雛菊〈完〉

よあめ

第1話

 貴方が夢に出てきた。


 久しぶりのことだった。目を開けた途端に記憶が薄れそうなのが嫌で、布団を頭の上まで被ってぐずぐずしている。

 暫くそんな風に無駄に時間を消化していると、この夏何度目かの蝉の大合唱が耳を直撃してきた。五月蠅い。けど起きないと。

 先ず、布団をそうっと剥がしてみる。同時に窓から陽の光が目を刺してくる。これだから夏は。思わず頭をふいと横へ背ける。陽射しが当たらなくなったことを感じて、私はかたく瞑っていた目を少しだけ開いた。

 その時、誰かと目が合ったような気がした。いや実際にはそんなこと無いはずなのだが。少し驚いて目が覚めたのか、のっそり起き上がった私はベッドに腰掛けた。

 私の目線の先にあったのは写真立てだった。小さな額縁の中で私と貴方が並んで笑っている。


 貴方は今どこにいるの。

 

 心の中で静かに問いかけた。どこにも居ないことは、私が1番よく知ってるんだけど。久しぶりに夢で逢えたから。貴方に聴きたかったことを沢山思い出してしまった。


 貴方を殺し損ねたあの日から 1年が経とうとしている。でも私の心は1年分、いやほんの少しもあの日から進めてない。貴方がいなくなる代わりに得たのは自由ではなくて虚無だった。


 白い雛菊。

 貴方は自死を選んだ挙句、その花ととんでもない復讐のメッセージを残して消えていった。私はあの4文字の意味を結局のところ、解ることができない。夢の中で貴方に問うた事をもう一度心でなぞる。


 貴方が好きになった私ってなんだったの。

 どうして貴方は何処にもいないの。

 私に殺されるってわかったまま笑顔でいたのはどうして。


 夢の中でさえ、どれにも答えてもらえなかった。貴方はずっと楽しそうに、微笑んだまま黙っていた。


 そのまま色んな思考を頭の中で巡らせていると、 1つの思いが頭をよぎる。


 ねえ、私、貴方に逢いに行っても良いかな。

 貴方を探してみても良いかな。


 死ぬことと引き換えにでは無くて。この世界に足をつけながら。貴方が何を思っていたのか、その軌跡を知りたい。


 ふいに生まれたその思いは心の中で段々と膨らんでゆく。私がこの先、前を向いて歩いてゆくには、そうする事が必要な気がした。それに。思い当たる場所があった。きっと、あの日の貴方を知る手がかりになる場所。

 よし。

 ベッドから勢いよく立ち上がった私は身支度をする。最後にキャップを目深に被って、部屋をぐるりと見渡す。小さな額縁とまた目が合った。


 私、貴方に逢いに行くよ。


 心の中でそっと呟いて私は部屋を出た。階段を降りて玄関に向かう。玄関の扉を開けた時、刺々しい陽射しと夏の香りが同時に私を囲んだ。思わず笑みがこぼれる。


「行ってきます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雛菊〈完〉 よあめ @yoam3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る