ラストシネマ

雛形 絢尊

第1話


 読経には出席せずに雨の吸った煙草を地面にこすりつけ、ため息を吐いた。

親しい友人が亡くなった。それも突然。

人の死はある日突然訪れる、その台詞がよぎり余計に虚しくなった。

雨脚はどんどん強まる一方。

とうとう雨宿りの場所さえなくなったようだ。

肩寄あった彼奴も昼過ぎには灰になってしまう。 

今日の日だけは雨を憎んだ。

喪服の肩にぽつりぽつりと五月の雨は降り注いだ。

手向けられた花々に囲まれた笑い顔に手を合わせる。

親族の方と目が合い、やるせない思いになった。

礼をし自席に戻る。右隣りには小仏義人がいた。

彼は故人同様、昔から仲睦まじい友人である。

もともとは同じサッカーチーム。

なんせ小学校時代からの仲である。

時たまに揉めてしまい当たってしまうけれども、居場所と言うものを実感したのは間違いなく彼らのおかげであった。

 幾年過ぎて今現在。自分自身は地元の中小企業で働いている。会社の評判はまだまだ伸びしろがあるらしい。

主な業務はゴム製品の取り扱い、日々工場を巡り巡り頭を下げている。

対して小仏は市役所勤務だ。違いが垣間見えるであろう。

故人の泉清正は映画監督になる夢を捨てきれず、

高校卒業と同時に上京し、ある映画監督に弟子入りしたという。

それからのことはあまり分かっていなかったが、

夢に構えているその姿勢だけは鮮明に浮かべることができる。

ひたむきに好きな映画について話しているときの表情がフラッシュバックする。

別れの膳の目の前には恐らく同じことを思っているであろう小仏が座っている。

その他にも幼馴染の面々や泉の友人たちが周りに見える。

重たくどっとしていた空気に対し目の前の小仏が口を開いた。

「23か・・・」

 溜めに溜め込んだやっとの一言であろう。

自分は言葉すら見当たらなかった。

「あんなに明るくてしっかりした奴なんてなかなか出会えないよな」

 幼馴染の冴島が言う。自分から見て斜め右前に座る男だ。

学級委員をしたり、生徒会役員に立候補したりと真面目な人柄である。

「一生涯で一本は映画を撮るなんて言ってったっけな」

 ぼやくように小仏が言う。

たまらなくなった自分はようやく口を開ける。

「死ぬなんてありえないよな」

 頷くように斜め前の冴島が続く。

「もったいないよな、いい人間ほど早くに亡くなるなんて」

 話に入ってきたのは意外にも右隣りの相沢であった。

相沢とは幼稚園からの関わりであり、信用のある関係を今でも築いている。

「死因はまだ分かっていないのよね?」

その言葉に数人が反応を示した。一瞬の静寂が籠る。

その通りだ。死因は一切分かっていない。

唯一の手掛かりは、ないといっても過言ではない。

地元の山奥で遺体が見つかったようだ。

締め痕も襲われた形跡すらない。

未解決事件と言ってもいいほど謎に包まれた死であった。

「映画でも撮っていたのかな」

 そう言ったのは冴島だった。

話を聞くと遺体として見つかった時、ミラーレスカメラは所持していたらしい。

だとしても映画を撮影していたとは思えない。

そのカメラの録画記録を見てみたい。それに限る。

「そうならいいけども大きな事件にでも巻き込まれていないよな?」

 小仏が言う。続く冴島。

「確かに騙されやすいっちゃ騙されやすい方だよな」

「あいつはそんなことには巻き込まれない」

 個を持って言った。昔からの性格上、

流されるような人間ではない。小仏もそう思うだろう。

「私もそう思う」と相沢が言った。

「クマに襲われたりしていないよな?」

と冴島が言う。

「でもそれなら痕跡は残るじゃない?」

 と相沢は言う。確かにと頷く。

「最近、あったじゃん。この辺でおじさんがクマに襲われて亡くなった事件」

 冴島が言った。確かにあったような気がする。

 相槌を打つように小仏は、

「今日は偲んでやろうぜ。そんな話で盛り上がったところであいつは喜ばない」

 そうだなと冴島に続いてそれぞれが頷く。

「でも、一つ気になったのはあいつ、そういえば誘拐されそうになったことあるよな?」

 そう言ったのは小仏だった。続いて話に混ざる。

「しっかりしているのが裏目に出たのかもな」

「確か、淳平が大変だって言われてついて行っちゃったんだっけ」

 相沢が言う。淳平とは泉のふたつ歳が離れた弟である。

人を信用することを逆手に取られ危うく連れて行かれそうになった過去がある。

この街にはそういったことが稀にある。

地方の田舎であり閑静なこの街には『人さらい町』という噂もたてられたほどだ。

言われてみればこの街には不審者に注意の看板がやけに多い。だが、自分も小仏も体験することはなかった。

 事の始まりは二十年以上前に及ぶとされる。

数名の少年少女たちが一夜にして行方不明になった事件。

山中にある神社の近くだったので神隠しである可能性が高いとされていたが、見送られたようだ。

なんせ、子供たちは無事解放されたそうだ。

泉が遭遇した不審者も同一犯である可能性が高いらしい。

田村芳雄。仮名だが駐在所の前に貼ってあったビラを思い出した。

「犯人は捕まったんだっけ?」

 相沢が聞くと、

「そんなおっさんもう死んじまってるだろうよ」

 にやけながら小仏は零した。

その刹那に右手が当たり呑んでいたグラスの水も倒れ、零した。


 

時刻は正午をさし、花に覆われた姿を見る。

棺桶に入った彼の寝顔はたいして昔のころと変わらないような気がする。

 二泊三日のサッカー合宿の楽しみはやはり寝る前のひと時。

汗を垂らした日中よりも馬鹿話ができる夜のほうが好きだったりもする。

 その時の寝顔にそっくりだった。

収骨が終わりに差し掛かり、涙があふれだしそうになったが、耐えることにした。


式が終わり、駐車場へ向かおうと小仏と歩き出す。

やはり言葉が出てこない。重苦しい雨の日。

ビニール傘を開く。すると背後から誰かに呼びかけられた。泉の母親だった。

「森屋くん・・」

 咄嗟に後ろを振り返り、開いたばかりのビニール傘を閉じる。そのあとに小仏にも挨拶を交わしていた。

確かに挨拶は会釈程度だったので帰ろうとした自分に嫌気がさした。

「お久しぶりです」

 そう言うと少し母親は笑っていた。

その後ろには父親もいる。昔をよく思い出した。

「久しぶり。今日はどうもありがとう」

 いえいえと口を開いた後に。

「この度はご愁傷さまです」

 と口にした。

 今にでも泣き出してしまいそうな母親は、お願いがあると言った。

なんでしょうと尋ねると、カメラを渡してきた。

「清正の」

 母親が言い、えっと吐き出してしまう。

「これを持っていて欲しいの」

 一瞬頭によぎるクエスチョンマーク。

やはり遺品ならば遺族のもとにあることが一番であろう。

「貰えないですよ、お母さん」

 その通りだ。咄嗟に出た回答はそれだった。

 後ろの父親も口を開いた。

「どうか、受け取ってくれ」

 こちらが断れないほどにカメラを渡したかったのであろう。

「コボちゃんでもモリちゃんでもどうか」

 説明不要だが呼びやすいようなあだ名のことである。

それほど言われたら受け取るしかないと思いながらも謙遜する。

「本当に、いいんですか?」

 すると母親は。

「お願いします」

 と真剣な表情を浮かべる。後ろの父親も同様に。

「でも、どうして」

 と疑問符を投げかける。小仏も頷いて居た。

「あの子が大切にしていた思い出を君たちが持っておいてほしいんだ」

 と父親が言い、母親からカメラケースを受け取った。

言い忘れたかのように母親が言う。

「渡部さんの所へ行けば中身が見えるかもしれない」

 と。

「こんなことしかできないけれど、あの子を忘れないでね」 

 と告げる母親を見て、改めて涙を浮かべそうになった。雨脚はだんだんと弱くなった気がした。


  3

 

 小仏の運転で一緒に来ていたので、

どちらがカメラを持つか相談している。

「それにしてもなんでそんなに受け取ってほしかったんだろう」

 と小仏が言う。

「置いておくのが辛かったのかもな」

 と返す。

「とうとう俺らも二人になっちまったなあ」

「とうとうっていう年齢じゃねえよ」 

 早すぎた死。ふとした時に過る。

今も信号待ちの人を見てそう思った。

「冴島とは今でも仲良くなれないだろう克馬は」

 図星の質問が来てしまった。

実を言うと昔から冴島のことが気に食わない。

と言うのも特に理由はない。それからは黙っていた。

 少し車を走らせて小仏は、

「どうせならあ寄ってみるか」

 とつぶやき、左の合図を出した。

 駐車場に車を停め、小仏よりも先に車を出る。

小仏が車の鍵を閉め、歩き出す。

 着いた場所はこの街唯一の映画館『えにし座』である。

昔ながらのレトロな雰囲気漂う昭和を感じる映画館だ。

最近の映画は上映しておらず、昔の、いやだいぶ昔の映画が上映されている。

泉が足しげく通った思い出の地だ。

 入り口を抜けるとエントランスに見覚えのある男性が座りながらこちらを見ている。

七〇歳は超えているであろう白髭が目立つ男性だ。

「おお・・」 

 と男性は息を漏らす。何かに気づいたようだ。

こちらは知らないけれど。

「泉はおらぬか?」

 すぐに気づき、少し奥に行ったロビーの腰掛で少し話すことになった。煙が染みたソファーだった。

 男性はこれでもかと言うくらいに腰を掛け、話し出す。

「へえ、亡くなったと」

 男性はもちろん泉の存在を知っていた。

やはり時間の流れはものを見せてくれる。

何度かこの映画館に泉と小仏と三人で足を運んだことがあるが、その当時の男性はなかなかに厳つく、怒鳴り声を上げるイメージだった。

今では優しそうで温厚な人柄になったように思う。

「映画を撮りたいと来るたび来るたび私の所へ来ていた、

そんな思い出がありますね」

 そうですよねと二人は言い、何かを伝えようとする男性の目を見る。

目線は自分の持つ泉のカメラ。溜めていたのか、

あまりにも急に男性は口を開く。

「そのカメラは一体?」

 と同時にカメラの方を見る。

「これは、彼が生前大事にしていたカメラです」

 何故、わざわざカメラを持ってきたのかと言うと、

車の中に置きっぱなしもよくないなと思ったからである。

しかし一番はそうではない。

オーナーである男性に気づいてもらうためだ。

 幼いころから泉は、常にショルダーバックのようにカメラを首から下げて生活していた。

彼が東京に出てからはずいぶんこの映画館に足を運んでなかっただろうと思い、所持していたのだ。

男性は微笑ましく言った。

「いつものように持ち歩いていたな、懐かしい」

 自然とこちらにも笑顔が浮かぶ。

昔の男性のイメージとはかけ離れているほどに、その笑顔は優しいものだった。

すると遠くの方から男性を呼びかける声がした。

「親父」

 それに反応した男性は申し訳なさそうに手を重ね声のする方へ向かっていった。

なぜかその声の呼び主は聞き覚えのある声だった。


 4


 用を済ませ男性はこちらへ戻ってくる。

「すまないね」

 とんでもないと首を少し振り応える。

またも男性は腰を掛ける。

「どうしてか、彼を見ていると昔の自分を思い出してくるんですよ」

 男性が言う。

「田舎の映画好き少年、そんなようなものですかね。何をしているときも自分が主人公でいたい。そう思わせてくれました。実際私もそんなような少年時代を過ごしていたので」

 先ほどより笑みがこぼれる男性を見ているとこちらまで嬉しくなる。よく思い出せば確かに映画少年だったなと思う。サッカーよりも断然映画を好んでいただろう。

 試合の際も合宿の際もカメラを持ち運んでいた。

 背後に誰かいると思い、後ろを向く。

「どうぞ」

 分厚いマグカップに湯気が立つ。

それを目の前の机に置こうとする男性。

 会釈をする時、ちょうど目が合った。見覚えのある顔だ。

「随分久しぶりだな」

 そう言う男は確か中学の頃、言い争いから喧嘩に発展したほど、自分とは仲の悪い渡部がいた。

何が原因かは忘れてしまったが。

えにし座の息子であることもたった今知った。

 小仏も反応し、「おお、久しぶり」と声を漏らす。

「初めて知ったわ、えにし座の息子だったのか」

 と自分が言い、そうだと頷く。

「中学の頃、仲悪かったから関わらなかったよな、そんなに」

 と渡部が言う。

「そう言えば、お前いきなり殴ってきただろ」

 と思い出すように言った。あははと笑う渡部。

「殴らせろ」とは言った。

「何が原因だったんかな」

 と小仏に続いて渡部もそうだなと言う。

「出す顔もなかったから、葬式にも行けなかったんだ」

 ひとつ疑問が浮かび上がる。

どうして小仏は渡部の居場所を分かっていたのかを。

まあいいやと深く腰を掛ける。

 少しの沈黙を破り、

「清正、もったいないよな、まったく」

 と小仏の前にマグカップを置いたあたりで渡部が言う。

「俺、内心、彼奴が羨ましかったんだよ。夢にひたむきな姿勢やら。すげえよな」

 自分自身もそう思う瞬間が幾度とあった。

 夢なんてない自分からすると

そのまっすぐな目が羨ましかった。

「あの時はひどいこと言ったりしてごめんな」 

 と突然、渡部が謝りこちらも謝る。

 ふいになんだか笑えてきてその頃が報われた様な気がした。

「そのカメラ、どうしたの」

 と渡部が尋ね、持ち上げるしぐさをする。

「あいつの、なんだよな」

 貸してみ、と渡部にカメラを手渡す。

「この形良いじゃんか」

 とカメラを見回す。父親もうなずいている。

「中身は・・?」

と訊いてきたので、確認していないといった。

中身を確認したいようで少しの間、渡部にカメラを渡した。

 息子を目で追いかけた父親はふと零した。

「仲直りしたみたいだな、良かった」

 そうですねと言い、軽くうなずく。

「この映画館もそろそろ締めようかと思って」

 突然重たい口を開いた父親は悲しそうにこちらを見た。

一気に衝撃が走る。

「もう三、四十年もこの場所を守ってきた。あたりは老朽化も進み、人も少なくなってきた。一週間で三十人入ればいいものだ。息子にも継がせるわけにはね、こんな状況で」

 口を開いたのは小仏の方だった。

「そんなの随分寂しいことですよ」

「清正君も亡くなった、それと同時に閉館してもいいと私は思っているんだ」

「清正が悲しみますよ」

 とつぶやいてしまった。

「今の時代、こんな映画館は在ってもなくても変わらないよ何も」

 どんどん自分を責め立てるように言う。

 奥の方から渡部がこちらに来るように催促をする。

小仏と自分はソファーから立ち上がりそちらへ向かう。

後ろの父親の方を振り返ると、行けと言っているように首を動かした。

「壊れているかと思ったけど、ちゃんと残ってたよ。一番最初の映像、今から十一年前だって」

 と前を歩く渡部が言う。向かった場所はやけに開けた大劇場。

「俺は裏で回しておくから見て行ってよ」

なかなかにいいやつだと確信した。

もっと早くに気づいていればよかった。

まだ明るめな照明に目の前の大きなスクリーン。

確か三人で見に行ったあの日と同じだろう真ん中の真ん中の席に並んで腰を掛ける。

「あいつの生涯が詰まっていたよしっかり」

 と渡部が少し手を振る。そうして立ち去って行った。

「あんなにいい奴だったんだな」

 と小仏が言い、な、と答える。

「ひょっとして知っていたのか?渡部がいいやつだったと」

と尋ねると少し誤魔化したようにうんと言う。

「あの時の喧嘩も確か清正にかかわる喧嘩だったような気がするわ」

「なんだかんだあいつがトラブルメーカーだったりするかもな」

「そうだな」 

 と言い、くしゃっと二人は笑う。突然場内アナウンスが流れだした。

『泉清正、享年二三歳。実を言うと彼とは大きな約束をしていた。どちらが先に傑作と呼ばれる映画を作るか。その夢は叶うことはなかった俺も映画を撮る夢なんぞ諦めてしまった。だからこそ羨ましかった。夢を追う姿が』 

 そんな話、一切と言ってもいいほど知らなかった。

『二人だけの内緒だったからな、多分二人とも知らなかっただろう。あいつの人生に刻むことができてよかった。これでようやく完成する』

 少し違和感を覚えたが、そんなには気にならなかった。

『では上映いたします。泉清正の人生』

 徐々にあたりが薄暗くなり完全に暗闇に包まれた。

スクリーンが少しずつ焦点を合わせる。映画が始まる。


 5


 最初に映し出されたのは一二歳、

小学六年生の泉がサッカーユニフォームを着て、映ってる?などと言いながらこちらにカメラを向けるシーンから始まる。

「何撮ってるんだよ」

 と小仏が止めようとする。

「俺はカメラを止めません!」

 などと貶し、小仏がそれを追いかける。

さながら鼠を追いかける猫のよう。

ちらっと映る過去の自分。何してるんだこいつらと下に見ているようで笑った。と同時に隣からも笑い声がした。

目が合って笑った。

 とうとうつかみ合いの喧嘩になり、

カメラが地面にごとっと落ちる。画面がさかさまになる。

うわ!お前!!などと声だけが画面に映る。


 画面が移り変わる。

腕を伸ばして自撮りをしながら歩く泉。

「ええ、今からこの場所で二人を探したいと思います。カメラの修理をしていたら置いてかれてしまいました。草が覆い茂っていて歩きにくいです」

 と雑草が茂る道なき道を歩く。

「もうそろそろですかね、声も聞こえてきました」

 そろそろ追いつけるらしい。

昔を惜しみながらスクリーンを見つめる。

カメラを外側に向けると自然にできた自分と小仏が喧嘩している様子が映される。

カメラがぶれて見えにくいけれども。

「だから言ったって」

 などとまたしても何が原因かわからない喧嘩を巻き起こしている。「何のことだっけ」と隣にいる小仏が尋ねてきた。

「さあな」と答える。

 仲裁するために割り込む泉。「まあまあ」と。

「絶交だ!」

 と言ったのは自分の方だった。

「現場からは以上です」

と残し、カメラが止まる。

 あまりにも内容のないその映像は不思議と見入ってしまうのだ。懐かしい。

 まだ続きを撮っていたらしく、笑顔の小仏は、

「俺の映画を作ってくれよ」

 と言った直後、自分も撮ってくれと言っていた。

数秒で仲直りは実行される。


続いての場面は今この場所、えにし座であった。

先ほど渡部と父親と話を交わしたその場所で泉の向かいに座るのは当時の渡部だった。

 学校生活でも日常生活でも一緒にいるところを見たことがない。こんなところで密会していたなんて。

「そうだよなー、やっぱりあの撮りはたまらないよね」

「あれはすべてが傑作、本当に!」

 などと、映画関連の話をしている。常人には伝わらない。

「最新作見た?」

 と泉が尋ねると

「見た見た!」

 と答える。

「全然面白くなかったな」

「な」

 最新作は駄作のようだ。

 

「俺はいつかでっかいカメラを抱えて名作を作るんだ」

 と言ったのは泉の方だった。

「俺も撮ってやるさ、アカデミー賞狙うぜ」

 と負けじと言い出す。

「どっちが先か競争だ」

 その会話を聞いていた若かりし父親は、

「俺が認めた方だけそこのスクリーンで流してやるよ」

 同時に父親を見る。俺は厳しいぞと言う。

 暗い劇場の後ろの方が気になり目をやると

渡部の父親も立ったまま腕を組み鑑賞している。

 映像は今でも意地を張り合うふたり。

「絶対譲らないからな」

「俺のほうが面白いからな!」

  

 場面は変わり、緊迫した表情を浮かべる

泉の表情から始まる。

当たりを見回してからごくりと唾をのみ、

「今、誘拐犯が現れました」


  7


 そう告げてからの始まりだった。

自分も小仏も先ほどより真剣にスクリーンを見る。

 おそらく秋であろう葉の色に閑散とした山の中が映る。

「あ、来ました」

 とカメラの先には帽子を深くかぶった五、六十代の男性がこちらに向かって寄ってくる。

「来るな!」

 と言っても足を止めずにやってくる。

すかさずに逃げ出す泉。

田村芳雄?なのかこの男性はと頭に浮かぶ。

「ちょっと待ってくれや」

 と言う男性、必死な息遣いで逃げる。

「お腹、すいてないか?」

 以外にも誘拐犯はいい人だった。

 

 男性はにっこり笑みを浮かべ、こちらへ近づいてくる。

「良かったらご飯食べていかないかい?」

「知らない人について行っちゃだめだと言われました」

「そうだよね、おじさん知らない人だよね」

「はい」

 などと交わしたうえ男性は言った。

「もしよかったらあの家見えるかな?

あそこでご飯を作っているんだ、後でおいで」

 と言い残し、山の上の方に向かって歩き出した。

背後にはリュックサックを背負って。

 男性が聞こえるか聞こえないかくらいの距離で泉は言った。

「山奥で誘拐事件があったことを知って確かめに来ました、そしたら犯人と鉢合わせしてしまいました。僕は無事です。この山奥でどれほどの人が犠牲になったのでしょうか。僕は招待されています。あの屋敷に。(咳払いをして)僕は確かめに行きます。何かがあったらこの映像を見てください」

 と明らかにおびえた表情で言う。

ザッ、ザッと足元が鳴り、男の後を追う。

「これはすごい映像になりそうだ」 

 そう言いながら勇敢に立ち向かう姿は少し格好良かった。 

 その途端、獣が荒く叫ぶ声がしてギョッとした。

苦しそうな声だった。

「これはやばいやつだ」

 と腰を抜かしそうになった。

 恐る恐るその声のした方向へ向かう。

一体何があったのか。

 どうやら下の方から鳴き声がする。

そこには一頭のイノシシが罠にかかっていた。

生まれて初めての野生のイノシシは

何とも凶暴で可哀想だった。

カメラがズームでイノシシの暴れる姿を映す。

足にしっかりと固定されたワイヤーで身動きが取れない。

「イノシシが罠にかかっています」

 そう言った後に背後から声が聞こえた。

「せっかくだし見て行くか?」

と先ほどの男性が保定具を持って歩いてきた。

さながら地球防衛軍。そんなようなものだった。


 え?とつぶやき唖然としている。

 急な斜面を降りていく男性、

それを追いながらカメラを映す。

 そっとにらみつけるイノシシと息を合わせ、

保定具をイノシシの鼻のあたりに構えて息を整える。

イノシシは今にでも突進してきそうだ。

「おじさん気を付けてよ」

 と声をかける。

「少し黙ってな」

 と返ってくる。

一瞬、目を閉じたその途端に保定具を突き出す。

すると上あごから鼻にかけワイヤーがキュッとかかった。

完全に固定され、暴れ狂うイノシシ。

すげえと息を漏らし、感心する。

地面に垂らした長い長いロープを

しっかりつかんで引っ張る。

息苦しそうなワイヤーの音が響く。

イノシシは後ろ方向へ逃げようとする。

そばにあった頑丈な木にロープを縛り付けて固定する。

男性は息を漏らし、踏んばる。

「こうして、命をいただいているんだよ」

 と男性は言う。

「おじさん凄いね」

「こうやっていただいた命を、

君たちのような子供たちに知ってもらいたい、

そうやって日々過ごしているんだ」

グッともう片方のワイヤーを引っ張り、ちょうど反対にある木に括り付け結ぶ。

恐らく四十五度、イノシシを支点。

「あんた誘拐犯じゃなかったのかよ」

 そういうと笑いながら言う。

「そんな呼び方をされていたのか」

 荒い息を整えながら笑う。

イノシシは最後の力を振り絞っている。

カメラを持つ手はかすかに震えている。

双方にピンと張ったワイヤー。

男性は弱ったイノシシにまたがり、ロープできつく結ぶ。

 言葉を失ったのはこの時からだった。

 ガムテープで目をふさぐ。

ぎりぎりとガムテープの音がする。前両脚を結ぶ。

ぎゅっと締め付けて。

完全に弱ってきたイノシシはされるがままだった。

続いて後ろ脚も両脚同じようにきつく締める。

動けないままのイノシシはハアハアと鼻で呼吸をしている。

 最後に前脚と後ろ脚を結びつける。

 力を使い果たしたのは男性の方も同じだった。

深い息をつき、下の方を向く。

「いただきます。ありがとうございます」

 と見えない誰かにお礼を言っていた。

恐らく、山の神様にであろう。

 縛った両脚を片手で持ち、

これを持ってくれないかと保定具を指す。

片手で保定具を持った。

 ずっと黙っていた。その時男性が言った。

「この辺はクマも出るからな、出会ったときはあおむけに死んだふりをするんだ。


実際、それで助かった人間がここにいるからな」

 はあと言い、気になった質問を投げかける。

「おじさん、田村芳雄?」

「秋山賢三」


 8


 カメラが映り変わる。どうやら家の中だ。

頑丈な木で作られた壁、その前には雑貨や日用品が並んでいる。

どこかに固定しているのか、全然ぶれていない。

食卓にはすでにお椀によそった白米から湯気が立つ。

カメラ目線になり、泉は口を開く。

「貴重なものを見ました。自分たちが食べている動物の最期を。少しきつかったけれど、今まで以上に感謝を込めていただくことにしました」

 料理ができたらしく男性の声がする。

「はいよ、とれたて野菜と新鮮な命、美味しくいただきな」

 と湯気が上がる鍋を持ち手を布巾で持ちながら目の前に置く。

香ばしい匂いに美味そうとこぼす。

 続いて取り皿を持ってきて、食べろと言う。

いつもより入念に手を合わせ、いただきますと言う。

鍋から取り皿へよそり、湯気が立つ猪肉を頬張る。

生まれて初めて見た命の駆け引きは、何とも言い難い、食物のリアルを物語っていた。

「おいしいか」

 と秋山は言う。おいしいと答える。

そっと笑みを浮かべ、自分の分もよそう。

カメラには映ってないが。

すると突然、秋山はあることを言い出した。

「四つ離れた妻が二十年以上前に亡くなってね、良く褒めていてくれたんだよ、すごいねって」

 箸が止まりそうになる。

「そんで、まあうちの子供たちにも先ほどのようなものを見せていた。だがね、妻は癌で先立たれるし、息子は行方不明。娘はクマに襲われ亡くなった」

 あまりの衝撃に箸をお椀の上に置く。先ほど見まわした雑貨の中にだいぶ昔であろう一枚の家族写真。

四人の家族が笑っていた。

「そうして、あまりの悲しさに暮れていた。そんなある日、男の子二人と女の子三人かな、猟から帰る途中、ハイキングでもしていたんだろう。時刻も四時半とかでこの山を歩いていた。それを見ていた時、遠くの方で中型くらいのクマが歩いていたのを見た。気づかれたらあの子供たちみんな死んでしまうと思い、こっそりと子供たちの方へ向かった。びっくりさせてしまうと気づかれてしまうと思い、猟で使う道具もその時かかったイノシシもその場に置いたんだ。上手くいくとは思わなかった。最初は道を教えてほしいなどと言って、背後にクマがいるなんて言えなかった。まあ最終的にはクマがいると言ったのだけども。冬に差し掛かった時期で夕が早くに訪れた。無事に子供たちをこの家に匿うことができた。

 それから今日捕まえた猪を置いてきたことに気づき、子供たちを留守番させ、山に戻った。その日の夕食も無かったからな。徐々に暗くなっていくので大きな音を立てながら、老いた場所に向かった。すると獣のにおいがすぐそばに感じた。後ろを振り返るともうすでに後ろをとらえられていた。そのまま息を殺し、仰向けに倒れた。家族を思った。娘の復讐、だとしてもこんな大きなものには勝てない。ゴオッと聞こえる鼻息、そのまま息をひそめた。それから数分間、目を閉じていた。

するとクマはいなくなっていた。偶然すぐ近くに捕ったイノシシが残っており、それを抱え急いで帰宅し、子供たちにごちそうした。血抜きが遅かった分、鮮度は落ちてしまったけれども。君のように彼らはしっかりと私の血抜きをまっすぐな目で見ていた。その日はうちに泊まらせて次の日には山の下まで見送った。これは誰にも言わないで、ここだけの内緒と告げてな」

「どうして?」

 と訊くと

「偶然巻き起こったことをしっかり自分のものにしてもらいたかったから」

 と答えた。

「おかげで誘拐犯か」

 と秋山は笑顔を浮かべた。

 それを見ていた森屋克馬はあることを思い出した。

いつだったか忘れたけれど昔おじさんに猪肉をご馳走してもらったと母親が言っていたことを。

 とにかく美味しかったらしい。


 そうして秋山といろいろな話をして一夜を過ごしたそう。カメラは山のふもとの公園に映り変わっていた。

秋山もカメラに映り、またも自撮りをしている様子だ。

「おじさんありがとう」

と告げる泉。おうと答える。

「ここで過ごしたことは何か適当に嘘でもついといて」

と秋山は言う。

あまり嘘をつかない泉がついた嘘が発覚した。

それも誘拐されそうになったと言ってしまっているけども。

「最後に質問していい?」と泉は言う。

「どうして怖い思いをしてまであの家で暮らすの?」

 と。すると秋山は、

「家族の帰る場所だからだよ」

 と言った。


 9


 式場での冴島の言葉を思い出した。

画面は映り変わったが、クマに襲われたおじさんの話。

 急いでポケットにあったスマートフォンを開く、光がまぶしかったのか隣の小仏もそれを見る。検索の場所に触れ、『クマ 殺傷事件』と検索する。一番上の方に出てきたのは最近の事件、これだと確信したのは今いるこの街だったことだ。記事をタップし、出て来るまで待つ。スマートフォンを持つ手が汗で湿る。出てきた記事を読むと、

『田舎町の山に現れた熊、男性を襲い男性死亡』と。

 細かい記事を読むとこう書かれていた。

『一九日未明、山奥に住む男性 秋山賢三さん(68歳)が遺体で発見されました。遺体は損傷が激しく、身元を特定するのが難しかったと現地の警察は語る。男性の娘は数十年前にクマに襲われて死亡、生憎にも家族ふたり目の犠牲者であった。クマの全長は二メートル四十センチにも及ぶ』

 その記事を読んだ瞬間、小仏と目を合わせた。映像内でのあの笑顔が過り胸が痛んだ。

 静かにスマートフォンの電源を切る。

 

 スクリーンには隣にいる小仏が映る。

珍しく泉は映っていない。

「で、どうなった?」

 と泉が問うと、「また殴られた」と言う。

 泉は小仏の右腹にある痣に気づいた唯一の友人であった。家庭での虐待について知っていた。

森屋はその事実を初めて知る。驚き、隣にいる小仏に聞く、あまり知ってほしくなさそうな顔で内緒にしたかったという。ホッと肩をなでおろされ画面を見る。

「作戦、もう一回確認しよう」と泉の声がする。

うんと頷く。

「父親からとりあえず逃げ回って、そうしてえにし座に逃げ込む。いいね。」

「うん、渡部には言った?」

「言っといた、それでお父さんも出てくれるらしい。駐在さんを連れてきとくって」

「本当に言ってんの?」

 後ろを見ると渡部の父親が笑っていた。

「そう、それから克馬にも言っといた!」

「なんて?」

「えにし座の前まで誘き出すんだよ父親を。そしたら渡部の父親と駐在さんの待つえにし座の中へ入るんだ。それを追う父親も入ってくるはず。その重い入り口の扉が開いた瞬間克馬がシュート」

「シュート?」

「シュート」

「上手くいく?」

「やってみないとわかんないだって」

 そうしてカメラは小仏の住むアパートの二階を映す。

父親を誘き出しているあいだ、今から実行と渡部にメッセージを送った。

「おら待ててめえ」

 と罵声が聞こえた方を映す。

必死に逃げる小仏、それを本気で追う父親。

それをまた追う泉。ハアハアと息が漏れる。

 カメラがはブレブレのまま角を曲がりフェイントをかける小仏、それをめげずに追う父親もすごい。

いよいよ目前に迫るえにし座。

 全力疾走でえにし座に向かって走り出す。

入り口の大きな扉の手すりを握りしめ、重たい扉を引く。

空気がボワッと音を立てる。 

 転がり込むように小仏が中に入ってくる。

地面に転げ床にうつぶせになる。

その途端、勢いをつけ森屋が助走をつける。

待てと言った渡部の声もむなしくボールを蹴り上げる。

 全速力で父親を追う。

重たい扉をグッと引いた途端、顔面に命中。

見事後ろ向きに倒れた。

怯えた様子の小仏が映り、中では駐在さんが駆け寄り、渡部の父親は一服をしていて、このことを気づかれないように一発森屋をぶん殴った。

 駐在さんが必死に押さえつけ手錠をかける。

「もうこれで大丈夫だからな。近所の人から聞いていたよ小仏くん」

 そう言い残し駐在さんは気絶した父親を背負い裏に停めたパトカーへ向かった。

「ありがとう」と小仏は口にした。

 そこで映像は途絶える。


 また違う場面が映る。今度は大人になった泉の姿が映る。


 10


 ええ、里帰りです。と言いカメラ目線になる。

背景は山の中。自撮り。まだ撮れるじゃんとつぶやいた後、

「久しぶりに会いに来ました。義人と克馬、連絡つかないからどうしてんだろう」

 二人とも思い出した。確かに来ていた。

「とりあえず、秋山さんに会いに行ってきます」 

 と言い、歩みを始める。やっぱり地元はいいなあと言っている。ザッと音がしてあたりを見回す。やはり何かの気配を感じる。

 ハッと声を出しカメラが地面に落ちた。

カメラが転げ落ち、上手いことカメラはこちらを向いている。

死んだふりだ。息をひそめている。

すると目の前をのっそのっそと歩く中型くらいのクマが匂いをかぎ分けながら歩いている。人生と言うのはやはりタイミングなのか、偶然ポケットにあるスマートフォンが鳴る。静かにポケットに手を近づけ電源を切ろうとする。しかし上手くいかない。やっと止めることができた。気づけばクマの姿はなかった。生憎にも帰郷を知らせる連絡が届いた森屋からの着信だった。その日の夜言っていたクマにあったという話は嘘でなかった。電話越しだけれども。

 立ち上がりカメラの方へ向かってくる。死ぬかと思ったと呟く。

 と画面が暗くなっていく。

「なんか笑えるな」

 そう言うと小仏も笑いながら泣いた。声は確かに震えていた。

「やっぱ辛いよ」

「俺もつらいわ」

「苦しいな」 

「まああいつのことだしな、上手くやっていると思うよ」

 と残して。


そのカメラは徐々に二人から離れていく。

 

 11


 静かにそっと会場に明かりが点く。

「親父、あいつが作った映画を最後に流すなんてな」

 映写機を回し終えた白髪の男性はつぶやく。

 御年七十六歳になった渡部が部屋にこもった湿気で垂れた汗をタオルで拭う。

満員御礼の客席には人々が溢れかえり、立ち見客もいるほどだった。大拍手の喝采の渦が会場を沸かせる。

客席内の真ん中最前列には深く座り込み手を前に組む白い髭が威厳と目立つ男性がスクリーンを見ていた。

すると場内アナウンスが流れる。

『いかがでしたか、泉清正監督最後の作品「ジュブナイル」』、

 聞き覚えのあるその声は張りのある年老いた相沢の声だった。

『ここ、えにし座はこの作品をもって閉館致します。最後に四代目館長渡部慎一郎から挨拶です。』

 と会場後ろの扉から渡部が急ぎ足で登場する。

会場には歓喜に溢れた声が籠る。

階段を降りスクリーンの真ん中に立つ。

白い髭の男性とも目が合う。

あ、あ、とマイクチェックをし渡部は声を出す。

「ええ、皆様こんにちは。紹介にありました渡部慎一郎です。四代と続いたこの劇場もとうとう幕を下ろす時がやってきました」

 会場では寂しい、まだ続けてくれとの声が四方八方に飛び交う。

「そう言ってくれてありがたいです」

 とまあまあと歓声を抑えるように片手にマイクを持ったまま、両手を二回ほど振り下ろした。

「まあ僕の話は聞いても意味ないでしょ?」

 となぜか突然話したがるのを止める渡部。

なんで?と聞きたいなどとその声はさまざま。

「ね、キヨちゃん」

 と前方にいる先ほどの男性に声をかける。

少しうれしそうな笑みを浮かべながらも首を振る。

「世界的な監督の話聞きたいでしょ?世界の清正」

 とあおるように話す。そう、この男は泉清正である。

泉は今までに50本以上の作品を作り、幾度と賞を獲っていた。代表作は『幾星霜』『名残』。命の有難さを伝える『食生』という作品も作った、立派な映画監督になっていた。

あと『クマ!クマ!クマ!』

 はいほらよと座っていた泉にマイクを渡す。

少し嫌がりながらもマイクを受け取り立ち上がった。

「皆様どうも、わたくし最期の作品。この映画を見に来てくださりありがとうございます。泉清正です。幼いころの私が撮った映像です。何度か自分も酔ってしまいましたけれども」会場に笑いが起きる。少し泉も笑う。

「ドキュメンタリー映画みたいだったでしょう。人生もあと残り少ないし、映画も撮れなくなるかもしれない、そう思い、物置にあった自分で最初に買ったカメラを軸にこれを作ろうと思いました」

 泉は重度の末期がんを患っており、立つことさえも難しいと言われていたが、多少のふらつきはあるもののしっかりとした佇まいをしていた。

 マイクをもう一度持ち直し客席を見る。

「この映画に出てきた小仏と森屋、は実在しました」

 と途切れ途切れになる。観客は真剣な表情で泉を見る。

「二十三歳の時に交通事故で二人とも。車ごと崖に」

 会場が一気にムードを変える。

「幼いころからの仲間内、どうして自分だけが生き残ったのか、悔しくて悔しくて。秋山さんの訃報もこの目で確認しました」

 涙を浮かべる者も。力を振り絞る。

「もし、もしふたりではなく自分が死んでいた世界線があったらと、供養の意を込めて作りました。彼らの口癖であった俺の映画を作ってくれよと」

 咳き込む泉、大丈夫かと止めようとする渡部、それを手で払う。振り絞った声で、

「何気ない日常こそワンシーンに刻まれる」

 と言い残しその場で倒れこんだ。

会場は慌てる声で包まれたがすぐに止んだらしい。

 その時、渡部は今度こそ森屋に殴り返されるだろうなと思った。

 病院に運ばれたがもう遅かった。その場で泉清正は人生の幕を下ろした。担当医師の名札には冴島と書かれていた。

 

最近の話でいうと、この近くの山で二メートル四十センチのクマがおじさんに猟銃で撃たれて死んだらしい。そのおじさんは海外から越してきて、というか、山の屋敷に住んでるらしい?まあそのおじさんが一人でやっつけたんだって。すごいよね。

 とメッセージを送信した少年。きちっとした正装でスマートフォンらしきものを持っている。通知が来たらしくまた文章を打っている。

 引っ越しとサッカーと大忙しだよ、今からおじいちゃんのお葬式だし と。 

 その日は皮肉にも雨予報だった。この街の誰かが偏頭痛を訴えていた。





























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ラストシネマ 雛形 絢尊 @kensonhina

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