
「私が何を話してたか言ってみて」
彼女の声色が変わる。明らかに怒りのトーンが混じっている。
自分の脳細胞へ先ほどまでの話題を振り返るよう命令する。
思い出せ。何かあるはずだ。すこしのカケラでもいい。それを見つけるんだ。
「……戦艦大和の話」
しぼり出すように答えた。自分の中にあった会話のカケラがそれしか残っていなかった。
彼女は無表情のような、怒っているような、なんとも言えない顔をしている。そして、立ち上がると1000円札をテーブルに置く。
「帰る」
それだけ言うと彼女は席を離れ、喫茶店から出て行った。
気がつくと、彼女が出て行った扉を見つめていた。どのくらいの時間こうしていたのだろう。ふと空になった彼女のカップが目に入る。視線を滑らせると自分のコーヒーはあまり減っていなかった。
自分のカップに口を付ける。冷めたコーヒーは酸っぱい味がした。
人の話を聞かないヤツへ。 三丈 夕六 @YUMITAKE
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます