月餅企画10 2024

小稲荷一照

二年目の満月コレクション

 中秋の名月ということでススキのお飾りをつくっている。

 社長の方針で日本の四季のお飾りはできるだけマメに作るのが、ウチの会社の習わしだ。

 貿易商社なので、こういうアピールは地味ながら効く。


 三宝の真空パック団子とススキのお飾りとと比較的単純なので、取締役二人で作業することになった。

「幸せか。いいなぁ。幸せ」

「なんです。とつぜん。しかも二度も」


「いや、なにね。二度目の秋を迎えられ越えられるとは思わなかったわけだよ。実は地味に危機的状況が多かったからね」

 物騒な言葉だが、思うところはわからんではない。

「まぁ今季も黒で良かったですよ」


「まぁキミの持ってきてくれた儲け話がなければ、ボクの渾身の設計案も日の目を見ることはなかったわけだしね」

 昼間、会議で話が出た経営状態の話とそれに伴って、ボスが自社ビルの設計をかねてより夢見ていたという話を口にしていたことを改めて言っていた。

「なに言ってるんですか。自社ビル建てるなんてやめてください」


「でも、独立以来の希望だってみんな言ってくれてたのに」

 その場では確かにみんなが浮かれていたのもある。


 実際に独立以来、波風ありながら結果を見れば順調ということであれば、浮かれる気分も分かるし、世間的に一発。というのもまぁ、希望的な流れ、楽観論としては、なくもない。


「そりゃまぁあね。ウチみたいな弱小商社が黒字が億になって、税関の人が犬を連れてくるようになると、流石に色々大物気分になるのはわかりますけどね。赤を積んでまで自社ビルはちょっと早いと思うんです。中古のいい物件を待ちましょう」


「常識的に過ぎないか」

 釘を差しておくに越したことはない。

「相場もあれてますし、後で涙を飲むよりはいいと思いますよ」


 こういうお遊び仕事で残業を重ねるのは本末転倒とも思うのでできるだけ簡素に仕上げてお先に引き上げる。

「私は時間外になる前に引き上げますよ」

「はい、おつかれさん」


 帰り道の薄紫の街の夜空に白く浮かぶ丸い月は色合いは望んでいたものと違っていたけれど美しかった。

 だが、スマホのバックライトの光の中の月は色合いがだいぶ違う。

 幾度か取り直して諦めた。


 駅のホームから写真にとって会社のSNSに上げると、返信にいろいろな月の写真があがってきて、その猛烈な勢いにしばらく閉口した。

 だがそのたくましさに支えられたことを安堵し感謝していた。


 海外の取引先からもたくさん月の写真が送られていたのだから、閉口する自分が狭量なくらいだった。

 会社のサーバーの七十二候のフォルダーに満月コレクションをまとめてアップロードしておくことになった。

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月餅企画10 2024 小稲荷一照 @kynlkztr

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