⚪⚪さんに聴けたなら

豆ははこ

タブレットで読むお悩み相談と、ひとりで過ごす僕について。

 ひとりで過ごすためには、なにが必要か。

 なにが。考えながらコーヒーメーカーをセットして、考えながら飲んでみた。

 それでも分からないので、僕はタブレットで雑誌を読むことにした。

 タブレットで読む利点は、砂糖がけのドーナツの砂糖がページの隙間に挟まる心配をしなくてもいいことだ。

 今日の僕は、雑誌を読みながらなにかを食べたり飲んだり煙草を吸ったりはしていないのだけれどね。

 タブレットをスライドすることは、頁をめくること。

 ただ、頁をめくることは、スライドすることになるのだろうか。



『寝る前に天井を見ると、穴が見える気がします。家族や友人に相談してベッドに寝転んでもらいましたが全員気のせいだといいます。△△さんはどう思われますか』

 (きざはしお、女性、17歳、高校生)


 きざはしおさん、こんにちは。

 ていねいなメールですね。

 見えるものは見えないものだから、見えないものも見えるのかも知れませんよ。

 ドーナツの穴も食べているから見えないのであって、食べるつもりがなければ見ることができますよね。

 だから、見えないものを見ているのだと思えばよいのかも知れませんね。がんばってください。何をがんばるのかは、よく分かりませんが。


『友人に合コンに誘われました。休みをひとりで過ごしたいから行かないよと伝えたら、ひとりでいることの楽しさが分からないと友人に言われました。ひとり暮らしの家で午前中たっぷりと眠り、コーヒーをゆっくりといれたり、好きなものを食べたり、私にはいくらでも楽しいことが見つかります。だから、合コンには誘わないでねと言ったのに、また誘われました。三度目の正直と言いますが、五度目です。あと何回、このやり取りをしなければならないのでしょうか』

 (足柄山ぎんじろう、男性、27歳、公務員)


 足柄山ぎんじろうさん、こんばんは。

 ひとりで過ごす。いいですね。

 マラソンをしたり、レコードをきいたり。たくさん楽しんでください。

 ところで、あと何回。

 きっと、あなたではない「誘ったら来てくれるかも知れない人」がみつかるまでは続くでしょうね。

 ああ、これはですね。あなたに、ではないのですよ。

 あなたを誘う人がいますよね。その人があなたにとって友人なのかが分からないので、その人と言いますけれど。

 その人に恋人というか、親しい人というか、とにかく、どなたかがみつかるまで、よりは早い気がしますよ、なんとなく。


『⚪⚪さんに聞いてみることができるかも知れないけれど難しいときはこちらに聞いてみてください△△です』は面白い記事ですね。

 僕も、読者の方から相談をいただいてお答えできるようにする連載をしていますので、回答をどうしようかなと思ったときに思い出すかも知れないところがあるような気がします。

 △△さん、これからもがんばってください。

 (⚪⚪さんに聞いてみるを聞いている⚪⚪、男性、年齢とかはすみません、調べてください。代わりに連載をしている雑誌出版社の住所とメールアドレスを書いておきますね)


 弱小出版社のしがない雑誌の編集長、△△でございます。

 超一流出版社さんの住所とメールアドレス。

 そして、お名前は……⚪⚪さん。

 まさか、あなたはあの有名な⚪⚪さん、ご本人でいらっしゃいますか。

 いえ、確認であります。疑うなど、とんでもないことでございます。いつも玉稿を楽しく拝読させて頂いております。

 そして、新刊の発売日を一日千秋の思いでお待ちしております。

 こちらは、弱小出版社のしがない雑誌の一コーナーでして、⚪⚪さん、いえ、⚪⚪様が超一流雑誌様の読者の皆さんの質問にお答えになる斬新な企画『⚪⚪さんに聞いてみる』をパ……リスペクトさせて頂いております連載記事でございます。

 こちらは今月で終了いたしますので、どうか、どうか、なにとぞ、裁判などはなさらないでくださいますように、伏してお願い申し上げます。

 (△△、男性、47歳、土下座中のしがない雑誌の編集長)



「……やれやれ」

 タブレットで記事を読み終えた僕は、ため息をついてしまった。

 僕が楽しみにしていた『⚪⚪さんに聞いてみることができるかも知れないけれど難しいときはこちらに聞いてみてください△△です』が、どうやら、今号で終了してしまうようなのだ。

 ⚪⚪さんからの投稿が本物なのか、△△さんはほんとうに編集長なのか、それは分からないのだけれど。

 それでも僕は、唐突な終了は、嫌いではない。

 唐突に終わるなら、唐突に始まるかも知れないからだ。

 だからこそ、まだ読みたいというこの感情、不完全燃焼、燃えさしの燐寸マッチの軸の黒々とした染みのような気持ちは、どこで燃やしきればいいのだろうかという気持ちは、手についてしまった砂糖がけのドーナツの砂糖のように、残っている。

 きちんと落としているのに、落とし切れていないような、そんな感じだ。

 ひとりで読んでいたのが雑誌だったなら、ピーナツの殻だらけの床に投げ捨てて殻の海に沈めてやればいい。

 そう。沈む、ただ、それだけのこと。

 けれど、僕はこの記事をタブレットで読んでいる。だから、そうもいかない。

 だが、床に投げ付けて、タブレットが壊れても、タブレットはタブレットとして機能しなくなるだけ。

 そうだ、タブレットは機能しなくなる。だけど、僕は生きている。

 だから、それでいいのかも知れない。

 そうか、それなら。

 これ以上この部屋にいたら、僕はタブレットを床に投げつけたい衝動から抗えなくなるかも知れないのだ。

 そうなった僕を見てみたい僕は、僕なのだろうか。

 そう思いながらも、僕はやみくもにきちんとしたくなり、クローゼットからブルックスブラザーズのスーツを取り出した。

 ハンガーにかけておいてはみたものの、クリーニングに出すか出さないかは決めかねていたスーツだから、ちょうどいい。

 これを着て外出して帰ってきたら、なにがしかをしたスーツになるのだろうから。

 そう思う僕は既に、なにかをしないといけない焦燥感から脱却した存在になれているのだろうか。

 疑問を呈してみても、誰もいない。

 あたりまえだ。

 僕は、ひとりなのだから。

 ひとりで過ごすことは、何をしたらいいのかを示唆してはもらえないこと。

 だから、⚪⚪さんの声はもう聴けないし、⚪⚪さんに聞いてみるかわりに聞けるかも知れなかった△△さんの声だって、もう、聞こえない。

 それでも、ブルックスブラザーズのスーツのポケットには、セロハンの剥がれたマルボロが入っていた。

 これを見つけた僕は、どうやら、ひとりで過ごせるらしい。

 外に出たら、燐寸で火を付けたこれを吸うことにしよう。


 そして、僕が食べるべきなのは穴のあるドーナツか、それとも右か左にねじれのあるドーナツなのか。

 それをまず、最初に決めたいと思う。 

 ひとりで過ごす、そのためだけに。

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