事後処理――狩人と死神について

 今から20年前、東の聖王国で初めて異世界人が召喚された。


 強大な魔力と人智を超えた力を持った異世界人を、聖王国は『救世の勇者』と呼び、巨大な魔物やや新大陸に住み着いているとされる魔族の脅威に対抗するためだと説明した。

 だが、それはあくまで表向きの理由であり、真の目的は勇者という武力を誇示し、対立関係にある西の帝国を牽制するためだった。


 やがて、災害クラスの魔物を討伐するなどの功績を上げて英雄と祭り上げられた初代勇者に続いて、聖王国は数度にわたって異世界人を召喚した。莫大な魔力を消費するので短い間隔で何度も行える魔法ではなかったが、召喚された異世界人もとい勇者はいずれも確かな実績を作り、聖王国は大陸内での地位を大きくしていった。


 しかし、その栄光も長くは続かなかった。帝国側の間者によって異世界人召喚の術式が流出したのである。

 盗み取った召喚術式を、帝国は大国故の技術力で瞬く間に解析して迅速な召喚システムを構築しただけでなく、召喚した異世界人に徹底した洗脳を施し、強靭な兵士たちを作っていった。


 こうして聖王国と帝国の対立は更に悪化したが、召喚術式がもたらした影響はそれだけに留まらなかった。


 治安が悪化していた帝国内で、一部の過激カルト組織にも術式が流出してしまったのである。

 これにより異世界人による犯罪やテロ行為、有能な能力を持つ異世界人の人身売買などが横行し、大陸全体の治安悪化と2大国の緊張感は日に日に増大していき、それが爆発するまでそれほど時間はかからなかった。


 第1次勇者大戦の勃発である。


 多数の異世界人を投入したこの戦争は、両大国にも甚大な被害をもたらしたが、それ以上に被害を被ったのは両大国以外の中小諸国だった。

 戦地として大国の異世界人たちに蹂躙され、闇組織や野良の異世界人たちに尊厳を傷つけられた中小諸国では、異世界人に対する嫌悪と憎悪が強まっていき、やがて彼らは大国の脅威に対抗するために同盟を結成した。


 彼ら諸国同盟は、異世界人の力に頼らずに異世界人に対抗する手段を研究し始め、各地から戦闘・諜報・魔法研究などに特化した精鋭を呼び寄せ、異世界人鎮圧専門の特殊な部隊を作り上げた。


 この部隊は大戦の終結にも貢献したのだが、終戦後も聖王国は治安維持を名目に異世界人の実戦登用を続けており、帝国や帝国に属する諸派組織も秘密裏に召喚を行っている。その都度に起こる悪質な異世界人による犯罪行為を鎮圧し、2大国の暴走を抑制するために、部隊の構成員は大陸各地に散らばって活動している。


 世界のバランスを守るために、異世界から来た存在の力を抑えつけ、最悪の場合排除する対異世界人専門部隊。


 通称――『狩人』。


 彼らは、この世界に害を為す異邦の者を正し、世界のバランスを保つために日々暗躍している。


 ● ● ●


 シャルとアルトの戦闘が決着したのを見届けて、ギルドマスターこと諸国同盟所属・特定異世界人鎮圧部隊――『狩人』7番隊隊長、ジェームズ・ハントは安堵の息を吐いた。


 今回の作戦の始まりは、各地で異世界人の不審死が続いたことだった。

 それらの不審死は見た目だけではどれも事故死に見えたが、死者が聖王国の『勇者』ばかりであったことに疑問点を抱き、帝国側が差し向けた異世界人による妨害工作と断定して調査を開始した。


 その結果、不審死した異世界人の周辺に『次々と滞在先を変えて、異様なほど己の痕跡を残さない』冒険者が居たことを突き止めた。アルトという名のその冒険者に異世界人の疑いを向けたハントたちは、彼が転々と滞在先を変えていく行き先に先回りして、構成員全員が街の冒険者やギルド職員になりすまし、アルトに決定的な証拠を出させるために罠を張ることにしたのだった。


 そのためにシロガネ・カズヤを餌にした上、むざむざと殺されてしまったことは聖王国に抗議を受けそうだが、適当に受け流しておけば良いだろう。作戦中にやって来たシロガネが、敵勢力に殺されてしまった責任をハントたちが負う義務は無い。

 元々シロガネたちも各地で横暴な行動を繰り返していたために敵害異世界人として認定していたので、遅かれ早かれ何らかの処分を行っていただろう。


 それに対して、アルトの裏には何らかの後ろ盾が付いている可能性が高いので、生きたまま拘束して裏に居る存在を吐かせなければならない。投降すれば悪いようにしないとは言ったが、これから彼を待つのは執拗な尋問と異世界人として持つ能力の実験だ。


 まだまだ仕事は終わらないなと、この先を思いながらハントはアルトを拘束するよう部下に指示を出そうとしたが――


「ん?」

 微細な異臭が鼻をよぎった。


 まだ小さなその匂いは、何かが焦げ付くような匂いだった。一体どこから来ているのかと辺りを伺うと、いつの間にかアルトの服の端に小さな火が点いていた。

 なんだコレは、と思った瞬間。


「――ッ! 離れて!」


 シャルが叫ぶのと炎が上がるのはほぼ同時だった。シャルを含めた隊員たちが離れる一瞬の間に、炎は一気にアルトの身体を包みこむ。


「!? うあアアッ!? アガアアアアアア!?!  アア、熱いっ! アツイイイイイイィィィ!!!」

「水や氷の属性魔法を持ってる奴は早く消火しろ!」

「やってます! でも!」

 隊員たちが水を作り出して浴びせかけるが、炎は一向に弱まる気配は無い。魔法によって仕掛けを施されたものだと察して、ハントは舌打ちした。


「う、嘘だ――ウソだウソだウソだウソだ。だ、誰か――たす、け――――」

 炎の中でアルトはのたうち回りながら、何処かへ助けを求めるように手を伸ばしたが、その手は空を切って体とともに地面に倒れ、そのまま動かなくなった。



 その後、炎はアルトの身体を一気に燃やし尽くすと、異常なスピードで自然鎮火した。

 炭化するまで燃え尽きたアルトの死体を運び出す指示を部下に出していたハントの元に、別の隊員が近づいてきた。


「先ほど、被疑者が逗留していた宿屋でも火事があり、被疑者の部屋だけを全焼させて鎮火したそうです」

「焼けた部屋を徹底的に調べろ。どんな些細なものも見逃すな」

 そう指示を出しながら、おそらく何も証拠は残っていないだろうとハントは思っていた。


 アルトを操っていた何者かは、アルトが未熟で詰めが甘いことも織り込み済みで仕掛けを施しておいたのだろうし、操っていた人間を切り捨てる事も厭わない相手だ。手がかりを残しているとは思えなかった。

 だが、だからこそどんな些細な繋がりも見逃すわけにはいかなかった。特に、あの射撃武器や爆発物の技術を敵組織に渡すのは危険すぎる。即刻対処しなくてはならない。


 去っていった部下を見送ったハントが辺りを見回すと、焼け焦げた地面の傍に立ち尽くす小柄な背中が見えた。ハントはそこに近づき、背中を軽くポンと叩く。

「イ゛ッ!?」

 叩かれたシャルはビクッと体を震わせ、そのままプルプルと縮こませた。


「な、何するんスか隊長!」

「はぁ……お前なぁ。やっぱりまだ回復しきってないじゃないか。それなのに無茶しやがって」

「……うるさいッス」

 悪態をつきながら、それでも申し訳無さそうにそっぽを向くシャル。


 狩人が身に纏う装備には、外部から受ける魔力を弱体化させる機能が備わっている。これは異世界人たちが持つ能力の多くが魔力・魔法に関わるものだからであり、まともに受ければ即死もあり得る攻撃もこの装備で受ければ耐えられる。

 この装備によって、シャルはアルトから魔法の銃弾を受けても無事だったのだが、受ける攻撃の全てを無効化できるわけではない。弱体化されたとはいえ高速で発射された銃弾の衝撃を胸部と腹部に受け、シャルは肋骨を折るレベルのダメージを負っていた。


「本来なら作戦に参加しないで安静にしているべきだし、そもそも避けることができたはずの負傷のはずだろう」

 昨日、シャルがアルトに撃たれた一件は本来の作戦ではない。あの時シャルは、アルトがシロガネを殺したことを確認して撤退するはずだった。そもそもシャルの実力であれば居場所をバラす失態など犯さないだろうとハントは思っていた。

 結果的に消えたシャルの行方を追ってアルトは罠にかかってくれたが、もしもアルトの銃弾が魔法製じゃなかったり、自動照準の能力に頼らず頭に撃ち込まれていたら、作戦は最悪の結果になっていたであろう。


「……少し信じていたんです」

 しばしの沈黙の後、ポツリとシャルは言った。


「もしかしたらアルトさんは、私を撃たずにやったことを誤魔化すかもしれないし、もしかしたら素直に罪を認めてくれるかもしれない。そんなことを期待して、ちょっと試してみたんです。結果は失敗でしたけど……」

 アルトが倒れていた焼け焦げた地面を見つめながら、シャルは話し続ける。

「本当はアルトさん、優しい人だと思うんです。どこにでも居る普通の人なのに、この世界に来て変な力を与えられたばかりにこんなことになって。アルトさんだけじゃなく、シロガネだってきっと……」


 シャルの言葉を聞きながら、それは楽観的すぎるだろうとハントは思った。

 狩人の部隊長として今まで様々な異世界人を見てきたが、その大半は心に鬱屈した感情を抱えていた。彼らが元居た世界がどんな世界なのかは知らないが、彼らの多くはこれまでの生活に退屈や不満を感じていて、この世界に来たことで特別な存在になれると心から信じていた。その結果、過激な行為に走る者も多いのだから、元の世界でもいずれ鬱屈した感情を爆発させていただろう。


 だが、それを直接言うことはしなかった。

 そういう人間ばかりとは限らないし、なによりも彼女が信じる小さな希望を否定したくはなかったから。


「お前のその優しさは人として大事なことだ。だが、それに囚われすぎるようならこの仕事を辞めたほうが良い」

 必要最低限の忠告をすると、シャルはグイと目元を拭いハントの方を向いた。


「分かってます。私は中途半端な覚悟でここに来たんじゃないッスから」

 シャルの瞳はもう伏し目がちではなく、強い意志を宿してハントを真っ直ぐ見つめている。


「私は、勇者召喚術式を必ず根絶させます。理不尽な力で悲しむ人を作らないために。たとえ、どんな犠牲を払おうとも」

 力強く言い切るシャルに少しの危なさを感じつつ、ハントは安心の笑みを浮かべた。


「良し、その意気だ。ひとまず今日の所は事後処理を済ませて本部に戻るとしよう。作戦に協力してくれた街の人々にも礼を言わなきゃならんしな」

「はいッス!」


 そうして2人は、焼け跡に背を向けて街の方へ歩き出し、もう振り返ることはなかった。


 ● ● ●


 第1次勇者大戦が起こった頃。

 異世界人同士の戦いによって、小さな村が地図から消えた。


 その村の唯一の生き残りであった少女を助けたのは、皮肉なことに別の異世界人だった。


 少女を救った異世界人は、聖王国で召喚されながらもその手を逃れ、中小諸国を回りながら人々を助け続けている異端の存在だった。

 父・母・弟の家族全員と故郷を失った少女を、その異世界人は家族のように養い、傷ついた少女の心も少しずつ癒えていった。


 だが、その日々も長くは続かなかった。

 裏切り者として追っていた聖王国の追手が遂に辿り着いたのである。

 異世界人は、後の狩人の原型となる諸国連合の組織に少女を預け、追手との戦いに向かい、そして敗れた。討ったのもまた聖王国の異世界人だった。


 こうして、異世界人によって全てを奪われ、異世界人によって救われた少女は、異世界人を召喚するシステムに憎しみを向けるようになった。自ら組織に入隊することを望み、入隊後はみるみるうちに才能を開花させていった。


 狩人となった彼女は、異世界人たちを次々と討ち取りながら、同時に彼らを救い出す術も模索し続けている。


 シャルロット・オルテ。


 仲間たちにはシャルと呼ばれる彼女は、相対した者たちには恐れをこめてこう呼ばれている。


『小さな死神』と――。

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とある異世界転生者と狩人と死神 ~チート能力を持って転生した俺はクズ勇者を討つ暗殺者になったはずだった~ 八千堂書房(8000) @hachi8000

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