第6話

 2041年8月31日

「とりあえず帰還口を左脳の一部と右腕に累ねられました。つくづく実感してますけど、これって脳がどう動いてるか分かってないから出来る裏技みたいなもんですね。とはいえこれでバックワード開発以前の時間に行くことが出来るようになりました」

 資料を示しながら哲平が言った。

「すばらしいな。君がいなかったら正直ここで詰みだったよ」

 そう言いながら鍵と通帳を渡す。

「場所と金だ。ここから三時間ほど車を走らせたところにある潰れた工場を改築してもらった。最低限の設備はそろえてある」

「それじゃあ、持てる物だけ持ってそっちに移動しますか」

 そう言うと哲平は荷物をまとめ始めた。

「いや、最後に行きたい時間がある」

「そんなのまた設備を整えてからでいいでしょう?」

「累ねる年代が古いほど収束が起きやすくなる傾向がある。次バックワードができるのが何時か分からない以上、今じゃないとそれこそ本当に詰んでしまう」

「分かりました。それじゃあ目的だけ聞かせてください」


一通りの説明が終わると哲平は難しい顔をしていた。

「成功確率は?」

「五分五分だ」

「先生がその男の子を今に持ってきて助けたいというのはよくわかりました。でも、帰還口で二人も帰る時間ありますかね」

「まあそこは、賭けになるだろう」

「賭けって…半分の確率で先生が死ぬんですよ!そんなの考えられません。あなたほどの天才が命を無駄に使っていいはずがない」

黙々と準備している萩野の手が止まった。

「君に反論されたのは、久しぶりな気がするよ。しかし、ノブレス・オブリージュの様な考え方だな。嫌いじゃない考え方だが今回はがっつり私情だ。それに、こちらサイドは収束に二人持ってかれているんだ。敵討ちと行こうじゃないか」

 バックワードに座りうきうきの萩野が言う。

「さあさあ始めようではないか。帰還口を右腕に累ねておいてくれ。あとインクルージョンを移せるようにするのと、アウトプット先を左腕に頼む」

「分かりましたよ」

 耳障りな機械音の中哲平が口を開く。

「どうでもいいですけど、帰還口って言いずらくありません?」

「そうか?何も思わんが…まあ、アマテラスとでも呼んでみればいいんじゃないか?」

「太陽の神ですか、前向きですね。絶対に帰ってきてください」

「ああ、もちろんだ」

 そう言うと萩野は目を閉じた。

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