第33話 暗雲迫りくる

 あれから数日が経った。


 何が起きることもなく平和な日々が続いている。


 教会にも動きはない。


 結論を言ってしまえば、ジヴァーナム様は分裂した。一つは復讐と破滅の神ジヴァーナム、一つは応報と再生の神ジヴァーナムである。どうやら完全に浄化するには至らなかったらしい。


 すべてはオフィーリアから聞いただけの話なので、詳しくは分からない。彼女もよく分からないらしい。


 よってオフィーリアのクラスもランクも維持されている。僕に養われるための大義名分を失ったわけなので、僕はオフィーリアを放り出した。


 彼女は倉庫にいた記憶を失っている教会の刺客五人を引き連れて邪教団を結成したようだ。


 だが僕には関係ない。そう思うことにしている。


 それからもオフィーリアは何度か事務所を訪れてクリスと仲良くしている。


 指名手配犯とつるむのはどうかと思うのだが、オフィーリアの追手も捜索を諦めたようだし、友人の存在はクリスの心の助けになるのは間違いないので、それくらいならいいかと思って口を挟まないことにした。



 そしてクリスは――報いる者というクラスを得た。


 復讐者よりもずっとマイルドで使いやすい性能だ。復讐の呪いリベンジ・マジックに似た能力はあるが妄想や拡大解釈は不要で、本当に受けた傷を返すのみ。そして軽い傷ならすぐ消えてしまうほどの自己回復能力がある。


 色んな冒険者と色んなクラスを見てきたが、最高峰に優秀なクラスだ。


 もちろん受けている寵愛の大きさも関係しているのだろう。一柱の神に一人の信徒となれば寵愛は深くなる。


 なぜオフィーリアがクラスを引き継ぎ、クリスは新しいクラスとなったのか、今でもよく分からない。まあ神様の考えなんて推測するほうが無駄なので僕たちは何も考えずに受け入れている。


 先駆者がおらず手探りの毎日だが、クリスと僕は確かに前進していた。


 クリスの隠しクラス「魔王の卵」のランクも下降し続け、現在は十台前半で安定している。


 冒険者として成長して自信をつけるにしたがってもっと下がっていくのは明らかだった。


「これからはずっと上っていくだけだ……」


「エディ……」


 ビビの淹れてくれたお茶をすする。


 僕たちはソファに並んで座っていた。


「困難も障害も一つもない。クリスは真面目だし戦闘のセンスもある。そこに優秀なクラスが加わり、さらに僕の指導もあれば、一人前になれるのは間違いない」


「エディ……」


「だから今後はトラブルなんて起きようもないのさ。やったね、ビビ」


「エディ…… 現実を受け入れてください……」


 現実。


 現実かあ。


 いったいなんのことだろう。


 僕は目をごしごし擦って卓上の見通しの水晶に目をやった。そこには僕のクラスとランクが表示されていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

クラス:狩人  ランク:7


隠しクラス:魔王の卵の師匠  ランク:33

ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あれ? 隠しクラス魔王の卵の師匠のランクが33になってるんだけど? 前は11だったのに? 見間違いかな?」


 ビビが無表情で手を握ってくる。


「このやりとりはもう六度目です。……とりあえず体にも心にも変化がないようなら、心配しすぎるのはやめておきましょう。私も情報を探して対処法を考えておきます」


「うん……」


 まじで……なんなんだよ! 


 魔王の卵の師匠ってなんだ! なんでランクがあがるんだ! いったいどうなるんだよ!


 僕は叫びたい衝動を必死にこらえた。


 代わりに見通しの水晶を持ち上げる。


 こんなもの、割ってしまえ!


 そう思って水晶を握った腕を振り上げる。


 しかし破砕音はしなかった。


 温かい。そして落ち着く。


 僕はビビに抱き締められていた。


「ビビ……」


「落ち着いて、エディ、大丈夫ですよ……」


 ビビの慣れた匂いが僕の心を静めていく。彼女は僕の救いだ。


「一緒に考えましょう。私が支えます。なんだって乗り越えられますよ。これまでも、これからも……」


「うん……」


 突然水晶の中で、文字を象るもやが形を変え始めた。何かが起こったらしい。僕はそれを凝視して、変化が終わるのを待った。


 そして表示された内容は……


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

クラス:狩人  ランク:7


隠しクラス:魔王の卵の師匠  ランク:32

ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「下がった……?」


「え?」


 僕のつぶやきでビビも異変に気付き、水晶をのぞき込む。


「……ひとつ下がりましたね……」


「なんでだろう…… やはり負の感情がよくないのかな……」


 ランク11だった数日前とランク33の今日とで精神状態にそれほど大きな差はないはずなのだ。


 ビビがどこか緊張した面持ちで言った。


「私とくっついたからじゃないですか?」


「……?」


「私とくっついたから、ランクが下がったんですよ。これは今後――もっと抱き締めないと」


「……そうかなあ?」


 ビビは僕の手から水晶を取り上げてテーブルの上に戻した。


 そして腕を大きく広げる。


「ほら」


 僕は促されるまま、その体を抱きしめる。ビビも僕を抱きしめた。


「…………」


「…………」


 確かに落ち着く。


「……しばらくこのまま話しましょう」


「……まじ?」


 さすがの僕でもずっと綺麗な女の子を抱きしめていたら困ってしまうんだけど。


「まじです。今から悪いニュースを伝えるので……」


 悪いニュースか。聞きたくないなあ。


 長くてサラサラした髪を梳くように撫でる。よし。


「いいよ、覚悟は決まった」


「実は……北大陸から船が戻ってきました。開拓団が帰還志望者や負傷者や死体やらを送ってきたようで……」


「うん……」


「その中に……勇者アンナがいます……」


 まじか。


 僕は天を仰いだ。


「一応確認だけど、死体になってるわけではないよね?」


「ピンピンしているそうです」


 そうだろう。彼女は人類最強だ。北大陸の魔物とはいえどもそう簡単に遅れを取ることはない。


「アンナが戻ってきたか……」


 まさかクリスが狙いなのか。


 分からない。アンナが本気でクリスを殺しにきたら、僕でも守りきる自信はない。彼女も僕と同じランク7だ。


 それにアンナが僕の近くにいるともう一つ困ったことが起こる。


 ――ビビの嫉妬心がめちゃくちゃ激しくなるのだ。


 僕がビビと知り合うよりも前からアンナとは親交があった。


 まだまだルーキーだったころアンナもルーキーであり、期待の新人としてよく比較されたのだ。

 

 僕は生え抜きの雑草で、彼女は教会肝いりの素性不明な女剣士。当時僕は特定のパーティーに属さずプラプラしていたが、アンナに誘われて仲間を集めることになり、それが勇者パーティーの前身となった。


 ビビと出会ったのはそのあとだ。


 そして勇者アンナはどういうわけか、「私がエディの昔の女」みたいな言動をビビに対し多発してからかう。


 そしたらビビは「私が相棒ですが」と嫉妬を爆発させる。


 そして僕は気まずい思いをすることになる。


 アンナをクリスとも会わせたくないし、ビビとも会わせたくない。


 しかしアンナは間違いなく僕の顔を見に来るだろう。


 間違いなく波乱が起こる。


 クソッ……


 どうにかうまく全てを回避する方法はないものか。迫りくる巨大な暗雲を前にして、僕の脳みそは必死に回転を始めた。





============

二章完結です。

ある程度書き溜めて投稿するので、続きは少々お待ちください。

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