第3話『英雄の参上』★★

あの突然空から現れた男の人は何者か。 あの男性がこの場を離れてからどのくらい時間が経っただろうか。色々疑問が残るが時間は彼女を待ってくれない。なぜならもう植物の化け物による攻撃が始まっているからだ。彼女は男が逃げてから今までの間怪物を倒すこともやられることもなくただ弾くか躱すしかできずにいた。彼女は本来なら枝を弾くだけでなく相手の懐に潜り込むこともできたかもしれないが今はその限りではない。何故なら彼女は洛錬が空中に現れたときに衝撃を吸収するために3mほど飛び上がり洛錬を両手で抱いて着地したがために右足を骨折し、両手には耐えがたい痛みが襲ってしまっているからだ。


 植物の怪物は無数にある枝の内何本かを使って彼女の方に攻撃を飛ばしてくる。

 飛んできた一発目の枝を持っている武器で弾き飛ばし、二発目の枝の上に飛び乗り三発目の枝を避け、空中にある四発目によって叩き落され、地面から出てきた5発目をその場で転がり目と鼻のところで躱す。


 遠くにいる怪物が『グォ、ゴワァーー!!』と笑っているがそれに構っている暇はない。


 彼女は自分自身を奮い立たせ立ち上がるがすでに次の攻撃が始まっている。


 一発目を武器で弾き飛ばし、二発目を躱すがそこを狙ったかのように攻撃してきた三発目に対応できず顔面でしなる鞭のような枝の攻撃をもろに喰らい、追い打ちをかけてきた四発目を躱しきれず左腕で攻撃を受け五発目を右手に持った武器を叩きつけ、反動で空中に大きく飛び上がりかろうじて避ける。


 トワは顔を拭うと手の甲には赤い血が付き、それが枝によって顔面を叩きつけられた際に鼻の血管が切れたことによって生まれた鼻血であることを悟る。


 やはり奴には学習能力があるならば早々にけりを付けなければと考えると同時に次の攻撃が向かってくる。


 一発目の攻撃を武器で弾くと弾いた際の死角を使い他の枝の攻撃が飛んでくる。「まずい!!」と思うときには既に二発目が左肩を襲い体のバランスが崩れ三発目を右足に受け骨折した右足を更に攻められトワに耐えがたい激痛が走る。さらに体は一瞬宙に浮き、その瞬間に四発目を顔に受け視界を奪われたまま地面に突っ伏すこととなる。地面のザラザラとした感触とほんのり冷たい感覚を感じた途端背中に強い衝撃を受ける。すると不思議なことに少しばかり生温かいものを覚える。右手でその場所を触ってみると手に絡みついたのは謎の液体。彼女は自分の目の前までその液体を持ってくるがそれは黒みを帯びた赤色。すなわち自分の血液である。手についた量から推察するに今出血した量は先ほどの鼻血の比でなく今すぐ止血しなければならないことを悟る。そう怪物の五発目の攻撃は彼女の背中を貫いたのだ。


 仕方ない『あれ』を使わなければと彼女の頭の中で意見が合意する。そして何とか精一杯の力で立ち上がると彼女はその『あれ』を使おうとする。


 時を同じくして植物の怪物は無数の枝を彼女の体に向かって飛ばしてくる。先ほどまではこちらに合わせ怪物自身考えながら5本ずつ枝を飛ばしてきたが彼女の弱った姿を見て化け物は自分自身の体を支えるための二本を除きその全ての枝をこちらに向かわせる。一瞬で目に付くだけで直径10cmほどの枝が20本以上。


「エンドレスマジック、、、、」


「ゴォワーーー!!」





「ちょっと待ったーーー!!!!」


 この空間中をこだまする女でも怪物の咆哮でもない第三者の男の声。彼女はこの声をどこかで聞いたことがあり、声の主に気を取られてしまい詠唱を中断してしまう。幸運なことに植物の怪物も現状を把握するべく攻撃の手を引っ込めその声の主を探す。


 その人物は少しの時間も経たないうちに丘の下から顔を出してきた。それは先ほど逃がしたはずのあの男。だが先ほどと唯一違うところがある。今まで一度も観たことのない良く分からない物を持ってやって来ているのだ。そのため「あれは何だろう」と彼女が心の中で語ったことは当然のことだった。









『パチン』と軽快な音が鳴ったかと思えばその瞬間に景色が全く異なる場所に出た。しかし彼はこの場所を知っている。


「あれは確か、、、」彼が目にしたものはついさっきくぐったばかりの『○○ダムへようこそ』と書かれた門の裏側。さらに後ろに目を向けるとそこには山を登るために自転車を停めた駐輪場があった。駐輪場には変わらず洛錬のママチャリの自転車だけが停まっていたが、彼にとってはそれだけであっても願ってもないものであった。急いで自転車に駆ける。自転車の籠には財布とスマホだけ入っている。スマホと財布を地面におき、自転車にまたがり『指パッチン』しようとするがまた一つ疑問が浮かぶ。  


 この自転車は向こうの世界に持っていくことができるのかと。一瞬そのような考えが頭をよぎったが指輪を身に着けている自分の肉体だけでなく自分の身に着けた服やポケットに入っている物も一緒に向こうの世界に行っただから行けるだろうと独りでに結論付ける。だが洛錬は念のため自転車にツールドフランスの選手のようにベッタリと張り付く。



『パチン』


 指パッチンをした後の景色はこちらも先ほど訪れたばかりのログハウスの隣。ちゃんと下は地面でありしかも自転車も持ってくることに成功し、洛錬は心の中でガッツポーズをする。「やったこれで何とかなるかもしれない」そう思うが首を振り急がなければと自分に喝を入れる。

 

気を取り直して急いで丘を登ろうとするが坂が急で自転車のペダルは岩のように固くビクとも回らなくなってしまい急いで降り、自転車を手で押して丘を登る。「急げ急げ」と思いながらしばらく自転車を押すと丘の頂上が見えてきた。と同時に遠くの方に植物の化け物が見えた。その植物の反対側には洛錬を助けた女性が地面に倒れてしまっている。更に彼女の服をついさっき見たときには白色の目立つ綺麗な服装であったが背中の部分に赤いシミができてしまっている。あれは彼女の血であることを理解すると同時に洛錬に悪寒が走る。「あの出血の量はやばいんじゃないか」と思うものの植物の化け物は無慈悲にも彼女に攻撃をしようとする。化け物が自身の枝のようなものを高速で放ったが5本、10本なんてレベルでない。あんな攻撃まともに喰らったら確実に死ぬぞと頭をよぎった瞬間


「ちょっと待ったーーーーーー!!!!!!!」

 と思わず叫んでいた。


 植物の化け物が枝の攻撃を引っ込め洛錬の顔をまじまじと見る。少し経った後化け物は攻撃の対象を洛錬に変える。飛んでくる5本の大きな枝。


 洛錬はそんなこともあろうかと既に自転車にまたがりペダルを漕ぎ始めている。


「さあ勝負だぁ化け物!!」


 洛錬は一世一代のカッコつけたセリフを言ってみたものの化け物の怖さによって声が裏返り内心恥ずかしく思う。だが外から彼を見ていた女の人にとっては突然登場し、高らかに勝負を申し込んだ彼は本物の英雄の登場のように見えただろう。


 確かに洛錬のせいで彼女は怪我をしてしまったのだが、今の彼女にとってそのことは既に無価値なことであり、彼は英雄だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クライ=シス  @Kuraima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ