カルマの返済
YOUTHCAKE
第1話 転生
【ぼっちゃ~~~ン!】
まさか自分が大水の中に落ちるだなんて思ってもみないから、彼は驚いた。
『うわあ!なんだ!ビショビショじゃないか!まさか!夢か!?だとしたらおねしょ?!俺30なのに!!!?』と慌てて身体を起こした雁歌根豪は、その目にまざまざと見せつけられた風景のあまりの唐突さに混乱した。
その物音に驚くでもなく、今度は少し離れたところから女の声がした。
『やっと来たか、ここは井戸ポータル。ここの水は特殊にできていて、濡れたお主の身体はスグに乾く。じっとしてないで早く出てこい。姦しく騒ぎ立てるな、お主男だろう?しっかりしろ。』とその女は言う。
思いのほか底が浅く、足がしっかりつく井戸は、井戸というにはあまりに堀りがなく、井戸というには水がたたえられておらず、今いる建物の天井に床と同じように井戸のようなものがあって、鏡映しのようになっている。水が、その間にはみ出ることなく、たゆたっており、彼はそこから足をゆっくりと進みだすと、その水はこぼれずに、上下の井戸間を行き来した。
『なんだここは?俺の隠れ家はどうした?俺の、ゲームや、フィギュアは?』と豪は平静を装えずに、若干取り乱して言う。わからなくもない、今彼は、それまでの地区30年住み慣れた実家のイカ臭い自室ではなく、これまでの生活で嗅いだことのない、捕獲され調理された獣の匂いや、藁ぶきだが経年劣化によって一部雨が浸透した湿っぽい雨の匂い、そしてなにより汗臭く錆を帯びたすっぱい匂いのする剣士のような女の体臭。どれも、彼は両親がした手入れの行き届いた実家では嗅いだことのない、野生の香りだった。
『お主、そんな何の役にも立たぬものを山ほど持ちおって。お主のことは知っておるぞ。齢30にもなって労働もせず、初老となった両親にも親孝行一つせず、そしてオナゴとの契りの儀式も交わさずに生きて来たと。』とその女はすべてを見透かしたように言った。
『そんな!俺の居心地のよいコンフォートゾーンが!どうやったら戻れるんだあ!返せ!』と豪は喚く。
『そう姦しく喚くな。お主たち異世界の原住民は、あまりに恵まれ過ぎておる。そのツケが返って来たのじゃ。悪く思うな。そうそう、向こうの世界では、肉親が朝昼晩と食事や寝床を用意して、キレイに整えられた衣服を身にまとい、夜はピンと張ったシーツというものがしかれたベッドというものに身を埋もれることができるそうじゃないか?甘いな…。だからそんな怠慢な体型をしているのだろう。』と女は言った。
『ええっ…。改めて言われると、ぐうの音も出ない…。というか、俺の体形のことはいいだろう!俺はそれだけは言われたくはないんだ!やめろ!』と豪は叫ぶ。
『そう醜い身体を震わせながら叫ぶなと言っておろう。まあいい。いずれ、お主は痩せる。これからお主には、この世界の勇者として名を挙げてもらう。そのためには、まず、身体を鍛えることが必要だ。心して私についてくるのだ。』と女は言った。
『え?いきなりトレーニングですか?俺小学校のときからずっと漫研で、全く運動なんてしたことありませんよ!?』と豪は焦った。
『御託はいい。早速、行くぞ。』と言って女は建物の出入り口のドアを出て行った。目の前には、ロッククライミングのような昇り方向の断崖や、全身の力を使って慎重に降りないと大けがをしてしまいそうな下り坂があった。
『いきなりここを上がれ下れといっても行けまい。まずは筋肉を鍛える。』と女が言って衣服に着けた巾着から取り出したのは、小さな尺取虫だった。
『こいつが、お主の鍛錬相手だ。』と女は言う。
『え?それが?』と豪は疑問符を口にした。
カルマの返済 YOUTHCAKE @tetatotutit94
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