死に損ね、狂った世界で、旅に出る。

砂漠のタヌキ

第1話 すべては一天地六の賽の目次第

 唐突だが、すべては崩壊した。


 この宇宙の真実が開陳されたからである。


 この宇宙は創世の神が作った美しく調和し全てがあるべくして回り死せる魂には善因善果悪因悪果ありて全体として向上する階梯を上っていく理想的世界ではない。


 創世の神がサニョラバン(誰だそいつは?)の機嫌を損ねて胴体ブチ抜かれて真っ二つになって惨殺された後、その死骸の下半身の肛門の周りにこびりついた、死に際に漏らしたせつな糞を食した蛆虫が、糞は糞でも神の糞を喰らったことで異常に進化をし、創造神の劣化コピーを肥溜めで煮込んで煮込んで煮込んで煮込んで叩きつけてローラーで轢き潰したようなおよそ人間の創造が及ぶ限り最低最悪の邪神のさらに100ランクぐらい下のクソ神・ブホザナッキになった。


 ブホザナッキは神の本能に従い、創世神が本来作った理想世界から排除されたありとあらゆる悪と不幸と災いとその他あらゆる嫌なものをより集め、徒労と悲劇と悪意悪徳に満ち溢れた何の救いも希望もないクソのような世界を作り上げた。


 それがこの宇宙である。


 この絶対的真実が全宇宙の知的生命体の精神に突如としてインプットされた結果、圧倒的な納得と理解とそれに伴う絶望と諦念と徒労感が全宇宙を包み込み、およそ社会文明倫理道徳宗教秩序と呼べるものは崩壊し去り、全宇宙が終わりを迎えた……


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 絶望的な宇宙の真実開陳とそれに伴う全宇宙の終わりというショッキングな事件から100万年が経ったのか。それともそうなる26億年前なのか。いや、すべてはつい5分前に起きたのか。


 ここは地球を離れて200万光年、アンドロメダ銀河の片隅にある、ヌリガバラ太陽系第三惑星アビビンボ。


 宇宙的混乱のさなか、適当にばらまかれたヲゥテ人の26次元瞬間移動法に頼って、地球を捨てて全宇宙へと飛び出していった元地球人の成れの果てが住むあまたの星の一つであるこの惑星では、かつての地球とそんなに変わらない、真綿で首を締める様な閉塞感にあふれた社会が再構築されていた。


 そんな社会のさらに場末で、交尾産得こうびさんとくさぢぶじうは、先ほどから地上167メートルの廃工場の煙突の頂上付近の梯子にしがみついたまま、もう30分もうじうじとためらっていた。


 「あああ死にたいからここへ来たのに死ぬのが怖い手を放すか足を蹴り出せばたちまち落ちるから地面に叩きつけられて跡形もなくなるだけどそれが恐ろしくてたまらない別に地獄に落ちるわけでも異世界に飛ぶわけでも絶命の瞬間の苦痛だけが永遠に虚空に残り続けるわけでもないのにいざここまでくると恐ろしくて恐ろしくてたまらないでももう下まで降りる体力は失われてしまったしそもそもここに侵入するまでに24人の警察官を突破してきたから降りたとたんに警官に囲んで警棒でめちゃめちゃ殴られるのは確定しているのも恐ろしわあああああああああああああああああああ」


 あまりにぐずぐずとしていたものだから、老朽化していた梯子はさぢぶじうの123.456kgの体重を支えかねて、捕まっている根元からばっきりと折れ。


 当然の帰結として、さぢぶじうは空中に投げ出された。


 死ぬときに走馬灯が見えるなどというのは嘘で、凍り付いた意識の中でスローモーションで風景が流れていくだけだと人生の最後に思い知ったさぢぶじう。


 すべては遅かった……と後悔が駆け巡った刹那。


 世界は灰色に染まった。


 そしてすべてが止まった。


 次の瞬間、空中に人間が生えてきた。


 『今わの際の絶望と後悔を検知。どうも初めまして。私はガマル・ナナゲルマ。地球から来た地球本土のスピリットのひと柱です』


 生えてきた人間は、もやもやとしたシルエットから燕尾服にシルクハットのいささか時代錯誤な紳士の姿になると、優雅に帽子を取って一礼しながらのたまった。


 『さっそくですが、あなたはこのままだと後悔したまま地面に叩きつけられて、親子兄弟でも見分けのつかない潰れた肉片になり下がります。あなたの取れる選択肢は二つ、肉片になり下がるのを受け入れるか、それとも私のサイコロ遊びに付き合って双六のコマになり下がるか、です』


 なんだかわけがわからないが、死なずに助かるのならと、さぢぶじうは安直に双六のコマにしてくださいと脳裏で必死に念じた。なにしろ固まっていて声も出せなかったので。


 『了解しました。それでは、よい旅を……とりゃ!』


 ガマル・ナナゲルマなる怪人物はさぢぶじうの返答を検知したらしく、虚空に人間の顔ほどもある巨大な真鍮の6面ダイスを召喚。


 勢い良く投げられたそれが顔面に直撃し、頭蓋骨と内部組織を砕きまくってめり込む音を聞きながら、激痛の中でさぢぶじうの意識は消失していった。

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死に損ね、狂った世界で、旅に出る。 砂漠のタヌキ @nanotanuki

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