第7話

 2025年8月31日

 葉月碧は海を見ていた。

「水着ぐらい持ってこれば良かった。」

 と、この夏休み最大の反省をしていた。

 海で遊ぶために来ているわけではないが、暑さのせいで水を体が求めてしまっている。

「久しぶりだな」

 懐かしい声がした。

「久しぶりだな、一年ぶりか?」

 そう言い目をやるとそこには彼女が、萩野夏帆が立っていた。

「いや、もっとだ」

「そっか、もう2学期だもんな。一年半ぐらいか。とりあえずカフェでも行って涼まないか?話したいことがいっぱいあるんだ。」

「ああ、私も同感だ。君は、私が未来から来たと言ったら信じるか?」



 僕たちは近くの喫茶店に来ていた。クリームソーダを二つ頼み、僕たちは話し始めた。

「さっき言ったことをもう一回言ってくれない?」

「私は未来から来た」

 話題が突然すぎて話が見えてこない。

「えっと…そういう時期ってあるよね。僕もそういうのあったから大丈夫だよ」

 可能な限りフォローをいれておいた。

 天才も厨二病になるもんなんだなと思っていると

「なあ、君は私を厨二病かなんかだと思ってないか」

 と物申したい顔をした彼女が言った。

「何かしら証拠がないと、そんなこと信じられないよ」

 はあ、とため息をつき彼女は口を開いた。

「一度しか言わないからよく聞け」

 そういうと彼女は話し始めた。バックワードの事、収束の事、そして、僕が今日死ぬ事。

 開いた口が閉まらなかった。

 彼女はすっかり薄くなったメロンソーダを飲み

「こんなことを話す予定はなかったのだがな。貴重な時間がなくなってしまう」

 と愚痴を言っていた。

「知りたい。もっと知りたい。どういう理論で動いているのか、実験の結果も教えてほしい」

「君は昔からそうだな。一度スイッチが入ると好奇心が満たされるまで他のことが見えなくなる。私が尊敬して、憧れているのはそういうとこだよ」

 そこから僕たちは議論を交わした。



 店を出ると空は茜色に染まり暑さは多少和らいでいた。

 停留所を目指し僕たちは歩いた。

「君の好奇心には恐れ入るよ。特に収束はどこから、いつ起こるのかという議論に関しては今までにないアプローチだった」

「それで、僕はどうすればいい?」

「君はこれから帰還口…いやアマテラスで16年後に累ねる」

「それじゃあ未来でもっと話が出来るな」

「ああ、そうだな」

 停留所に着くと彼女は右手を僕の頭の上に乗せた。

「お別れだ」

「お別れって大袈裟な。すぐ向こうで会えるんでしょ」

 そういうと彼女は不自然に笑っていた。

「君に憧れていると言っただろう?あれは本音じゃないんだ」

「え?」

「本当は、そしてどうしようもないくらい恋をしてしまっているんだよ。16年かけて君を助けに来るぐらいには。向こうに行ったら哲平という子がいるはずだ。仲良くしてやってくれ。君と同じくらい素晴らしい才能を持っている。君たちには何も残せなかったけど、それでも…それでも私は後悔していない」

「ちょっとまっ」

 言い終わる前に彼女の輪郭が歪んだ。

 そして僕はこの世界から、2025年8月31日から居なくなった。

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