第13話 奈落 ロク

 目が覚めて、最初に気づいたことは、ということ。


 同時に、覚醒してきた脳内が、『それはおかしい』と訴えてきた。


 気絶する前は、右腕欠損、左足骨折、右肩・右足の刺創、全身の火傷で、むしろ痛みがない箇所を探すのが難しいくらいだった。


 なのに、覚醒した今は、どこも痛くない。


 痛覚でも死んでしまったのかと、オレは起き上がり、傷を確認する。すると、驚くことに、体に傷は一つも残っていなかった。


 火傷・刺創どころか、骨折すらなんの違和感もなく治癒していた。


 右腕だけはなくなったままだったが、気絶する前に比べると、感動するくらい身体が、意識がスッキリしていることにオレは嬉しさを覚えていた。


 不意に、左腕に視線が移った。


「なんだこれ………」


 そこには、手の甲から首筋にかけて、棘のツルのような模様が絡みついていたのだ。もちろん、オレは入れ墨など入れたことはない。


 こんなタトゥーが入った理由を探そうとしたところで、が目に入る。


「………これが原因かな」


 オレは、一口だけかじって、地面に落ちている果実―――真っ黒な林檎のような食べ物を拾った。


「うわっ………オレ、よくこれ食えたな………」


 黒いといっても、その黒さは、元の世界にある『黒カビ』を連想させる黒さだった。―――つまり、オレは、黒カビまみれに見える林檎を口にしたことになる。


 不意に、腹の虫が音を奏でる。


 不躾にも、この食べ物かも怪しいモノを食えと命令していた。


「………………………」


 しかし、オレは躊躇っていた。


 理性ではわかっている。一口食って平気だったんだ。なら、食い物も何もない現状、この林檎にお腹を満たしてもらう以外に選択肢はない。


 それでも、さすがに見た目が凶悪過ぎる。オレは黒カビまみれの食い物なんか食ったことはない。


「………………ええい!!!」


 長い葛藤を得て、オレは林檎を口にし、そして、震えた。


「普通の林檎だ………!!」


 あっという間に林檎を食い尽くし、近くの漆黒の木に視線を移す。―――まだ林檎がなっていることに気が付いたオレは、木に登ろうとして―――


「!?」


 跳躍で、木の中腹まで飛び乗ることができてしまい、体勢を崩して落下しそうになる。


「うあっ………とと………あぶな………」


 まるで、身体機能がそのまま強化されたような変化。オレはしっかり木にしがみつきながら、この違和感を探る。


「………っていうかコレ」


 そして、思い至ったのが、『身体能力補正』。能力ギフトの一つで、剣崎やタイガ、加藤が持っていた能力だ。


「この林檎………」


 オレは、近くの林檎をもぎ取り、ジッとそれを見つめる。


 食べると、能力ギフトを得ることのできる果実。オレは、そこで、さらにある事実に気が付いた。


「そういえば、魔力が完全に回復している………?」


 主に魔力の回復方法は二つ。一つは睡眠(厳密には自然回復だが、睡眠を取ることによって回復速度を上げることができる)。もう一つは薬での回復。原則、この二つ以外に魔力を回復するすべはない。


 先刻の戦いで、魔力を枯渇寸前まで使い切ったオレは、絶対に短時間で魔力を全回復することなどできない。魔獣に襲われていないことを考えれば、そんなに長い間寝てもいないはずだ。なのに、魔力は完璧に満たされていた。


「………」


 疑問に感じたオレは、静かに目を閉じ、体内の魔力を感じてみる。その瞬間、気が付いた。


「魔力が増えている………?」


 不自然なほど魔力の量が増えていたのだ。今なら、何発火球レーザーを何発撃っても、魔力切れなど起こさないだろう。


「ハッ………なんて便利な食い物だよ………」


 オレは口元を歪めながら、黒林檎に噛り付いた。



 ※ ※ ※



「食ったな」


 気づけば、周囲には、リンゴの芯が溢れていた。


「最後の一個………後で食おう」


 オレは残りの黒林檎をポケットに入れ、そして、剣を肩に担いで歩き出した。


 黒林檎が授ける能力はまとめると三つだった。


 一つは身体能力の向上


 一つは魔力量の増強


 一つは魔法の威力補正。


 能力ギフトとしていうならば、『身体能力補正』『魔力増強』『魔威力補正』の三つをまとめて手に入れたことになる。


 さらに、ケガの全治癒ときた。


 左腕の入れ墨が気なるが、それだけに目をつぶれば、貴重すぎる林檎だった。


 ちなみに、威力の補正は、林檎を食べてる最中に襲ってきた骨―――スケルトンを消し炭にした際に気が付いた。


 随分と余裕が出てきたところで、オレは、谷底の端まで来たらしい。


「嘘だろ………行き止まり………」


 右手の壁は、目の前で湾曲し、左の壁に繋がっている。つまり、これ以上進む道がないことを意味していた。


「ここまできてッ………」


 悔しさで、歯を食いしばる。―――これは盛大な時間ロスだ。


 今も、刻一刻とアサヒ達の状況が変わっているというのに………


「いや、まだだ………今のオレなら、来た道をすぐに引き返せる………」


 身体能力の補正で、駆け抜ければすぐに反対側に行けることを思いつき、すぐに走り出そうとするが―――


 刹那、真横から飛んできた爆炎に吹き飛ばされ、真横の壁に激突した。


「チッ………急いでるってのに………」


 補正で防御力が上がっているオレには、今の攻撃はどうということはない。


 無言で、火球フレイムを生成。オレを吹っ飛ばした張本人―――スケルトンの魔法使いへ過剰火力をぶつけて、火葬してやる。


 「………」


 無言で立ち上がり、再び一歩を踏み出した時、オレは気が付いた。


 オレが盛大に突っ込んだ壁は、瓦礫の山で、今の衝撃でその山が吹き飛ばされたことを。


「ここ………なんだ………?」


 瓦礫の奥には、薄暗い道があった。


 『坑道』とでも言えばいいのか………オレはそんな坑道の奥に、上部へ続く階段を見つける。


「明らかに人工の道だけど………地上に出れるか………?」


 確証なんかない。

 

 ―――でも、ここで上に出ることができるなら、それが最短経路だ。


 オレはその可能性に賭けて、歩を進める。


 薄暗いその道を。

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Odd Abyss Revengers 珠積 シオ @ChishimaSio

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