破――語り手の正体が明かされる

 翌日。

 俺はダンジョンの最奥に居た。

 

 このダンジョンは街の北部にある森をさらに進んだ先にある洞窟で、普段は弱い魔物しか湧かないので初級冒険者向けとして扱われていて、魔法ランプによる灯りも設置してあるくらい整備されているのだが、最近になって湧く魔物たちのレベルが急に上がり、周囲の生態系にも影響を及ぼし始めていた。

 中には最奥でボスモンスターを目撃したという話も出始め、事態を重く見たギルドが勇者パーティに依頼を出したのである。


 そのボスモンスターが居るという最奥。そこはそれまでの道幅が狭い道中と比べて広く開けた作りになっていた。

 俺はその端にある岩陰に息を潜めて待っていた。まあ気配遮断の魔法もかけてあるから、無理に息を潜める必要も無いけど。


 そうしているうちに通路の方から足音が聞こえてきた。どうやらターゲットが来たらしい。


「ああん? んだよ、何も居ねえぞ」

 勇者シロガネパーティのチャラ男戦士の声が空間に響く。


「うわホントだ。マジでなんもないじゃん。拍子抜けぇ」

「道中のモンスターも大したことなかったしぃ、あのギルドの連中に騙されたんじゃない?」

「まあ待ちなよ。目標の魔物が居なかったのはむしろ好都合だ」

 魔法使いのギャル2人を宥めながらシロガネが言う。


「ギルドの手違いなのかどうかは知らないが、僕らをここまで呼び出しておいて何もありませんでしたは通させないよ。慰謝料込み込みで依頼料を倍以上請求してやろう。勇者の威光を見せつけてやれば奴らも断れないさ」

 シロガネの言葉に「ヒャッホー!」「さっすがカズヤぁ!」などと取り巻きが歓喜の声を上げる。それを見ながら俺は心のなかでエンガチョした。


 噂を聞くと、こいつらはこうやって各地で勇者の肩書を振りかざしては、依頼料を巻き上げたり迷惑行為を繰り返しているらしい。つくづく陽キャチャラ男を勇者になんてするべきではない。


「だが、周囲は一応調べておこう。これで本当は魔物が居ましたなんてことになったらマズイからね」

「ヘイヘイ。つってもマジで何も居なさそうだがな」

 チャラ男がそう言って周囲を見渡した時、俺は手に持っていた小石を投げた。カランと小さく転がる音が鳴る。


「ん? 何の音だ?」

 音のした方向へ歩いていくチャラ男。その足が小石にたどり着く直前、


 ドゴォッ!

 鈍い爆発音が炸裂し、土煙が舞った。


「キャアアアアアアア!」

「ケンゴ!?」

 土煙が晴れた時、そこには全身を破壊されたチャラ男の死体が転がっていた。

「な、なんだコレ……」

 何が起こったのか理解できず茫然とするシロガネ。


 種明かしをすると、先程爆発したのはいわゆるクレイモア地雷だ。なお殺傷能力は現実の3倍ほどになっているから、あの近距離で食らったらひとたまりもないだろう。


「ヒイイィィ!!」

「もうヤダァァァ!!」

 凄惨な遺体を直視してパニックを起こしたギャル2人が通路へと駆け出していく。その行動に合わせて俺はスイッチを取り出して押した。

 出口近くの岩に設置していたC4爆弾が爆発し、大きな爆発音とともに岩が落下する。そのまま爆発の衝撃で動けずにいたギャル2人を押し潰した。


「う、うう、うわああああああ!!!」

 仲間が立て続けに死んで錯乱したシロガネが、腰の聖剣を抜いて忙しなく辺りを見渡す。

「誰だあああ! 誰か居るんだろう! 一体なんのつもりなんだぁ! ぼ、僕は勇者なんだ、ぶっ殺してやるぅ!!」

 支離滅裂に叫びながら聖剣を振り回すシロガネの背後に、俺は気配遮断をしたまま近づいて、シロガネの後頭部にグロック17の銃口を向けた。


 ターンッ


 引き金を引くと同時に銃声が響き、脳漿を散らしながらシロガネが倒れ伏した。


 ◆ ◆ ◆


 今から数ヶ月前。

 現代の日本で虚無な生活を送っていた俺は、定番のトラックに轢かれて異世界に召喚された。


「ああ……! 私の呼び声に応えていただきありがとうございます、我が救世主様」

 俺が召喚された魔法陣の外から駆け寄ってきた修道服の美少女は、目尻に涙を浮かべながらそう言った。


 エリスという名のその少女は、自らを女神の化身である聖女であると説明した。傍から見たら荒唐無稽かもしれないが、俺自身がこうして異世界に召喚されたことと、素人目にもわかる圧倒的な神々しさに、疑う余地は一切無かった。


 そして、エリスとお付の神官たちは、俺をこの世界に召喚した理由を説明した。

「あなたには、私たちの世界で横暴を働く悪しき勇者たちを討ち滅ぼしてもらいたいのです」

「えっ?」

 勇者を滅ぼすという物騒なワードに面食らってしまったが、詳しく聞くとこういうことらしい。


 この世界では度々、なんらかの大きな危機が訪れると女神の力を借りて勇者を召喚し、彼らが神から与えられた強大なチート能力で危機を乗り越えてきたのだと言う。しかし、ここ最近、その勇者の力を悪用する人間たちが現れ、各地で横暴を働いているという。

 元の世界で異世界転生モノのラノベを読んでいた俺は、なるほど陽キャのクズ野郎を勇者として召喚してしまったパターンだなとすんなり理解できた。で、エリスたちはその討伐のために、勇者を倒す救世主(勇者と区別するためにこう呼ぶ)として俺を召喚したわけだ。


 人知れずこういったファンタジー展開に憧れていた俺に断る理由は無く、その頼みを了承した。

「こんな俺でも力になれるなら、いくらでも助けるよ」

「――ッ! ありがとうございます、救世主様!」

 歓喜のあまりに抱きついてきたエリスから甘い香りを感じ取って顔が熱くなるのを感じながら、俺は彼女を抱きしめ返した。


 それからしばらくの間、異世界のことを学び、魔力の使い方を覚えるための訓練が続いた。


 この世界では魔力あるいは魔素と呼ばれるモノが至る所に存在していて、もちろんそこに住んでいる人間たちも誰もが持っているものだ。人間たちは自分の体内に持っている魔力を、血管のような器官から全身に巡らせて体外に排出し、空気中の魔力に作用させて様々な現象を起こしている。それがこの世界で言う魔法だった。

 つまり、極論を言うとこの世界の人々は皆魔法が使えるし、魔力を使ってなんでも生み出せるのだが、そのためには魔力の適性や各々の保有限界があるために、そう上手くはいかない。


 だが、異世界転生者である俺は女神の加護という名の転生ボーナスによって無尽蔵の魔力と万能の魔力適性を持っていたので、魔法を扱うことに関して俺に出来ないことなど無かった。


 そんな魔力でなんでも生み出すことが出来る俺がこの力の使い道として目を付けたのは、銃器や爆弾などの近代兵器だった。この世界について深く知っていくと、やはりこの世界はいわゆる異世界転生モノにありがちな中世ヨーロッパくらいの文化レベルのようだったので、重火器を使えばかなり優位を取れるだろうと考えたのだ。

 俺は元の世界ではFPSやサバゲーが好きだったので、魔力を練ってそれらの兵器を生み出すことは造作もなかったし、その強大な威力をお披露目した時のエリスたちの尊敬と畏怖がこもった眼差しは忘れられない。


 そうして訓練の日々を過ぎていき、俺はかなり充実した生活を送っていた。強大な力を持つ救世主である俺のことを外に知られないために、暮らしている神殿の外へ出ることはできなかったが、神殿での生活はまさに至れり尽くせりだったし、世話や訓練をしてくれるエリスのお付の神官たちも優しくて、時が経つにつれてすっかり仲良くなった。特にエリスは俺に親身になってくれて、俺たちの距離は日に日に近くなっていった。


 こんな日々がずっと続けば良い。そんなふうに思っていたのだが……


「ゲホッゲホッ! うう……!」

「エリス!?」

 ある日突然、エリスが咳き込みながら血を吐いて倒れた。


 部屋に運び込まれていくエリスを見送ることしかできない俺に、長く面倒を見てくれた神官長が神妙な面持ちで話し始めた。

「聖女であるエリス様の身体は、女神の身体とほぼ同じものです。そのため、エリス様の生命力は、神力という特殊な魔力によって支えられています。しかし、勇者の召喚術式には大量の神力を消費するのです」

「――っ! それってまさか!」


 神官長が頷く。

「はい。勇者召喚を悪用する者たちによって次々と召喚が行われ、神力が大量に消費されています。それによってエリス様の生命力は日に日に衰えていっているのです。このままでは、エリス様のお命はあと1年もつかどうか……」

 明かされた真実に膝から崩れ落ちそうになる。


 彼らが俺を召喚した目的は、ただ勇者召喚を悪用する連中を討つことだけではなかった。そうしなければエリスの命が危ないのだ。

 俺は自分が与えられた使命を今一度噛み締めた。


 そして俺はエリスが眠っている部屋に行った。

 ベッドの中で眠るエリスは傍目から見ても顔色が悪くて、初めて会った時は神々しく見えた金の髪も、今は消えてしまいそうなくらい儚く見えた。


「…………救世主様?」

 エリスが薄く目を開いた。

 起き上がろうするのを宥めた俺を見て、エリスは全てを知ったことを悟ったのだろう。全てを覚悟したように小さく笑いながら口を開いた。


「私、死ぬことは怖くないのです。女神の力を受け継いだ聖女に与えられた時間はそう長くありません。私はその時間に見合うだけの役割を果たせたと思っています。ただ……」

 一瞬言葉を呑んだエリスの目尻に涙が浮かぶ。


「せっかく出会えた救世主様と、お別れしてしまうことだけが、とてもっ……悲しいです……!」


 震えるエリスの手をそっと手に取る。

「約束する。俺は必ず勇者たちを討つ。君が長く生きていられるように」


 エリスがハッとこちらを見る。俺はそれに微笑んで言葉を続ける。

「俺が必ず君を助けるよ。俺は女神を守る騎士だから」

「――ッ! ありがとうございます、救世主様」


 その後、俺はさらなる訓練を続けた。特に勇者たちを殺す術を磨き上げた。

 そして、異世界に来て一ヶ月が過ぎ、勇者を殺すための最強の暗殺者となった俺は、エリスたちに見送られて遂に外の世界へと旅立った。


 それからはしがない冒険者・アルトとして各地で放浪しては、勇者を探し出して暗殺していった。勇者召喚には大陸の大国の思惑もかなり絡んでいるので、誰にも知られずに遂行しなけれならない。

 特に東の聖王国では勇者が頻繁に召喚されているようで、その国に目をつけられないように秘密裏に暗殺を進めていく。いずれは聖王国そのものも敵に回さなけれならないから、そのためにも慎重に行動する。


 潜伏先では現地の住民たちと親交を深めながら、決して自分の痕跡を残さないように徹底する。そして暗殺が完了したら、誰にも知られずに姿を消して拠点を移す。

 どこにでも居るような人間として、その環境に溶け込む。それが師匠である神官長たちに教えられた暗殺の鉄則だった。


 そして、小国にある冒険者集落を何度目かの新たな拠点にした俺は、新進気鋭の勇者であるシロガネを待ち伏せることにしたのだった。

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