第5話 白い初夜

 ◆


 それからというもの学院には平穏が戻り、ジード様とエレンディラ様の仲も改善に向かった。


 ファレン様は伯爵家嫡男として着々と必要な知識を積み重ね、貴族としての品格もまた日に日に磨きをかけている。


 私も貴族の淑女として教育を受けており、時には辛いと思うこともあるが、今のところ何とか頑張ることができていた。


 ファレン様が弱音を漏らした時には私が励まし、私が弱音を漏らした時はファレン様が励ましてくださり──我ながらこんなこと言うのは恥ずかしいが理想的な恋人同士だと言えるだろう。


 先日とんでもない告白をしたファレン様だが、それ以降特に私に対しての接し方が変わってしまった様子もない。


 ただ、私は私で少し大変だった。


 ファレン様が私に対してどういう感情を抱いているかを知ってしまったからだ。


 そういった感情に嫌悪感を抱く人もいるかもしれないが、嫌悪感というのは何を言ったよりは誰が言ったかが問題だったりする。


 私はファレン様に対して嫌悪感を抱く事はなかった。


 ただ、ファレン様の中にそういう強い欲求があることは手放しで喜べる事ではない。


 それが私に向いているだけならともかく、他の人に向いてしまったら? という不安がある──いや、あった。


 学院での出来事が切っ掛けで、私はファレン様の欲求が他に向く事はないと確信できたのだ。


 そして──


 ◆


「なんだか……あっという間でしたよね。学院生活」


「ああ、でも楽しかったよ」


「結婚式も……」


「緊張したけれどね、君の鼻にキスしてしまった事は本当に申し訳ない……」


 私は笑ってファレン様に身を寄せた。


 ファレン様も私を強く抱き寄せ──呟いた。


 今日は私たちの初夜だ。


 しかし、白い結婚ならぬ白い初夜である。


「本当に、すまない」


 ファレン様が何について謝ってるのかはすぐにわかったけど、失望はない。


「事前に教えてくださいましたから。それに、段々良くはなってきてるのでしょう?」


「良くなったっていうのが何を意味するかは、まあ、その……恥ずかしいけど、そうだね。あと一歩という気はする。医者が言うには走ったりして下半身をより鍛えると良いらしい。あとは食事だ」


「私も努力しようと思って、この前ちょっとしたものを仕立て屋に頼んだんです。少し恥ずかしいんですけど」


「は、恥ずかしいものを頼んだのかい?」


 ファレン様の心臓の音が大きく高鳴ったのを聴いたような気がした。


 その時──


「あら?」


 私は何か──そう、何かが当たるような感覚がして。


 そして。


 ・

 ・


「す、すまない! いけると思ったんだが……もう半歩のようだ……」


「そうですか」


 私がわざと少しむくれて見せるとファレン様は酷く慌ててしまった。


「ごめんなさい、でも本当に後少しでしたね。まあ、頼んだものが届くまでもう少し時間はありますから、それまでは──」


 ──『私に何をしてほしいのか、考えておいてくださいね』


 そう囁いて、キスをした。



(了)

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白い初夜 埴輪庭(はにわば) @takinogawa03

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