見たいものだけが見えちゃうメガネ

ちびまるフォイ

つらい現実なんか見たくもない

「度が合わなくなったので、新しいメガネが欲しいんです」


「こちらはどうですか?」


「……これ度入ってます? 見え感同じですけど」


「度は入ってないです。

 かわりにファンタジーが入ってます」


「は?」


「それは見たいものだけが見えるメガネなんですよ。いかがですか?」


「いやそれは……普通のがーー」


メガネを外して、またつける。

外してまたつける。


風景の差に驚いた。


「これ……すごいですね……!」


「ええ、うちで一番人気の主力商品です」


「やっぱりこっちにします!」

「お買い上げどうもありがとうございます」


店を出るなり見たいものだけ見えるメガネをかける。


服が透けて見えるなどと最初は期待したが、

この眼鏡はそんなものよりもずっといい。


「あんなに人でごった返していた街が、こんなにも快適になるなんて」


どこにも大人数で満ちていた街は、

メガネを通してみると緑いっぱいで人間もまばらだ。


目にやかましい興味のない広告はシャットアウトされ、

自分が好きな漫画やアニメの広告に置き換わる。


なにもかも視界を作り変えるかと思いきや、

遠くを歩く美人などはしっかりそのままを見せてくれる。


まさに見たいものだけが見える世界。


「視界がハッピーだけで構成されると、

 人生ってこんなにも充実するんだ……!!」


メガネのおかげで人生は一気によくなった。


たとえ料理に失敗して焦がしたとしても、

メガネをかけてさえいればちょうどいい焼き具合に見える。


テストで赤点をとってもメガネをかければ、

それは満点の数字になって見える。


誰もが自分に恋をしているような顔に見えるし、

自分の興味のあるものだけが視界から提供される。


「好きに包まれるって最高!!」


メガネをかけてよかったと思ったが、

そんな幸せ気分を横から入った声で現実に引き戻される。


「バカ言ってないで、さっさと追試うけろ」


「はい……」


どんなに視界がハッピーでも、耳からは鋭い現実の状況が伝えられてしまう。

数日後、メガネ屋さんへまた訪れた。


「いらっしゃいませ。メガネは気に入ってもらえました?」


「メガネはすごくいいんですが……。

 その、耳から入る音で現実に引き戻されるんですよね」


「ああ、それでしたらオススメのオプションパーツがありますよ。

 メガネのつるに補聴器が付属した新商品です」


「いや、そういうこと言ってるんじゃなくて」


「この補聴器、聞きたいことだけ聞こえてくるんです」


「な、なんだって!?」


すぐにオプションパーツを購入して、メガネを再度かけた。


外のうるさい音がノイズキャンセルされ、

聞きたい情報だけが耳に入ってくる。


「いかがですか? これでもう現実に戻されることはないでしょう」


「買います! もちろん買います!!」


メガネ強化パッチを手に入れて無敵となった。


今までは人の悪口に心を傷つけられながら生きてきた。

今となってはそんな聞えよがしな悪口も届かない。


自分の耳に入らない。

自分の目に入ってこない悪口なんて、無いも同然。


これで自分が自分らしく、自分の生きたい人生を送れる。


「この世界はなんてノイズばかりだったんだろう!

 ありのままの自分でいられる幸せをこんなに制限されてたんだ!」


他人の目を気にして遠慮していたこと。

変に気を使ってできなかったこと。


それらがすべてなんのためらいもなくできる。

こんなに幸福な人生はないだろう。


もうこの補聴器つきメガネは外せない。


お風呂に入るときも寝るときだってつけている。


メガネをつけてさえいれば、

鏡の中に映る自分はいつだってハリウッド俳優の顔と身体。


メガネをつけていれば他人の不幸な話や、

気分が落ち込む朝のニュースなんて入ってこない。


自分の好きな情報だけが自分の中に飛び込んでくる。

なんて幸せなんだろう。


「さあ、今日も最高の1日のはじまりだ!」


家の玄関をスキップで出たときだった。

急に体にズドンを突き上げるような衝撃が襲った。


体は宙に浮いてすぐに地面に叩きつけられる。


「痛ててて……うう……か、体が動かない……」


体を襲った衝撃や肌感から、

自分が跳ね飛ばされたのだとわかるまで時間がかかった。


ひき逃げされた拍子にメガネが外れて壊れてしまった。


「ああ、メガネが……」


無惨にも粉々になったメガネ。

久しぶりにみた現実は変わり果てていた。


あちこちが瓦礫で遮られ、黒煙があがっている。

空には戦闘機が飛び交い空爆を続けている。


「一体何がどうなってるんだ……」


まるで浦島太郎のような気持ち。

あまりに面影のなくなった現実を理解できない。


「おい、こんなところで何してる!!」


近くを通りかかった兵隊が駆け寄ってきた。


「じ、事故にあって動けないんです」


「ばかやろう。今は戦争中だぞ!

 こんなところで寝てたら蜂の巣だ!」


「戦争!? そんなの見たことも聞いたこともない!」


「早くこい! 病院まで送ってやる!」


兵隊に担がれて野戦病院へと担ぎ込まれる。


「先生、こいつを診てやってください!」


「あちょっと!?」


兵隊は運んでからすぐに銃を構えて戦地へと赴いた。

現実がこんな状態になっているなんて思わなかった。


「それじゃ治療を始めますよ」


「あ、あの! いつから戦争が……。

 街はいつからこんな状態だったんですか!?」


「もうずっと前からですよ。

 あんた、そんなことも知らなかったのかい」


「だ、だって……」


補聴器つきメガネをかけていたから。

きっと自分がシャットアウトした情報の中に、

今まさに戦火に巻き込まれる情報もあったのだろう。


自分がお花畑にうつつを抜かしている間に、

現実というのはどんどん地獄へと近づいていたのだろう。


「こんなにも知らないことが恐ろしいなんて……」


「わかりますよ。ここで医者やってると、

 ほんとうに目をそむけたくなるようなことばかりです」


「そうなんですね……」


「さあ、治療をはじめます。静かにしててください」


「あの! 最後にひとつだけ聞かせてください」


「なんですかな?」


「僕の傷は……たいしたことないんですよね?

 絶対に助かりますよね?」


医者はニコと笑って、迷いなく答えた。


「ええ、もちろん。こんな傷たいしたことないです。

 どうなっても助かる程度の傷ですよ、こんなのは」




そう言い切った医者の顔には、

見たいものだけが見える眼鏡がしっかりかけられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見たいものだけが見えちゃうメガネ ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ