ダブル思考

雨霧秋

第1話

そう、最初に人を撃ち殺したのは今日みたいな騒乱の戦線だった。

銃の扱いもままならない見習い兵士のような私が、襲い来る空前絶後の恐怖を前に人を生かすはずだった手で命を奪った。

それははっきり言ってお粗末な殺し方で敵兵も長く苦しんだだろうし、私の中に根付いていた一般的な良心も限りなく正常に濾過されていった事だろう。

今までの自分が積み上げてきた全てのものが、一発の銃弾によって跡形もなく破壊された瞬間。私が目にした有り得ないほど単純で、それでいて双極的な思考のカタチ。


九百三年、クンツァイト帝国は十年以上続いた戦争の終わりを告げた。

最後の戦線はダヒデの丘で約五万人が犠牲となる。

結果を見れば和平条約によって現段階で考え得る最善の、和解という名の終結だったが、得るもの得られず失うばかりの長期戦争にお互い苛立ちを隠せないでいたのだろう。翌四年、再び大規模な戦争が勃発。前回の痛手からこの度の戦争では第一陣の段階で兵力の三分の二を投入し早々に決着を付ける腹を決めていたようだ。

多くの男児は戦争の為に徴兵されそれを上回る女性が戦争の為に武器を造り畑を耕した。

前回の戦争で徴兵を免れた山奥の民も兵隊として戦地へ赴き、そして砲弾と共に散って逝った。

一歩一歩足を踏み出す度に誰かが倒れてゆき、引き金に指を掛け空薬莢が宙を舞う度に自分が擦り切れ思考を奪ってゆく。

相手の顔も味方の声も判別出来ない砂煙の中で、家族や友人を恋しく想った者から骸になる。

『次は──』

『その次は──』

『──終わりが、来るかもしれない』

手榴弾が上空に弧を描く。

一際大きな爆発と絶叫が轟きはたと後ろを振り返ると、大抵屍が地を這っている。

絶望とほんの少しの勇気が織り交ざった時、折れそうな足は地面を強く蹴りたった一つのか細い希望をぶら下げながら人を殺す武器を取る。

『生きたい』

そう思えば思うほど、死は確実に近づいて来た。


私が戦争と揺るぎない恐怖を知ったのは、そんな激動の戦場だった。


山奥に住む私の元へ隻眼の男が令状を持ってやって来たのは九百一年の秋。その年は良くも悪くも戦争が最も熱を帯びていた時期だった。

男はぶっきらぼうに令状を突き出し喉の震えにも似た微かな声で災難だったな、と言う。

差し出された手紙を受け取ると国の名前が書かれた文字が目に飛び込んで来た。

到底受け入れられない現実と、ただ拒むことの出来ない事実が横這いになっている。

手紙を持つ手が力無く下げられた。

半ば睨むように顔を上げると残酷な世界を持込んだ死神の瞳が、私の網膜に映りこんだ。


私は、隻眼の男の同情の籠った瞳から目が離せないでいた。

それは、単にこの男の残された右目が異様な光を放つ宝石のような美しさだったからではない。

彼がここへ来た理由、手渡された手紙が意味するもの。そして──


山奥に住む私の元へ隻眼の男が令状を持ってやって来たのは九百一年の秋。その年は良くも悪くも戦争が最も熱を帯びていた時期だった。

男はぶっきらぼうに令状を突き出し喉の震えにも似た微かな声で災難だったな、と言う。

差し出された手紙を受け取ると国の名前が書かれた文字が目に飛び込んで来た。

到底受け入れられない現実と、ただ拒むことの出来ない事実が横這いになっている。

手紙を持つ手が力無く下げられた。

半ば睨むように顔を上げると残酷な世界を持込んだ死神の瞳が、私の網膜に映りこんだ。


私は、隻眼の男の同情の籠った瞳から目が離せないでいた。

それは、単にこの男の残された右目が異様な光を放つ宝石のような美しさだったからではない。

彼がここへ来た理由、手渡された手紙が意味するもの。そして──


「アンタが違う道を選ぼうと思えば、この手紙を受け取らなくても良い。」

蚊の鳴くような声は木々の囁き声と重なり上手く聞こえなかったが、およそ兵士らしからぬ事を口走っていたことだけは想像がついた。

私は呆然と隻眼の男の次第に小さくなってゆく背中を見つめ、ひらりと手から落ちてゆく手紙にこの世の無常さを知る。

何も考えられなくなった。

目の前にある逃れようのない現実に釘付けになる。

机の上に置かれた封の切られた手紙が鳴いている。

戦場へ、血塗られた戦争の礎へと誘っている。

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ダブル思考 雨霧秋 @Amagirishu

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