急――アクシデントが起こる

 地面に転がるシロガネの死体を見ながら、俺はこの後の段取りを思い返していた。


 シロガネはボスモンスターと戦って相討ちになり、その影響でダンジョンも崩落したという筋書きになっている。

 なのでこの後はダンジョン全体にC4爆薬を仕掛け、爆発でダンジョンを崩落させて死体ごと埋めてしまう算段だ。


 ちなみに、ボスモンスターやダンジョンの活性化も俺の仕込みだ。西の帝国から流れてきた裏アイテムを使ってダンジョン周辺の魔力を操り、魔物を凶暴化させたりボスモンスターを発生させたりした。なお、ボスモンスターは俺が予め倒しておいた。その討伐証明も後の辻褄合わせに必要だ。

 さて、とっとと脱出して爆弾を爆発させよう。そう思った時だった。


 カラン

 広間の隅の方から物音がした。小石のような物が転がる音だった。


「誰だ!」

 反射的に音の方へ拳銃を向けた。

 もしやシロガネの取り巻きたちがまだ生きていたのかと思ったが、岩陰から顔を出したのは予想していなかった人物だった。


「シャル……?」


 肩口で短く切り揃えられた黒髪に、初級者向けの動きやすい皮装備。そして小動物を思わせる小柄な体躯は見間違えるはずがなかった。


「えっと……ごめんなさいっ。アルトさんがダンジョンの方へ行くのが見えたんで、追いかけてきたんスけど……」

 怯えた目で必死に弁解するシャル。その様子を見て俺は、間違いなく先程の一部始終を見られたのだと確信した。


「そ、それよりっ! 一体何があったんスか!? 勇者シロガネたちは――」


 タンタンタンタンッ


 シャルが言い終わるより先に、俺は引き金を引いた。

 胴体に4発の弾丸を食らったシャルは、短い呻き声を上げてまた岩陰に倒れていった。


 それを見ながら、俺は自分の心が痛んでいないことに気付いた。

 所詮、今の環境は仮初のものであり、一仕事終えればすぐに立ち去って忘れるもの。一二週間過ごした記憶は、俺には何の意味も持たないものだ。

 それに俺はエリスに全てを捧げると決めたのだ。それ以外の人間の死など、使命のために必要な犠牲でしかない。


 とりあえず、シャルにはこのままシロガネたちと一緒にダンジョンの崩落に巻き込まれたことにして、岩の下に埋まってもらおう。念の為に形見の装備でも持って帰れば、彼女が運悪く亡くなってしまったことの証明にできるだろう。

 そう考えた俺は、シャルの死体を確認しようと岩陰を覗き込んだのだが――


「え?」

 そこにシャルの死体は無かった。


 確かに彼女はそこに居たはずだ。銃弾も確かに当たっていた。


 ところで、俺は無尽蔵の魔力と万能の魔力適性の他に、もう一つチート能力を持っている。それは『オートエイム』。対象に向けて射撃すれば、勝手に敵の体に当たってくれる能力だ。これは重火器以外にも魔法や投擲武器でも使えるので、俺は自分の攻撃を外すことが無い。

 大体の場合では、銃弾や強大な魔法を体の中心に食らえばまず死ぬのだが、稀に急所を外れて生き残る時もある。そういう場合はちゃんとトドメを刺すし、先程のシロガネを殺した時のように気配遮断を組み合わせて急所を打ち抜くこともある。


 今もそうやって運良く生き延びた可能性はあったが、グロックの射撃を腹や胸に食らったら、まず無事では済まないだろう。こんなに早く動けるはずがない。

 もしかするとまだダンジョンの中に隠れているのかもしれない。もしもシャルがまだ生きているなら、俺の暗殺を見てしまった以上、生かしておくわけにはいかない。

 そう思って俺はダンジョン内の捜索を開始した。


 しかし、ダンジョン内を隅から隅まで探しても、シャルを見つけることはできなかった。


 ◆ ◆ ◆


 やむなく俺はダンジョンの爆破を実行して立ち去り、街へ一旦戻ることにした。


「ん? どうしたアルト、そんな思い詰めた顔して」

 ギルドにやって来た俺に、マスターが心配そうに話しかけてきた。俺は重苦しい雰囲気を装いながら話口を開いた。


「実は、シャルについてなんだけど……」

 そうして俺は、事前に考えておいたストーリーを話し始めた。


 勇者たちのファンだったシャルは、勇者たちがダンジョンに行くのにコッソリ付いていった。俺はそれを偶然見つけて追いかけていったのだが、時すでに遅し。シャルのドジによってボスモンスターが凶暴化し、シロガネたちはボスと相討ちになった上にダンジョンは崩落してしまった。俺とシャルは運良く脱出できたものの、自らの失態で勇者を死なせてしまったシャルは自責の念に駆られて逃げてしまった。


 元々の予定だった勇者事故死に脚色を加えたストーリーを、マスターは真剣な眼差しで聞いてくれた。そして最後まで聞くと深く溜め息を付いた。


「それで、俺に何を頼みたいんだ?」

「シャルを探してほしい。まだそう遠くまでは行ってないはずだ。もし見つけたら俺に知らせてほしい」

「見つけてどうする気なんだ?」

「話をしたい。アイツがしたことは許されないかもしれないけど、それでも一人で抱え込む必要は無い。俺はアイツの相棒なんだから力になってやりたいんだ」

「そうか……」

 マスターは神妙に頷いた。


「よし、分かった。他の冒険者連中にも声をかけて探してもらおう。で、見つけたらお前さんに伝えれば良いんだな?」

「ああ。できれば俺があいつと話すまで手を出さないでくれ」

「了解だ。まあ、そんな広くない界隈だ。すぐに見つかるだろう。お前さんも今日は色々あって疲れただろうから休んでおきな。何か情報が入ったらすぐに連絡する」

「分かった。よろしく頼む」


 そうして俺は、ギルドを離れて自分が逗留している宿へと戻った。

 今の所はとても順調だ。マスターは俺の話をすっかり信じてくれている。これもこの街の住民として信頼関係を築いてきた賜物だ。


 後はシャルが無事に見つかってくれれば、あいつが見たことを喋ってしまう前に口を封じてしまうだけだ。錯乱した彼女をやむなく正当防衛で返り討ちにしたことにするか、あるいは事故死や自殺に見せかけることも容易い。

 予想外の事態ではあったが、想像以上に俺の心は落ち着いている。やはり何事も上手くいくためには落ち着いて行動するのが一番だ。


 そう思うと急に眠気が襲ってきた。

 まだ仕事は残っている。マスターの言う通り、少し休んで体力を回復しておこう。

 そう思って、俺はベッドの上で目を閉じた。


 それからどれほど時間が経ったか。


 ドアがノックされる音で俺は目覚めた。

 窓を見れば外はすっかり暗くなっている。


「おぉい、アルト、起きてるか?」

 ドアの向こうから聞こえてくる声はマスターのものだった。俺は起き上がってドアへと向かった。


「悪いな、休んでる所だったか?」

「いや、全然大丈夫だよ。それで、用件は?」

「ああ、シャルが見つかったそうだ」

 それを聞いて俺は結構早かったなと思ったが、シャルがまだそう遠くへ行っていないという予測が正しければ、この街の冒険者たちの情報を合わせればすぐに見つかるのも自然だ。俺は自分の運の良さに内心で笑みを浮かべた。


「それで、シャルは何処に?」

「街外れの小屋へ入っていくのを見た奴が居た。どうやらそこに籠もって動いてないらしい。頼まれた通り、俺たちは何も手を付けてないぜ」

「ありがとう。後は俺に任せてくれ」

「ああ、頼むぞ」


 そう言って去っていったマスターを見送って、俺は仕事の準備を開始した。これがおそらくこの街での最後の仕事になる。


 ◆ ◆ ◆


 マスターに教えられた小屋は、今は廃屋になっている建物だった。元は誰が住んでいたのかは定かでないが、森の近くに建っているので魔物が住み着くことも度々あり、時折討伐依頼が来たりする場所だ。


 俺は小屋のドアを開いて、ゆっくりと中に入った。古くなったドアがギィィィと音を立てる。

 入った先はすぐに開けた広間になっていた。そして、奥の壁際に人影が立っていた。


「シャル、なのか……?」


 疑問符になったのは単なる確認のためではなかった。俺にはその人影がパッと見だけではシャルだと分からなかったからだ。

 窓から入る月の光に照らされたその人物は、確かに小柄で細い体つきだったが、着ている服装はいつもの初級者向け冒険者装備ではなかった。


 冒険者の物よりも動きやすそうなピチッとした装備。俺が元居た世界ならボディスーツが近いだろうか。そこに加えて全身を覆うフード付きのマントを着ていて、フードが絶妙に目元を隠している。

 そんな普段は見ない装備だけでも異質なのに、さらに異常なのはその装備が全てが漆黒だった。


 まるで闇に紛れるためにあるような。


「アルトさん」

 その黒ずくめの人物の唇から発せられた声は、間違いなくシャルの声だった。だが、その声色は普段の明るい調子ではなく、まるで氷のように冷たかった。


「あなたにはシロガネ・カズヤの殺害、及び周辺諸国での複数の異世界人の死に対する関与が疑われています。よって、特定異世界人鎮圧の権利を行使し、あなたを拘束します」

 淡々と話し続けるシャル。俺をじっと見つめる目もまた、いつもの人懐っこい視線ではなく、無慈悲さすら感じる鋭い目だった。


「お、おいおい。何言ってんのか分かんねぇよシャル。冗談はそれくらいに……」

「まだ分かんないのか?」

 俺の弁解を遮るように、今度は背後から声がした。

 振り返ると、いつの間にかそこにはシャルと同じ黒尽くめの装備を着た男が立っていた。

 しかもその声と顔には覚えがある。その人物は間違いなくギルドマスターのオッサンその人だった。


「お前さんは罠にかかったんだよ」

 マスターの言葉に続いて今度は複数人の黒尽くめが小屋に入って来て、出入り口を塞ぐように俺を囲んだ。

「罠、だって……? そ、そもそもお前らは一体なんなんだ!?」

 俺が喉の奥から絞り出すように叫んだ言葉に、マスターはヤレヤレと言わんばかりに肩を竦める。


「簡単に言えば俺たちは、お前さんみたいな力を悪用する異世界人を取り締まってる警察みたいなもんだよ。そういう組織があるって、召喚してもらった奴らには教わらなかったのかい?」

 俺は答えなかった。エリスたちからはそんなことは聞いたことがない。


「随分とコソコソ上手くやってたみたいだがな、自分を追ってる者が居ないと思っていた時点で詰めが甘かったな。既にシャルが言ったが、お前にはシロガネを含む複数の異世界人の殺害容疑が出ている。今ならまだ拘束するだけで済むから、大人しく投降することをお勧めするぞ」

 マスターはそう言うが、周りを取り囲む黒尽くめからはそう簡単に行かせてくれない圧を感じる。やはりどうにかしてこの場を切り抜けるしかない。

 俺はさり気なく隠しながら手に手榴弾を作り出し、素早くピンを抜いた。


 しかし――


「えっ!?」

 その瞬間、いつの間にか至近距離まで近づいてきていたシャルが、俺の胸ぐらを掴んで投げ飛ばした。

 窓を突き破って小屋の外へ飛ばされながら、俺は咄嗟に手に持っていた手榴弾を投げ捨てた。


 爆風が起き、俺はさらに吹き飛ばされる。

「ぐうぅぅぅっ!」

 爆発の直撃は免れたものの、全身に痛みが走る。それでもなんとか体を起こして小屋の方を見ると、爆風の土煙の向こうから小柄な影がこちらに歩いてくるのが見えた。


 自分の身体に左手を当てて回復魔法を発動。同時右手にAKを生み出して射撃するが、

「はぁっ!?」

 射線上を歩いてくるシャルの姿が横にブレた。銃弾が虚空を通り抜けていく。ありえないと思いながら照準を移して射撃するが、またシャルの姿がブレる。

 

 銃弾が当たらない。

 

 そんなバカな、と焦った俺の感情を読み取られたのか、シャルがスピードを上げると、またしても一気に懐に入られてしまう。

 その刹那、突然両腕に熱が走る。見ると腕から鮮血が吹き出していた。


「がああぁぁぁぁっ!」

 熱はすぐに激痛に変わり、俺は耐えきれず膝をつく。しかもどういうわけか切られた腕は思うように動かないし、回復魔法を使おうにも魔力を上手く練ることができない。


「腕の健を切断しました。これで腕の力は入らないはずです」

 俺の腕を切ったナイフを既に収めながら、シャルは淡々と言う。


「私達が魔法を行使するための体内回路は、全身の筋肉や血管と連動しています。特に、殆どの人間にとって主要の魔力排出器官となっている手や腕には大きな回路が通っています。逆に言えば、手や腕を使用不能にすれば多くの人間は魔法を使えなくなります。知りませんでしたか?」

 俺が教えてもらえなかった魔法の仕組みを説明するシャルの声を聞きながら、俺は腕の痛みに耐えるようにうずくまった。


「これ以上の抵抗は無意味です。どうか投降してくれませんか?」

 再度投降を求める声に、俺はふざけるなと内心憤った。俺は女神を守る騎士なのだ。こんな所で情けなく負けるわけにはいかない。


 足の健まで切らなかったのは奴らにとって誤算だった。魔力も練りにくくはなったが、完全に出力されないわけではない。俺は蹲っているように見せながら、小さな魔力を絞り出して引き金が引ける程度まで腕に回復魔法をかける。どうやら俺が無尽蔵の魔力と万能の魔法適性を持っていることを舐めていたようだ。

 このまま相手が油断しているうちに全力疾走で近づき、シャルを人質にとって逃げるチャンスを作る。正面から戦うのも逃げるのも分が悪いのだから、今取れる最善策はこれしかない。


 握力が回復した。ここに来る前に作り出しておいたもう一つの拳銃を服の内側から取り出す。このまま一気にシャルまで近づけば――


「んぐふぅぅぅぅ――!?」


 駆け出そうとした刹那、突如腹部に衝撃が襲った。見ると、シャルの拳が俺のみぞおちに突き刺さっている。

 激痛に耐えきれず、俺の体は地面に倒れ込んでいく。薄れゆく意識の中、シャルの呟きだけが聞こえた。


「……残念です」

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