ゆめのくるばしょへようこそ

  1.

 

 その日も夢を見た。まあ、忙しさのあまり、いい加減仕事が嫌になってたときで、その分眠りにつくまでに、ゲームをやったり、本を読んだりして、自分を何とかなだめるようにして、寝てしまった。


 大きなドアがあった。今時こんなしっかりした造りのドアはないよな、と思える

ほどの大きな一枚板で作られた、白塗りのドアで、金色に磨き上げられたドアノブがついている。安っぽいホテルなんかでは決して出逢えないような、厳格で、顔は柔和な執事風の黒服の男が、ドアの前で僕を待っていた。


「夢をお探しですか?」


 声をかけられるにしては、いきなりな言葉だと思う。でも、その日の僕は、本当にむしゃくしゃしていた。


「探していますよ。叶う夢ならね。」

「おや、叶わない夢はお嫌いですか?」

 執事は慇懃に微笑んで、僕の方を見ている。


「時と場合によりますね。今は叶わない夢を追えるほど心に余裕がない。」

「そうですか。では、叶えたい夢はお持ちですか。」

「叶えて欲しい事はいくらでもあるよ。わがままだからね。」

「それは、「夢」ですか、「望み」ですか。」

「「夢」と「望み」?」

「「夢」と「望み」は違います。「望み」はレトルトカレーのように

 一瞬で出来あがりますが、「夢」には熟成期間が必要です。」

  

 彼の言う事はよく解った。僕は、自分の叶えたい事を考えて見た。だけどそれが「夢」なのか、「望み」なのかは、なんだかいくら考えても解らなかった。

 

「わからないよ。ただ、叶えて欲しいだけだ。」


 執事は今度こそ笑った。


「そういうものかもしれません。では、あなたに夢の叶え方をお教えしましょう。」

「叶えてくれるのか?」

「私が叶えるわけではありません。しかし、お望みのままに。」

「教えてくれ。」


 執事は、改めて姿勢を正した。そして、笑顔を消し、僕をじっと見つめて説明を始めた。


「難しい事はありません。まず、一つの言葉を覚えていただきます。」

「言葉?」

「はい、良く覚えてください。「ゆめのくるばしょへようこそ」です。」

「夢の来る場所へようこそ?」


 なんともロマンティックな言葉だ。何より短いのがいい。


「覚えた。」

「そうしたら、その言葉の意味を良く考えながら、この扉の向こうへどうぞ。」

  

 僕は、白塗りのドアの前に立ち、金色のノブを握り締めた。造りの割には、とても軽くドアは開いた。


「行ってらっしゃいませ。ゆめのくるばしょへようこそ。」

 執事が頭を下げた。軽く会釈して、僕はドアをくぐった。


  2.

 

 それからは、もう天国のようだった。

 僕は叶えて欲しい事を口に出すだけで良かった。ありとあらゆる事が叶えられた。


 名曲・名文のアイデアが次々わき、欲しい機材は思うがまま。食べ物も、着る物も、今いる場所さえも、僕が口にするだけで、ありとあらゆる物に変化し、楽しませた。

 

 僕は夢中になった。スマホの壁紙を選ぶように、今いる場所を取り替え、ついに世界一周を果たした。一人旅を楽しみたければ、一人きりで居られたし、道連れが欲しければ、懐かしい人が次々現れた。


 初恋の女の子と、小学校の藤棚の下で永い長い時間喋った。

 転校していった友達とメンコを交換した。

 三角ベースの野球を、団地の裏庭で楽しんだ。

 途中で投げ出していたプログラムをもう一度見なおして、画期的な人工知能を作り上げた。

 中学のとき、約束した女の子が、いっしょに高校に合格してくれた。


 僕は、夢中だった。毎日が楽しかった。思い出を追うのに飽きると、物欲を次々と満たしていった。食事も、着る物も、小物もゲームも、システムもおもちゃも何でも手に入った。

  

 そして、

 

 僕は、いつの間にか、最初に叶えた夢を忘れた。

 そして、夢を叶える事に飽きてしまった。


  3.

 

 夢を叶えながら、結局僕の頭から離れなかった事があった。最初に執事が言った

「「夢」と「望み」は違います。」

という言葉だ。


 夢を叶えながら、これは「夢」だろうか、「望み」だろうか、と少し悩んだ。

 どれも、「望み」に思えて仕方がなかった。


 僕はちょっとあせりつつあった。思いつくことを片っ端から叶えながら、未だに、何が「夢」で何が「望み」なのか、わからなかった。

  

 思いつくことには限界がある。だんだん、叶えたいことは無くなってくる。

流行のグッズに山のように囲まれながら、僕は、それを欲しいのが自分なのか、どうかも解らなくなって来た。


 あせりと、不安に囲まれ、いらいらしながら、僕は探した。


 「夢」ってなんだっただろうか?


 その時、あの執事の言葉を思いだした。きっと僕は勘違いしていたのだ。

 ここは、夢の来る場所なんかではない。彼はこう言ったのだ。


 「夢の狂う場所へようこそ。」


 そう、「夢の来る場所」に酔う事こそ、「夢の狂う場所」への一歩だったのだ。

僕は、呆然と立ち尽くした。


  4.


 結局、それからも僕は「夢の狂う場所」に留まっていた。呆然とした感覚はかなり僕を消耗させたが、これがかえって僕に火をつけた。


 「夢」を思いだしてやろうじゃないか。


 僕は、そのことに全てをつぎ込んだ。ありがたいことに時間はありすぎるほどあった。そもそも止めたいと思えば、時間を止めることさえ出来たのだ、僕は。


 手帳と、ペンと、愛用のノートパソコンを一台使った。

 まず、出来る限り昔に帰り、出来る限りの思い出を順番に書きつけて、何を思っていたか、何をしたかったか、思いだそうとしてみた。


 時間と共に、僕は変わっていた。そして、その時その時で、何かに縛られ、その合間を縫うようにして、その時楽しいと思っていたことに時間を費やしていた。


 そうか、結局僕は、ずっと育ててきた夢なんかは持って無かったんだ・・。


 残念だった。だけど、それはそれで仕方なかった。僕は思い出を追うのはやめた。

 

 そして、次に考えたのは、一番始めに叶えたことを思いだすことだった。

無意識にでも、きっと一番僕が望んでいたことに違いないのだから。

これを思いだせば、少しでも、僕の「夢」に近づくことが出来るに違いない。


 僕は考えた。必死で思いだそうとして、周りにあるものを一つ一つ確かめていった。あまりにもくだらない物の数が多かったので、一つ一つ消していった。流行のグッズなんかはまとめて消した。僕が流行らせたのならともかく、誰かの気持ちにシンクロしただけのものは、僕の夢ではないはずだ。


 思い出の景色も一つずつ消していった。ずっと育ててきた夢が無かった以上、思い出は、役に立たなかった。


 一つずつの「叶えられたもの」に別れを告げるのは、「叶えるとき」の3倍の時間がかかるような気がした。最初のほうに叶えたと思われるものほど、思いだしてみると僕をよく表しているような気がしたからだ。

 

 そうして、僕の周りからは一つずつ何かが減っていった。叶えられた物達に別れを告げながら、僕はどうやら「夢」の正体が解ってきたような気がしていた。

 しかし、最初に叶えたものを思いだしたかった。僕は、一つずつ時にはまとめて

何かを消しながら、ついにそれにたどり着いた。


  5.


 白い扉を開けたら、執事は、入ったときと変わらない体勢で、僕を出迎えた。


「おかえりなさいませ。いかがでしたか。」

  

 僕は笑って言った。


「満足だよ。いろいろ思いださせてもらった。」

「そうですか。それでは、夢が叶ったのですね。」

「いや。叶わなかったよ。」


 執事は、別に不思議そうな顔をするでもなく、僕の次の言葉を待った。


「望みはいっぱい叶えてもらったけどね。結局夢は叶えてもらわなかった。」

「それは、何故ですか。」

「夢は、叶える過程が楽しいからじゃないかな。」


 執事は、その言葉を予想していたのか、何も言わない。


「結局さ、いろんなものを叶えながら思ったんだけど、その時その時

 叶えたいものって、いっぱいあるし、形も変わるんだよね。

 だけど、叶ったそれが大事なんじゃなくって、それを叶えたいと思うから、

 いろんなことを考えるし、行動するし、試そうとする。

 その叶える過程そのものが夢なんじゃないかな、と思った。

 だから、夢は叶えてもらえないし、叶わない。」


「左様でございますか。」

  

 執事は、少し笑った。

 

「しかし、その解釈は少し間違っていますな。確かに叶えることは大事ですが、

 それが全てではありません。ちゃんと「叶う夢」はありますよ。」

「そうなのか。」

「ええ、まだお気づきで無いだけです。」

「そうか・・・。」


 しかし、何となくその言葉を聞けてよかったと思う。


「いつか、見つけてください。」

「そうだね。」

「その時には、夢を叶えるための言葉をお忘れなく。

 ”You may not cool, but show me you could so.”」

   

 恥ずかしい話しだけど、その瞬間まで、僕は、その言葉が英語だったとは思っていなかった。

  ”You may not cool, but show me you could so.(格好良くなんてないかもしれないけど、やれるときにはやれるとこ見せてみようよ)”


 ゆめのくるばしょへようこそ、か。 多分もう来ないだろうけど、また来てしまっても、答えはもう見つけている。


 「ありがとう。」

 「お気をつけて。」

   

 ......結局その長い長い夢から覚めたのは、めざまし時計が僕を3度目に起こした時だった。

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ネコと満月 交換日記 @leapman

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