4話
目を覚ますとビール坂の麓にある交差点に立っていた。
少しフラフラするが酔っ払ってはいない。
なぜここにいるのかを思い出す。
そうだ、今日は人事部の同僚と飲んでいた。
なんでも俺が部下にパワハラをしてるとかの垂れ込みが人事部にあったらしく、こっそりと教えてくれたのだ。
ありがたい話だとは思うが、そもそもパワハラだなんてとんでもない。
飲み会を割り勘で強制するだとか、人間性を否定するような事を部下に言ったなど出鱈目もいいところだ。
部下たちには立派な社会人になってもらうべく飲みニケーションの場を提供しているし、俺が若い頃は言葉だけでなくよく上司に殴られていたものだ。
あれがパワハラなら俺が若い頃なんて傷害罪のオンパレードだ。
話を一通り聞いた後、同僚はすぐに帰ってしまった。
家で妻子が待ってるとか何とか。
男同士の酒の場すら大事に出ないなんてな。
気分を害した俺は恵比寿のガールズバーで飲み直し、BARで女の子でもひっかけようと思いガーデンプレイスの方に向かう途中だった。
そこから先の記憶は曖昧だが、きっと酔っていたのだろう。
夏の終わり特有の生暖かい風が首筋を撫でる。
俺は無意識に首筋をさわった。
特に怪我をしたつもりはないのだが、何か違和感を感じる。
まぁいいかと思いお目当てのBARに向かおうとしたらスマホに着信があった。
画面のお知らせには、TikTokのアイコンが表示されている。
確認すると、最近メッセージをやりとりしていた女の子からの返信だった。
ディナーに誘うDMを送っていたのだが、1日返事が無いから忘れていた。
どうやらディナーはOKらしい。
安堵し、早速返信の文章を考える。
即レスは信頼関係の基本だ。
『ヤッホ〜!!!!
おつかれさま^_^
毎日暑くて体調壊してないかな、ダイジョウブ???(汗)
返事がないから、元気かなって心配になっちゃった( T_T)\(^-^ )
ディナーは、恵比寿のおしゃれなお店を予約するから、期待しててネ!!!
ディナーだけって書いてあったけど、そのあと、何時まで時間あるカナ?(笑)
ちょっと、お散歩して、ゆっくりお酒でもDo?(^3^)』
1週間後。
夕方、俺は女の子とディナーへ行くため恵比寿駅西口のブルーボトル前で待ち合わせをしていた。
待ち合わせまでまだ時間がある。
俺は公衆トイレで身だしなみの最終チェックをする事にした。
姿見に映る自分を見る。
あえて冬には着ないモンクレール。大勢と被るダウンは避けてTシャツで差をつける。
ボトムは見分けがつきにくいので妥協し、ユニクロのデニムで。
今日の為に降ろしたニューバランスの新しいスニーカー、もちろん色はグレー。
アップにした短髪の乱れはない。
髭も揃っている。
清潔感は完璧だ。
待ち合わせ場所の恵比寿駅西口にあるブルーボトル前に戻ったら、女の子が既に待っていた。
遅刻なし。
若いのに感心だ。
女の子はすらっとした細身に、体のラインがくっきり出る黒いニットのワンピースとヒール。
肩からかけている白いバッグはメゾンマルジェラ。
俺は流行りに詳しいからメゾンマルジェラはわかる。
この後、恵比寿にあるメゾンマルジェラの大型店に行くのもいいかもしれない。
そこでカバンから大きな紙の本が数冊はみ出しているのに気づく。
「お待たせしましたぁ。ディナー楽しみですねぇ」
女の子が声をかけてきたところで違和感に気づく。
今日初めて会うはずなのだが、甘ったるい喋り方に覚えがある。
「それとぉ……」
女の子がバッグから本を取り出す。
取り出した時、数冊の紙が地面に落ちた。
「あららぁ」
女の子はしゃがんで本を集め始める。
その表紙にはこう書いてあった。
『もう迷わない!
異世界で活躍するチートスキル大全 2024最新版』
落ちたパンフレットの表紙を見た瞬間、はっきりと思い出した。
飲み会の帰りに渋谷橋の歩道橋から落ちてトラックに轢かれたこと。
狭間の部屋 ニューEBISUで出会った、目の前にいる女の子そっくりな女神のこと。
その女神に首を斬られたこと。
全て夢だったはずだ。
「……っ」
生唾を飲む。
今目の前にいるのはあの女神だ。
何故今まで気づかなかったのか。
パンフレットを拾い終えた女神は、顔だけを上げた。
口は三日月の様に鋭く裂け、血走った目を見開き、凶悪な笑みを浮かべる。
恵比寿駅西口のロータリーからクラクションの音が聞こえる。
視界の隅に、こちらに向かって突っ込んでくるトラックが見えた。
「さぁ、チートスキルを決めにいきましょう」
恵比寿妄想パパ活日記 灰糠 @highnuka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。恵比寿妄想パパ活日記の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます