第4話 学院の思い出③
◆◆◆
王侯貴族の令息たちは、学院で剣術を熱心に学んでいる。
剣術を通して、身体能力だけでなく精神力や礼節を養おうという事だ。
参加するのは男子のみ。
これは将来の責務や役割が異なるためである。
女子に関しては見学だ──これには、招来のパートナーを見つけるという意味もあるが、流石にそれは理由として生々しすぎる為に公表はされていない。
また教官の数も限られているために、複数のクラスが合同で剣術の講義を受け、競争心を養うために定期的に模擬試合が設けられている。
そして模擬試合当日。
・
・
「ファレン、君には思う所がある」
「は。ご容赦下さい。王家を、王国を脅かす
「……リンジィは、魔などではないぞ」
「エレンディラ様との不和が何をもたらすかはご説明させていただきましたが、まだ少々足りぬ様ですね」
§
──ファレン様が
──普段はとても穏やかな方ですのに。教室でのお姿には流石のキルシュタインっぷりでしたわ
──でもあのギャップが宜しいのではなくて?
──あら、アリシア様も応援されてますわね
──キルシュタイン伯爵家は特殊ですから政略結婚は禁忌ですものねえ。ファレン様の一目ぼれだそうですよ
──あらまあ
§
ファレンの両眼が危険な光を帯びた。
ジードは目の前のファレンの姿に、大型の肉食獣を幻視する。
全身のバネを撓め、今にも襲い掛かってきそうな危険で獰猛な人喰いの獣。
ジードはごくりと息を呑むが、決して視線を切らない。
「まずは正面。打ち下ろし、
ファレンが短く言うと、ジードが視認できるぎりぎりの速度で素早く肉薄し──
「う、ぐ、おおおおッ!?」
ジードが辛うじて掲げた剣に激しく打ちおろした。
ジードも覚悟はしていたからか、
──斬魔剣"重ね打ち"
王家に害するあらゆる魔を斬り伏せるため、キルシュタイン伯爵家は独自の流派を興した。
それがこの斬魔剣である。
"重ね打ち"は一撃を加え、反動で浮いた空間を利用して小さい二撃目を加えるというものだ。
通常、これで勝負ありとなるがしかし。
ファレンはジードに剣の切っ先を向け、視線の釘でジードの全身を刺し貫いた。
ぴくりとも動けば殺す──そんな鬼獣の様に凄みのある視線には、妥協のない殺気がこれでもかという程滲んでいる。
しかしこれは単なる物騒な残心ではない。
ファレンは
「馬鹿め」
これはジードに向けた言葉ではなかった。
この時ファレンの頭にあったのは──
・
・
「そ、そこまで!! 勝者、ファレン!」
審判を勤める教官が慌てて分け入り、試合を止めた。
ジードの参ったという言葉をまたずしての停止である。
まさか本当に殺したりはしないだろうとは思うが、そのまさかが本当のことになってしまうかもしれない──そう教官に思わせる程の凄みがファレンにはあったのだ。
◆
──ファレン様、かっこいい……
私は頬に熱を覚えた。
ファレン様の事を野蛮だと陰口を叩く者もいるが、そんなのはベーである。
紳士とは優しく穏やかで人当たりが良いものとされているが、いざという時に大切なものを守れるだけの力がなければいけないと私は思う。
そういう意味でファレン様は私にとって理想の紳士なのだ。
「ファレン様!」
私は思わず黄色い声をあげてしまった。
するとファレン様も手を振って応えてくれる。
ただそれだけで飛び上がりたいほど嬉しくなってしまい、私も随分とミーハーというか何と言うか、そんな自嘲気味な思いで少し反省していると──
「王子様! 大丈夫ですか!?」
と、叫んで飛び出していく影があった。
リンジィ様だ。
・
・
「ファレン様、酷いです! いくら模擬試合だからってやりすぎです!」
リンジィ様が悲痛な声で叫ぶ。
やたらと大きく、私たちにも声が聞こえた。
──『確かにちょっとやりすぎだよな』
──『キルシュタイン伯爵家だからって権力をかさにきてるんじゃないのか?』
そんな声がざわざわとあがる。
声の主は主に男性だ。
確かに今日のファレン様は荒ぶっている様に見えたけれど、まるでファレン様を悪者の様に言う口ぶりには頭にきてしまう。
「アリシアさん、おちついて」
そう言って肩を押さえる手。
「え、エレンディラ様」
私は慌てて腰を落とした。つい立ち上がってしまったらしい。
「わたくし達が出る幕はありませんわよ。あれはキルシュタイン家の領分ですわ」
え?
どういう事だろう……
◆◆◆
「ファレン様、酷いです! いくら模擬試合だからってやりすぎです!」
「リンジィ嬢、妙な力を持っている様ですが、直ぐにそれを止めないと斬ります」
叫ぶリンジィに、ファレンは事も無げにそんな事を言う。
「は、は!? 力って……何を」
「キルシュタインの血を引く者には
この瞬間、ファレンはリンジィの答え次第では本気でこの場で彼女を殺すつもりだった。
屠殺場の豚を見るようなその視線に、リンジィはようやく
「分かった! わかりました、止めた! もう止めたから! だからその怖い顔やめて! 色々勘違いしてたのよ!」
「王国への忠誠は?」
「捧げますぅ!」
「……結構。では今後、妙な真似はしないことです。また、貴女の力の使い道や、そもそも貴女がなぜそんな事が出来るのかを考えなければならないため、一週間後に王宮に出頭しなさい。話は通しておきます。では行きなさい」
ファレンはそう言い、リンジィを解放した。
散々ファレンに脅されたリンジィは這う這うの体で逃げるように駆けだしていく。
そして──
「王太子殿下、お手を」
ファレンは尻もちをついてぼーっとしているジードへ声をかけた。
「……あ、あ? う、ああ、すまない。ええと、そうか、模擬試合か。む、なんだか妙な気分だな……ファレン、もう少し加減をしてくれてもよかったのではないか?」
ジードはまるで寝起きといった風情でそんな事を言う。
「は。大変申し訳ありません。少々力みすぎました」
ファレンは謝罪し、ジードを助け起こした。
「エレンディラ様が心配そうに見ていますよ。手を振ってあげてみては」
「ああ、そうだな」
そう言ってジードがエレンディラに手を振ると、エレンディラは一瞬ぽかんとして、少し笑顔を浮かべて手を振り返してきた。
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