無責任男、二股デートする
セレスと朝帰りデートをしたその日に、その妹と二股デートをしようとしていた。
「イーリヤ、俺の首に手をかけて。しっかり掴まっていてね。落ちると大変だから」
「セイジお兄ちゃん、わかった」
「じゃあ、行くね」
「うん……」
俺はしゃがみ込み、両手で彼女を抱え上げる。俗に言うお姫様抱っこだ。
ふと彼女の顔を覗き込むと、顔を真っ赤にして照れる彼女が目に入る。
『かわいいやつめ』と心の中で思いながらも、寝たきりで軽くなった彼女を抱えたまま、玄関に向かう。
外に出ると、眩しい日の光が降り注いでいた。雲一つとない晴天、まだ朝方だというのに街は賑やかだ。
俺は冒険者だから、働く日や休む日も自分で決められるが、街の多くの人々は市場や職場へ急ぐ毎日を送っている。
また、この街にはいろいろな人が訪れるため、お姫様抱っこをしている男がいても目立つことはなかった。
そもそもなぜ俺が彼女をお姫様抱っこしているのかというと、単純に車いすを買えないからだ。
この世界にも車いすは存在しているが、その多くは貴族専用で、高価すぎて平民には手が届かない。
商人が平民用の車いすも作ること自体可能だが、この世界では足が不自由な人の割合が少なく、人身売買として活用したほうが儲けも大きいため普及することはなかった。
そして、両脚を失った平民の未来は悲惨なものだ。
男は研究機関に売られ、山奥に捨てられ、魔物の餌にされる。
一方、足が不自由な女性は、逃げられないという理由で性奴隷として売られ、高値で取引される。
その中でもイーリヤのような若くて美しい女性に関しては破格の値段が付くのだ。
残酷に思えるかもしれないが、法整備が不十分で、平民と貴族の差が大きいこの世界では仕方のないことだった。
そんな中、イーリヤが無事に生きられているのは、アルフという街自体が比較的平和であり、彼女の足が不自由であることを知る者はほとんどいないからだ。
また、セレスが魔法剣士という強力な職業についているため、彼女自身のステータスは秘密にされ、手を出されることも現状はない。
「セイジお兄さん、人がいっぱいだね!」
「うん、俺も初めてこの景色を見たときは驚いたな……」
「私もこの平和で賑やかなアルフが大好きだよ」
「だよね。みんなの笑い声や、いろんなお店が並んでいるのを見ると、こっちまで楽しくなってくるよ」
久しぶりの外出を楽しむイーリヤを連れて、賑やかな街の中を歩く。彼女は俺にしっかりと抱きつき、周りを楽しそうに見回していた。
「あ、見て見て、セイジお兄さん!」
「ん?」
彼女が指さした先には、大きな噴水の広場から少し離れたところに、十字架がシンボルの大きな建物が立っていた。
「あれは……教会かな?」
「うん! 私ね、あの教会で結婚式を挙げるのが夢だったんだ」
「へぇ……それは素敵な夢だね」
「ねえ、私、セイジお兄さんとお姉ちゃんの結婚式が見たいな~」
――ちょっと違うな。
俺は鈍感じゃない。この数ヶ月、イーリヤが俺に対して義兄以上の感情を抱いていることに気づいていた。
彼女は長い間寝たきりで、俺が唯一の会話相手だ。恋愛経験がない彼女にとって、優しくしてくれる異性に恋をするのも無理はないだろう。
俺が真面目に働いている姿を見せて、彼女が心を寄せてくるのも理解できる。
そして、先ほどの発言から、イーリヤが俺と結婚したいこともわかった。
ただ、彼女が姉のことを考えて『お姉ちゃんが』と言ったのは、余命が少ないから一歩引いているからだろう。
彼女の気持ちを考えると、俺も心が揺れる。
だが、俺はその心情を利用して、彼女を抱く計画を思いついた。
今日のデートの目的地は図書館だったが、計画変更としよう。
本が好きで足の不自由な彼女の負担にならないと思って選んだが、こちらのプランの方が抱ける確率は上がりそうだ。
ただ俺は、結婚に対しては少なくない抵抗がある。
だからこそ、俺は日本では結婚を避け、婚約もしないままでセフレの関係でいた。
黒亜が、結婚を求めてきたときは心底驚いた。彼女は俺のために身を引いてくれるような女だったし、その優しさに甘えて関係を進めることを先延ばしにしていた。
結婚を避けたい気持ちと、もしかしたら黒亜となら一生仲良く暮らせるかもしれないという期待が入り混じり、悩んでいた。
「じゃあ、してみる?」
「え?」
「俺と結婚」
「でもお姉ちゃんが」
「セレスの許可はあとで俺が取るから。だから、結婚しよう?」
「……うん」
彼女の鼓動が速くなっているのを左手で感じる。顔を覗き込むと、イーリヤの頬が紅潮し目を俺から離さない。
どうせ死にゆく美少女だから、結婚しても長続きしないだろう。いや、長続きさせる必要もないだろうから、俺は提案した。
「俺とは嫌か?」
「ううん……。最低な嘘つきで、私に変態的な診察してくるけど、好きになっちゃったから嬉しい……」
「ははは、全部本当だから否定できないな」
「でも……、私で良いの?」
「イーリヤ、君がいいんだ」
「お姉ちゃんに怒られないかな?」
「説得するよ」
セレスを説得するのは簡単だろうと、この時は考えていた。
しかし、見誤っていたことを後々痛感することになるとは知りもしなかった。
頭で新しいルートを構想しながら、イーリヤの次に出される言葉を待つ。
「きっと……お兄さんのことを置いてすぐいなくなっちゃうと思うけどよろしくお願いします」
「喜んで!」
俺はわざとらしさを感じさせない満面の笑みで答える。
しかし内心は、イーリヤの口から予想通りの返答を貰い、にやりと笑っていたのであった。
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