貴公子と申し子

ポッカ

遅めの朝食と電話と眼鏡修理費用約6000円

 ある土曜日の昼下がり、神楽坂アキトは自宅のリビングで遅めの朝食を食べていた。そんな中、無意識につけっぱなしにしていたテレビからワイワイと楽しげな声がする、何かのバラエティーなのだろうか。様々な芸能人やMCがいる中、ひときわ目立って映るのは左端にいた一人の男性だった

「こんにちは!Altoです、今日もよろしくお願いします!」


 艶のある黒髪にソレを際立たせる深紅のインナーカラー、整った顔立ちをさらに華やかに彩る群青の瞳とライトを受けてきらりと輝く銀縁のアンダーリム眼鏡、すらっとした体格に優しく甘い低い声を響かせる彼は、今をときめくトップアイドル「銀縁の貴公子・Alto」だ


「おーおー、今日も輝いてますなぁAltoは~」

「ちょ、やめてよアキくん!この収録、すごく緊張したんだから~!」

「はは、知ってる知ってるって。それにしてもお前、この時俺いなかったのによく段差とかでコケなかったよな~」

「そ、そりゃあね…気を付けてるよ…!…毎回アキくんに支えてもらえるわけじゃないのは、わかってるから…」

「まぁ、そうだわな。俺よりお前のほうが人気上なんだから、毎回一緒とはいかんよな」

「うっ…せっかくならいっしょがよかった…」

「……アルト」


 そのテレビから目の前の席に座る男性に目を向ける…なんだか眠そうな顔で味噌汁をすする彼は、黒髪に群青の瞳、それにピカピカに磨かれた、でも少しヨレて見える銀縁のアンダーリム眼鏡をしている……まさしく、テレビの中にいるAltoそのものだった。なぜ彼がアキトの目の前にいるのか、しかも同じメニューの遅めの朝食を食べているのか…

 話はさかのぼること生まれたとき…約20年前。Alto…本名:向坂アルトは神楽坂アキトと同じ町の同じ病院で生まれた子だった。もとから親同士仲がいいとか、幼馴染とかそういうわけではなく、本当に偶然同じ病院だった。入院中も母親同士が彼らを抱えてすれ違うたびに微笑みあい、きゃあきゃあと会話(のように聞こえる音声)をして、遊ぶ時も自然と隣にいたのだ。そんな姿を見た双方の両親は「もうお友達ができたのね!」と大喜び、その勢いのまま近所付き合いをはじめ、ノリのまま幼稚園を一緒にし…そこから小・中・高・大と学校すべてを同じ場所で過ごしたのだ。

 そんな彼らがアイドルになったのにはワケがある。アキトには五年ほど先に生まれた姉がいるのだが、アキトが高校一年のころ彼女が「アキト顔いいからアイドルいけるっしょ!」と勝手にオーディションに応募、書類選考にストレートに受かってしまいここで引くわけにはいかないと面接を受け、見事に受かってしまったのだ。どうせ受からないだろうと思っていたアキトは頭を抱え、その話を聞いたアルトは「わぁ!やっぱりアキくんはすごいね!」と純粋に喜んでいたのだ。そんなアルトの姿を見て「…しゃーねーなー」と思いつつも芸名:Akitoとしてアイドル活動を開始、学業に力を入れつつも活動は多少手を抜いて…といった風に動いて早四年、中の上までは来たのだ。

そんな中、大学一年に上がった際にアルトが「やっぱりアキくんの隣にいたい!ボクもアイドルになる!」と一念発起、苦難はありつつもアイドルになることに成功したのだ!そこからは持ち前の品格とルックスで人気がうなぎのぼり、歌や演技は後から身に着けたものだがそれでも上の上まで上り詰めたのだ…!

 今や彼らの名前を知らないものはあまりいないと言っても過言ではないほどの人気を博している二人、コンビで扱われることも多い彼らだが、実はいうとアキトは最初「アルトとの関係性」を隠したいと思っていたのだ。なぜならアルトは人見知りで、もしもアイドル:Akitoの友人としてインタビュアーや芸能人に取り囲まれたら緊張でガチガチになるか、怖くなってギャン泣きしてしまい、外へ出られなくなってしまうのでは…?と考えていたからだ。まぁそんなことなかったのだが、むしろアイドルになってからのびのびと過ごしていて、ギャン泣きするようなことなく過ごしているのだ。

 …そういえばデビューしたての頃は眼鏡じゃなく裸眼で売り出したいからって言って、バラエティー番組で「コンタクトをしよう!」みたいな企画やらされて、俺の隣で俺の腕にしがみつきながら「いやーーー!!!!いやーーー!!!アキくんたすけてーーー!!!!こわいよーーーーー!!!!!!」ってありえないぐらいにギャン泣きしたっけ…あれ以降眼鏡を付けたままでアイドル活動をしていたのだが、それが大いに受け入れられて今のAltoがいる。…もしかしてあの番組以降大舞台では泣いてない…?大きくなったな、アルト…


「…アキくん、アキくん!どうしたの?ご飯食べる手が止まってるよ?」

「あ?あぁ。悪い、アルト…ちょっと考え事をな」

「ふ~ん?アキくん珍しいね、疲れてる?」

「いや、アルトも大きくなったなぁって思っただけ」

「もう!アキくんもボクと同い年でしょ!?確かにアキくんボクよりしっかりしてるけどさぁ…!」

「あはは、悪い悪い。…あれ?」

「ん?どうしたの?」

「お前の眼鏡、普段より曲がってる気がして…気のせいか?」

「えっ、やっぱり…!?眼鏡、見てくれる…?」

「ん、借りるぞ…あぁ、フレーム部分が曲がってるし、丁番が外れかけている。この状態でよく今まで持ちこたえたなコレ…どこかのロケでやったのか?」

「うぅん…?…あ!多分先週の運動企画で、誰だっけ…あ、あの、おじさん…?にぶつかられちゃって…それかも…?」

「おじさん…?あー、もしかして芸人の明坂さんのこと言ってる?」

「あ!そうそう!あけさかさん!彼がよろけたんだけど、とても大柄な人だったからよけきれなくて、顔面で受け止めちゃったんだよね…あの時パキッって音が聞こえたんだけど、気のせいじゃなかったのかぁ……」

「あー、アレか…SNSで燃えてたのを見かけたな…」

「ね…なんで燃えてたんだろう…別に彼悪いことしてないのに…」

「多分、ぶつかった後の態度が悪かったからだろうな。お前に一言もかけずにケラケラ笑ってただろ、あのオッサン」

「…そうだっけ…?アキくんが助けてくれたから大丈夫だと思ってスルーしてたけど、そんなことになってたんだ…」

「まぁ、お前は知らなくても大丈夫だろ。それより眼鏡屋さんに連絡入れるの、俺がやろうか?」

「あっ!忘れてた…朝ごはんのお皿片付けるのやるから、お願いしてもいい?」

「りょーかい、やっとくわ。電話電話…の前に」


「「ごちそうさまでした!」」


「ん~!今日の鮭もお味噌汁もおいしかった~!アキくんありがとう~!」

「ん、うまかったならよかった。普段よりしょっぱくなったかなって思ってたから」

「そんなことないよ!白米に合う、ちょうどいい塩加減だったよ!」

「そ、ならいいんだけど…あ、眼鏡屋さん終わったら買い物行っていいか?明日以降に使う予定の食材買いたいんだ」

「いいよ~!エコバック二個持ってこっか!えーっと、買うものリストは…」

「今回はなくてもいいよ、必ず買わないといけないの牛乳ぐらいしかないし」

「そっか、わかった!」

「バッグとかは俺が用意するから、お皿片付けるのに集中してていいよ」

「は~い!ありがとう、アキくん!」


 のんき気ままに過ごす土曜のお昼。おいしい朝食もひと段落つき食器の片づけを始めるアルトと、近所の昔なじみの眼鏡屋さんに電話をかけるアキト。彼らを「アイドル」として見ている人には普段は表には出てこないのだけれども、それでもひときわ輝く綺羅星のようなときめきあふれる光景に見える瞬間。でも二人にとってはいつも通りの、ありきたりで暖かな日常の風景、幼馴染との思い出になる一コマで…とても大切なもの。この積み重ねがあったから二人はどんな困難も苦痛も耐えられた、だからきっとこれから先、それこそ死ぬまで一緒に何もかもを乗り越えていくのだろうと確信していた。


 これは、そんな彼らの日常のひとかけら。暖かな昼下がりの、ありきたりな日々の話。



 なおこの後眼鏡屋さんで銀縁眼鏡の修理依頼が終わり、予備の眼鏡(黒縁のウェリントン型で、幼いころから使っていた眼鏡の後継機)を掛けていざスーパーマーケットへ!お菓子買いたい!ポテチ!!と勇み足でズンズン歩んでくアルトとスーパーマーケットは逃げはしないだろ待て前の信号赤になりかけてるぞ!?止まれ!!とアルトを制止するアキトがスクープされ、よく共演するソロアイドル二人からニコイチアイドルに進化(?)するのだが、それはまた別のお話…

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貴公子と申し子 ポッカ @yuuuuuuuuuuukari

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