とある異世界転生者と狩人と死神 ~チート能力を持って転生した俺はクズ勇者を討つ暗殺者になったはずだった~

八千堂書房(8000)

序――語り手の現状が語られる

 茂みから飛びかかってきた巨大な獣に、俺はすぐさま火炎の弾丸を浴びせた。

 

 ギャフゥゥゥ!

 

 直撃を食らった狼に似た獣は、全身を炎に包まれながらのたうち回る。ソレが丸焦げになるのを待たずに、俺は手に雷撃の刃を作り出して獣の胴体目掛けて投げつけた。刃が見事に深く突き刺さると、獣はピクリとも動かなくなった。

 これで二体目。依頼達成まであと二体だ。俺が次の標的を探そうとすると、


「ひぇぇぇぇ!」

 なんとも情けない悲鳴が聞こえてきた。その方向に視線を向けると、黒髪の小柄な少女が先ほど俺が倒したのと同じ獣に押し倒されていた。


「ウギギギ……! ちょっすみませんアルトさん! 助けてほしいッスぅぅぅ!!」

 顔面に迫る獣の巨大な牙を必死に押さえつけながら悲愴な懇願をする少女を見て、俺はヤレヤレとため息をつきながら手の中で魔力を練る。

 再び雷撃の刃を作り出して投擲。刃は運良く獣の頭に突き刺さり、獣はそのまま倒れ伏した。俺としてはラッキーだったが、自分が押さえつけていたすぐ近くに刃が飛んできた少女は「ひぃっ!」と悲鳴を上げて飛び退った。


「あ、危ないッスよアルトさん! 私に当たったらどうするんスか!」

「そんなヘマはしないから安心しろ。というか、助けてやったんだから礼ぐらい言ったらどうだ? シャル」

「あうっ……どうもありがとうございました……」


 そう言いながら少女――シャルは小さく頭を下げた。申し訳無さそうに縮こまる姿に小動物っぽい可愛さを感じてしまい、俺は思わず笑みながら肩をすくめた。そして静けさを取り戻した周囲を見渡しながら言う。


「これで最後か? もう一体居たと思うが」

「あっ、それは私が倒したッス。その時に油断してもう一体に近づかれて、あの有り様に……」


 そう言うシャルの周囲に目を移すと、少し離れた所にもう一体、獣の死骸が転がっていた。血溜まりに倒れている死骸の首は大きく切り裂かれている。

「なるほど。じゃあこれで討伐依頼は達成だな。討伐証明を剥ぎ取って街に戻ろう」

「はいッス! それにしてもアルトさんの魔法はスゴいッスねぇ。こんなに大きな威力の魔法を無詠唱で発動して、しかも複数属性扱えるなんて。そんなレベルの冒険者、私も出会ったことないッス」

 地面に落ちたナイフを拾い上げ、血糊を拭き取りながらシャルは尊敬の眼差しを俺に向ける。


「もしかして、アルトさんは噂の異世界からやってきた勇者様だったりして」

 

 勇者という単語に一瞬固まってしまったが、すぐに笑みを作って誤魔化す。

「そんなわけないだろ。これは単純に努力でなんとかなってるだけで、勇者なんて連中の足元にも及ばないよ」

「ふーん、まあそりゃあそうッスよね。でも、アルトさんは勇者様に負けないくらいスゴいと思うッスよ!」

 

 俺を褒めてくれるシャルの声を聞きながら俺は剥ぎ取りを進める。

 シャルの推測はあながち間違いじゃない。何故ならこの力は、俺がこの異世界に召喚された時に女神から授かった『魔力無尽蔵・魔法全適性』の力だからだ。

 

 だが、俺は勇者ではない。

 そして、その正体と目的を他人に知られるわけにはいかない。


 ◆ ◆ ◆


「おお、アルトにシャル。無事に戻ったみてえだな」

 

 街に戻り、依頼達成報告のために冒険者ギルド兼酒場に顔を出すと、ギルドマスターのオッサンが出迎えてくれた。

 オッサンとは言っても顔立ちは結構ハンサムで、ちゃんと鍛えているであろう細マッチョな身体と無精髭がマッチしていて、俺の居た元の世界ならイケオジとしてめちゃくちゃモテていただろうと思う。


「おかげさまでね。ホイこれ、討伐証明」

 俺が布袋をカウンターに置くと、マスターはそのまま袋を開いて中を確認していく。

「ん、確かに。ブレードウルフの牙4体分だな。じゃ、これで依頼達成ってことで、ちょっと待ってな」

 マスターは一瞬奥へ引っ込むと、また別の布袋を持ってきてカウンターに置いた。


「これが今回の報酬だ。すまねえな、このぐらいの依頼なんてお前さんに頼むレベルじゃねえんだが」

「いやいや買い被りすぎだよ。それにブレードウルフも一体ずつなら大したことなくても、群れに囲まれたら数倍厄介になるからね。現に、今回も危うく死にかけたのも居るし」

「ちょっ! それ誰のことッスか、アルトさん!」

 俺の横でシャルが不満げに頬を膨らませながらピョンピョン跳ねる。


「お前のことに決まってるだろ。いい加減、自分と相手の力量を測って慎重に動けるようになりな」

「うぅ~……余計なお世話ッスよ!」

「ハッハッハ。ま、そうやってシャルの面倒を見てもらってるだけでも、アルトには助かってるよ。こいつ一人だとどんなことしでかすか分からないからな」

「もーっ! マスターもひどいッスよ!」

 プンスカと怒るシャルとカラカラ笑うマスターを見ながら、俺はシャルとの出会いを思い出す。


 俺がこの辺境の冒険者街に拠点を移し、冒険者ギルドから最初の依頼を受けた時のことだった。

 今回のような魔物討伐の依頼を受けて森に入ったのだが、そこでドジを踏んで魔物に追っかけ回されていたのがシャルだった。魔物に追われた女の子を流石に見過ごすことは出来ず、助けた結果懐かれて今に至る。


 シャルは小柄な体躯と素早い動きを活かし、ナイフ格闘を主体としたアサシンのジョブだったのだが、あまりの不器用とドジさによって以前組んでいたパーティから追放され、それ以来、不向きなソロでの活動を続けていたという。

 もとより集団戦が向かないアサシンなのに、ドジ故に思わぬミスをしでかして、その度に逃げ帰って来ていたというシャル。生命力だけは人一倍強いので何度も生きて戻り、また果敢に討伐依頼やダンジョンアタックに繰り出す姿は街の人々に愛されていたようで、マスターのオッサンもいつか良いパーティメンバーに巡り会えればと思っていたとのこと。


 俺としても、この街で活動するにあたってソロを続けるよりはパーティを組んだ方がなにかと便利だし、シャルは普通にめちゃくちゃ可愛いしってことで、この関係性は気に入っていた。

 そして、この街に来て2週間ほど、俺とシャルはパーティを組んで冒険者活動を続け、俺たちはすっかり良き相棒のような関係になっていた。


 カラァーン


 俺が思い出に浸っていると、背後から扉のチャイムが鳴る音が聞こえた。そして複数の足音。

 振り向くと、いかにも冒険者パーティという風体の4人組が目の前に居た。だが、こいつらの装備を見れば、彼らが明らかに他の冒険者たちとは違うということが分かる。鎧など身を固めている物はどう見ても全員が最高級品だし、特にリーダーらしき先頭の男が腰に下げている剣は、見る人が見れば異様な魔力を発している事が分かるだろう。


「……どいてくれないかい?」

 そのリーダーっぽいイケメンの男にそう言われ、俺とシャルは速やかにその場を離れた。


「僕は聖王国から来た勇者、シロガネ・カズヤだ。最近活性化したダンジョンの攻略に来たんだが、王国から話が来ていないかい?」

「あーちょっと待ってくれよ」

「おいおいオッサン、早くしてくれよ。こちとら無駄に長旅してクタクタなんだぜぇ?」

「ホントホントォ。ねえカズヤァ、先に宿屋で休まない?」

「アタシもさんせー」

 ゴソゴソと書類を確認しているマスターに対して、後ろからやいのやいのと声を上げるチャラ男とギャル2名。俺はその様子を離れた席から渋い顔で見守っていた。


「ねえアルトさん、あの人今、勇者って名乗ってました?」

 横からシャルが小声で尋ねてくる。

「ああ、確かにそう言ってたな」

「じゃあ、あれが噂の勇者シロガネなんスね! 腰に上げてるのは本物の聖剣グランデス! うわぁ……!」

 ミーハー全開で目を輝かせているシャルを横目に、俺は件の勇者に目を戻す。彼は超が付くほどの有名人なので俺もよく知っていた。


 この街がある国の隣に位置する聖王国で、異世界から召喚された勇者、シロガネ・カズヤ。圧倒的な魔力と最強の聖剣を与えられ、一緒に召喚された友人たちとともに各地を巡り、凶悪な魔物を倒したり難関ダンジョンを攻略したり目覚ましい活躍をしている新進気鋭の勇者だ。

 境遇こそ俺に似ているが、コツコツ地道に活動している自分とは正反対で、どう見てもキラキラ陽キャといった感じの連中。できれば関わりたくない。


「おお、あったあった。北の森の奥にあるダンジョンの制圧任務だな。はるばるこの辺鄙な地まで来てもらって申し訳ないねぇ。件のダンジョン攻略はこれからすぐ行くのかい?」

「まあ僕らならすぐに攻略できるだろうけど、ご覧の通り仲間が皆長旅で疲れているものでね。一泊してからでも構わないかい?」

「ああ、ちゃんと依頼を達成してくれるなら構わないよ。宿屋にも話が行っているだろうから、良い部屋を用意してくれているはずだよ」

「当然だろう。僕たちは実績ある勇者なのだからね」

「よっしゃ! 行こうぜぇカズヤ」


 マスターの返答を聞くと、シロガネ一行はまたやいのやいの言いながら宿屋へと向かっていった。その姿を見送って、俺とシャルはまたカウンター席に戻る。

「ねえマスター。勇者様たち、明日あのダンジョンの攻略に行くんスか?」

「ああ、そうだよ。こっちとしても活性化したダンジョンをいつまでも放置するわけにもいかないからな。ヤレヤレだよ」

 そう言うマスターの口調にはどこかくたびれた様子が察せられる。ダンジョンや周辺の管理について、ギルドもいろいろと大変なのだろう。


 それにしても、いくら勇者と言ってもあんな外面だけ整えた慇懃無礼な連中でも、平然と対応できるマスターは流石だとしか言いようがない。

「アルト、言いたいことは分かるぞ」

 表情に出すぎていたのか、マスターが苦笑いしながら語りかけてきた。

「勇者に限らず、少し腕を上げてきた冒険者でも、ああいう横柄な態度になってる奴は珍しくない。自分の実力に自信がありすぎるんだな」

「私、なんかちょっとショックッス……」

 勇者に憧れを抱いたのであろうシャルがしょげているのを見てマスターが笑う。

「まあ、ああいうのはよくあることだからそう落ち込むな」


「そうそう。それに、ああいう連中にはそのうち狩人に狙われて痛い目を見るさ」

 そう言って会話に入ってきたのは、周囲で飲んでいた知り合いの冒険者だった。

「狩人?」

 聞き慣れない単語に、俺は思わず訊き返す。

「ああ、アルトは知らないのか? 勇者でも冒険者でも力の使い方を間違えたやつは、狩人っていう存在に粛清されるって話さ。増えすぎた害獣を減らすから〈狩人〉って、なかなか言い得て妙だろ?」


「その話、私も少し聞いたことあるッスけど、本当にそんなの存在するんスか?」

「さあ、どうだろうなぁ。ただ、最近あちこちで勇者に不審なことが起こってるって話も聞くから、あながち嘘じゃないかもしれないぞ」

「うへー……ちょっと怖いッスね」

「……どのみち、普通の冒険者である俺たちには関係ない話じゃないか?」

 いかにもな与太話を真面目に聞いているシャルを横目に見ながら俺は言った。

「アルトの言う通りだな。そんな眉唾な話を信じてる暇があったら、冒険者らしく小さな依頼からコツコツ片付けていけ」

「ちょっ、マスター、冒険者扱いが荒いぜオイ」

「そうッスよ!」

 シャルとモブ冒険者がやいのやいの言ってる横でドリンクを飲みながら俺は思う。

 

 なるほど、狩人か。

 確かに言い得て妙じゃないか。

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