クチキング先生の100文字戦争

朽木桜斎

小説家のクチキング先生は担当編集者から100文字ピッタリの小説を書けと依頼されるが

「クチキング先生、あなたはピッタリ100文字の小説を書かなければならない! いいですか!? 99でも101でもなく100文字ピッタリですよ!? ただし空白は文字数に換算しません! ただちに机へ向かいなさい! これはお願いではありません、命令です! いいですか先生!? あなたの担当になってからロクなことがない! 給料は減り、仕事は減り、わたしのいばりちらせる度も減った! 女房はヨガ・エクササイズのトレーナーと浮気し、娘は口もきいてくれない! そのくせわたしのタンスからヘソクリを盗む! 言葉よりも先に盗みを覚えたのです! あまつさえ愛犬バニーはわたしの手をかむ! 靴を隠す! かみつく犬は牙を見せない! しかしバニーは牙をとぐ! わたしにかみつくためなのです! 上司にいびられ部下には陰口! 世界はダークファンタジー! あっぷくちきりきあっぱっぱー! ウメは咲いたかサクラはまだかいな! 恐山ではカンカンノー! もうすぐ海だよおじいちゃん! 見よ、東海の空は明けつつある! 月がきれいで人魚は泥臭い! ああ、絶景かな絶景かな! 世界はかくも美しい! そしたらどうしたダス・ゲイマイネ! マイネ・リーベは何ものだ!? ネコは陽気で朝がいい! パイポパイポパイポのシューリンガンって、てめえ頭大丈夫か!? おろろろろ、おろろろろろろ、だから何!? わかりましたか、先生!?」


「は、はい……」


「わかっちゃったんですね、そうなんですね、そうですね! なら話が早い! さあ、すぐに取りかかりなさい!」


「はあ……」


「覚醒しながら寝ぼけてどうするんだ! バカかてめえ! いいですか先生! あなたは人間のクズだ! わたしの靴のひもを結ぶにも値しない! 小指の傷は気になるが、あなたが消えても気にならない! 矮小なクソ虫め! 神はなぜ作りたもう! 明日があるのはわたしのおかげ! アリストテレスもプラトンも、わたしの前では舌きり雀! ああもうめんどくさくなってきた! いつまでわたしにしゃべらす気ですか! 口を使っているはずなのに、指が疲れるとはこれいかに! 泡を吹いては子だくさん! なんか腹減ってきた! 食べたいなあ食べたいなあ! トマツのかつ丼食べたいなあ! わかりましたか先生!?」


「は、はい……」


「しからば始めよくるしゅうない! 野にかぎろいの立つ見えて! かぎろいって何なのジュンコさん! ジュンコさんよりジェンコ欲しい! ジェンコはお金の意味ですよ! 秋田生まれのホズアンチャ! 仕事もさねへからぽねやみ! いいですか先生! だまこはきりたんぽの簡易版ではないのです! 形は違えど中身は同じ! その名は怪人ダイナソー! わたしの頭がおかしいと思いますか!? わたしはいたって正常です! おかしいとすれば先生、それはあなたの心がくもっているのです! 心がくもればままならない! 今夜のおかずはままならない! ああままならない、ままならない! さあ問題です! いま「ま」って何回言ったでしょう!?」


「は、八回でしょうか……?」


「数えんじゃねえよバカ! てか俺は数えてねえ! しかるに答えはわからねえ! 俺の銃が当たらねえ! かっぱらぽっけなほっぺにちゅ! 先生、いったいいつになったら書きはじめるんですか!?」


「は、はい、すぐに……」


「手を抜いたら鞭で打つ! 俺はパチ屋で台を打つ! 確変きまった閉店間際! 脳みそきまった限定マニア! チェキチェキYO! おいらの故郷は……」


 こんなふうにして、クチキング先生はピッタリ100文字の小説を完成させた。


「これは……」


 原稿を一瞥した編集は目をカっと見開いた。


「ど、どうでしょうか……?」


 編集の股間はしっとりと濡れていた。


「まったく面白くないですね」


「……」


 翌日、クチキング先生の住んでいるマンションの解体工事が始まった。

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クチキング先生の100文字戦争 朽木桜斎 @kuchiki-ohsai

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