第2話 初戦闘と、ジープの拝借

 非常灯以外は闇だが、ナガトの目はサイボーグの目である。夜行性動物の目を模した構造になっているサイボーグの眼球には僅かな光でも確かな光景として捉える細胞が多く含まれ、夜目が利くのだ。

 その優れた目でナガトは暗闇の中をバールを後生大事に抱えて進む。


 マッピー:ナガトさん、そこ一階に登る階段

「助かる」


 ちなみにナガトの発言は喉で発した電波の声である。それがソフトウェアで補正され、動画上で再生されているにすぎない。肉声は一切出ていなかった。

 奥の階段を見つけ、ナガトはギシギシ鳴る金属製のそれを踏みしめた。

 カーボンラバー素材のインナースーツに押し込められた胸が窮屈で苦しいが、そんなことを言っている場合ではないぞ、と言い聞かせた。

 階段を上り切ると地上階と繋ぐドアがあり、それは閉まっていた。押しても引いても開かない。

 鍵を探しに行く――? とそこまで考え、馬鹿げている、と思った。ナガトはバールを腰に差し拳銃を抜くと、セーフティを外してスライドを引きマガジンリミッターを解除、弾丸を生成。数歩離れてドアのロック部を照準。

 撃つ。腕を蹴り上げる反動と、鼻腔を突くドロームエナジーの不思議な香りが立ち込める。ダン、ダン、ダン、と合計三発の四十ミリ弾が炸裂し、ドアのロック部を吹き飛ばした。

 ナガトは拳銃を腰ベルトのホルスターに戻し、バールで砕けたロック部をガンガンと何度か殴り飛ばして、ドアをこじ開けた。


 ライスマン:パワー系は嫌いじゃない

 マッピー:上に出ればあとはまっすぐ行くだけで大丈夫


 開いた扉の向こうからは日差しが差していた。明るさからして午前中、もしくは昼頃だろう。

 ようやく外に出られるという安心感から、油断していた。


 ペタペタペタ――と足音が施設内に響き渡る。慌てて嗅覚を頼りに索敵すると、三体ほどの小型幻獣が――恐らくは凶獣だろう――地上階にいる。

 群れられた状態でバールで無双できる自信がない。まずは拳銃で遠距離から数を減らすのが得策。

 拳銃を構え、敵が迫る通路を見据えた。

 伸びる影が、敵の接近を知らせる。曲がり角の向こうから出てきたのは醜悪な顔をした、焦茶色の体毛の猿型幻獣。

 体重は目算三十キロほど、上背は一四〇センチばかりか。そいつらはギギッギィーと鳴きながら迫ってくる。


 ナガトは明らかな敵意を向けられ、それに怖気付くではなく、闘争心を燃やした。なんなら一瞬ばかり敵の本能に飲まれかけたが、己を鼓舞する。

 アイアンサイトに敵幻獣――モンタドを捉え、引き金に指をかけ、絞る。

 撃ち出された弾丸が悪意ある猿モンキー・ボルンタド――モンタドの肩口を抉り、姿勢を崩させた。そこへ頭部へ二発弾丸を叩き込み、すぐに二体目に照準。胴体に狙いを定めて一発撃ち込むが、そこで向こうが手にしていた石を投げてきた。


「!」

 ライスマン:やばい!


 ナガトは咄嗟に右に屈んで回避する。人間と同じ肩の構造に、指の構造であれば当然物を掴んで投げると言うことは可能だ。投擲という、原始的な飛び道具――人類もまた、それによって過酷な原始時代を生き延びてきた。武器として、有効な手段である。

 腹を撃たれていない一体が急接近。腕に飛びかかってきて、拳銃を弾き落とす。

 どうにか拘束を逃れなければとジタバタ暴れ、モンタドを壁に叩きつけて左拳で顔面を殴りつけ、すぐにバールを抜いて構えると同時に、頭部に向かって振り下ろす。

 二度、三度。バールが振り下ろされ、モンタドが動かなくなった。

 ナガトは腹を撃たれて悶えるモンタドの元へ行き、黙ってバールの尻の鋭利な部分を心臓に突き立て、トドメを刺してやった。


 一通り幻獣を倒したナガトは、ザックの中から一振りの鉈を取り出した。

 それでモンタドの牙と鋭い爪を回収する。これら剥ぎ取りは幻獣を狩ったら必ず行うことだ。

 命への感謝、無駄にはしないという意志の表出であり、屑浚いなりの弔いでもあった。

 むろんこれらを売ることで生活の糧にできるからと言うのも大きいが、屑浚いはまず、この心構えを叩き込まれる。

 ナガトの記憶から、それだけは抜け落ちていなかった。


 モンタドの牙、爪を回収し、ザックに真空収納されていた腰袋を取り出してその中に入れる。

 ナガトは諸々の動作を終えると、鉈にべっとりついた血を懐の布で拭き取る。その布は同じく入っていたオイルライターで燃やした。血の匂いに釣られる幻獣もいるからだ。

 鞘に納めた鉈を腰の後ろ側に差し、落とした拳銃を拾ったナガトはようやく外へ向けて歩き出すのだった。


 マッピー:なんとかなったか

 ライスマン: まじ焦ったわ 乙

「二人ともありがとう」


 途中途中ある扉は全て破れ砕かれ、足元にガラスが飛散していた。素足だったら、今頃足が悲惨なことになっていただろう。正面ゲートの付近には受付があり、その受付の上には『××生化学』とあった。何生化学なのかは、わからない。意図的に文字のプレートが取り外され、破壊されている。この調子では、どこの物質的な書き残しも、データ上のものを漁ってもここの名前は出てこないだろう。

 ナガトは呆れと、若干の気味悪さを感じながら外に出た。


 マッピー:こんなところに生化学工場なんかあったっけ

 ライスマン:サイボーグを置いとけるだけの設備って普通工業系じゃねえの? 専門外だからよくわからんけど

「確かに俺もそう思う。サイボーグなら人体工学、バイオメカニクスの知識が絶対にいるはずなんだ」


 涼やかな風の匂いが鼻に飛び込んでくる。カビ臭い地下なんて真っぴらだったし、やっと外に出れた開放感で伸びをした。胸元がはち切れ寸前に膨らむ。


 ライスマン:うおでっか……

 マッピー:僕は貧乳派なんでなんとも……


 あたりは緑で覆われていた。

 が、硬く踏みしめられた道路がある。何らかの自動車が頻繁にここに出入りしていた証だ。

 そこを通っていけば、人里にたどり着くかもしれない。だが、距離がわからない。

 ナガトはしばし考え、研究所の裏手に回った。

 そこには一台のジープが停まっている。オフロードの四輪四ドア。エナジー式だろう。元は軍の払い下げと思われるが……。


「車種わかる?」

 マッピー:企業軍に流通してるバルザックって奴だと思う。一般企業にも卸されてるよ

 ライスマン:マッピー兄貴詳しすぎて草

 マッピー:まあそういうオタクですから。ちなみにナガトさんの拳銃はミザールー51っていうエナジー式自動拳銃ね。古いけどいまだに愛好してる人は多いよ

「へえ」


 鍵は差しっぱなしだ。ひょっとしたらナガトの持ち物だったかもしれない。そうでなくとももらっていくつもりである。

 ナガトはジープ・バルザックに乗り込み、鍵を捻りつつドロームエナジーリアクターの残量を見る。まだまだ腹八分目だ。輝いたランプの調子からして、充分動く。エンジンスタートボタンを押し込むと、長らく(多分)眠っていたエンジンが息を吹き返し、長く待たせたことを文句言うように唸り出した。

 頼むからポストアポカリプスなんてやめてくれよと祈りながら、ナガトはアクセルを開いて走り出すのだった。

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マグナスの屑浚い — 目覚めたらムチムチすけべボディのふたなりサイボーグだったので終末世界で配信しながら生存報告します! — 夢咲蕾花 @ineine726454

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