白黒つかないお気持ちを

地崎守 晶 

白黒つかないお気持ちを

 スカイグレイかれいが一週間前に死んだと知ったのは、スカイグレイひらめの投稿をチェックしたときだった。


『スカイグレイひらめ:突然のご報告となり失礼いたします。

9月1日、相棒のスカイグレイかれいが急死しました。本人の生前の意志や、家族の以降もあり葬儀などをすませてからのご挨拶となりましたこと、申し訳ございません。死因などについても、残念ながら申し上げられません。

スカイグレイ兄弟チャンネルとして予定しておりましたコラボ配信や企業案件、企画の関係者様へは順次、私からご連絡させて頂いております。

仲良くしていただいた配信者の皆様、応援して下さったスカイグレイリスナーの皆様、今まで本当にありがとうございました。

最後になりますが、私、スカイグレイひらめの今後の活動予定などはしばらく未定となります。諸々の整理が済み、方針が決定しましたら、改めてご報告いたします。』


 ふだんおちゃらけた言動で、ひらめのツッコミとセットでコメント欄を沸かしている彼からは想像もつかない固い文章が、二人のアバターから灰色の無地に変わったアイコンにくっついていた。


 そんな、ついこのあいだワーウルフ系ゲームでコラボ配信したばかりなのに。事故なんだろうか、病気だったんだろうか。

 スマホを手にしたまま、僕はたっぷり三分はフリーズしていた。

 九月に入って一週間。大学はまだ夏休みで、だから配信予定も動画編集もたくさん詰めていた。次回はFPSの対戦コラボをやろうとチャットでの打ち合わせをしていたところだったのに。ジスコードを確認すると、履歴は2週間前だった。けれど彼らとの連絡がそのくらい途絶えるのは、ふつうのことで。これから、どうしよう。

 今日は十七時から、RPG実況の続きの予定だったけど、雑談に変更したほうがいいだろうか。スカイグレイ兄弟チャンネルとは何度もコラボさせてもらったし、なにより一リスナーとしても彼らの雰囲気が好きだったから、なにかコメントを……


 そこではたと気がついた。涙が、悲しい声が、スカイグレイかれいの死に反応する言葉が、出てこない。

 僕は薄情な人間なのだろうか。

 僕と彼らはなんなのだろう。どんな関係なのだろう。

 スカイグレイかれい&ひらめと、僕こと配信者:羽黒白露はぐろはくろの関係性。片手の指からははみ出す程度にはコラボしたことはあるけれど両手からはみ出すほどじゃない。オフコラボしたことは、ない。一緒にどこかへ出かけたこともないし、アバターごしではない素顔で顔を合わせたことも、ない。スカイグレイかれいと、羽黒白露というキャラクターのガワのこちらにいる僕という生身の人間は、いったいどんな関係性だと言えるのか。

 彼の相方であるひらめよりは遠く、一般のリスナーよりは近い。けれど、それだけで泣けるほど僕は感情が豊かではない。いや、僕は親しい人間の死を一つも経験したことがない。だから、ネット配信とはいえ関わった人の死に、どう反応したら正解なのか、わからない。

 白黒つかない関係。ネットで気軽に、薄くつながれるこの世界で、でも

薄くつながったその糸が切れたとき、薄い関係にどう反応すればよいんだろう。

 でも、なにも反応しないでいたら、コラボのことを知っているリスナーにどう思われるだろう。そうやって何かひねり出そうと、薄いグレーの入力フォームを眺めている自分が、なんだか浅ましく思えて、頭の中が濁ったようになる。

 いつのまにかエアコンのタイマーが切れていた。熱くなったスマホが、手の汗で滑りそうになる。

 だめだ、考えても出てこない。

 ひとまず先送りにしようと、配信内容の変更を告知する。



『もっと、かれいさんと一緒に遊びたかった……』


 雑談配信をつけて、しばらくあたりさわりのない言葉を紡いで。ふと、ぽろりとこぼれた言葉がマイクを通して、ヘッドフォンから聞こえて。

 そうだよね、ワーウルフまたやろって言ってたもんな。

 そんなコメントを見て、ようやく僕は気づかされる。

 そうだ。正直に、ただ口にしてよかったんだ。

 もう彼と配信が出来ないのが、僕は寂しい。

 白黒が分けられなくても。その間に、やっぱりほんとうのきもちはあった。

 そんなドライなようでやさしい事実に、なぜか目頭が熱くなって、ぐす、と鼻をすする音がミュートする前に電波に乗った。



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