第32話 結界


 ダンジョン発生による空間震が起きてすぐ、リヒトたちは【電脳】を駆使して探索者協会と連絡を取った。


 ディスプレイに映るのは、ダブルスーツを着込んだ厳格そうな男。


 探索者協会の総務部長である、天花寺てんげいじいおりだった。


「状況は?」


 口火を切ったリヒトに、いおりが応える。


『ダンジョンの在り処は東京都奥多摩町山間部、名前も無いような小さな山。山域全体を覆うように結界が展開されており、内部に極めて強力な魔力反応がある』


 ハスラウを含む複数の魔人が陣取っているのだろう。明言されずとも、全員がそう解釈した。


「周囲の一般人の避難は?」


 エレナが鋭く問うた。


「既に済んどる」


 庵の短い応答は、いくらか硬質な声だった。

 わずかに流れた沈黙を、凪が振り払う。


「結界の概要は掴めていますか?」


『確認できているだけでも、感知・迎撃・防御・自己修復。接近する対象を解析し、最適な出力で迎撃する。仮に結界に攻撃を当てられても、逆位相の衝撃波をぶつけて相殺される。結界を部分的に破壊できても、ただちに修復される』


「じかに確かめたわけではなかろう。解析したのかえ?」


 魔王アニマの問いに庵は、


『ああ』


 とだけ答えた。

 それ以上の詮索を拒む声色だった。


『場所が場所、西の端とはいえ東京都内でのダンジョン発生だ。既に自衛隊が無人機を飛ばした』


「血税の浪費ですね」


 さらりと言い放つリヒトを咎めようとしたエレナの手を、凪が握って引き止めた。


 庵は嘆息し、重々しくうなずいた。


『……同感だ。不本意ながらな。ちょうど今、映像が届いた』


 庵の言葉の後、映像が切り替わる。

 山が映っている。緑色のなだらかな山並みは、妖しく輝く半透明のドームに覆われている。


 結界だ。


 どんどん近づいていく。


『これは自衛隊の超音速戦闘機に搭載されたカメラの映像だ』


 結界の一点が光る。

 破砕音とともに映像が途切れた。


「ほう、戦闘機を感知して迎撃したのか」


 魔王アニマが息を漏らした。


「マッハ3の戦闘機ですら捕捉されるんですね」


 リヒトが淡々と言った。


(なぜ知っているんだ)


 庵はそう問おうと思ったが、やめた。どうせ、またぞろ【電脳】を使ったのだろう。


「これ、ミサイルとか撃ち込むしかないんじゃないですか?」


 リヒトの提案はしかし、庵に否定される。


「速度も威力も足りん。極超音速で核弾頭でもぶつければ可能性はあるが、都内に核を落とせるはずも無い」


「それはそうですねぇ。いや困ったなぁ」


 リヒトの白々しい口ぶりに、庵は大きくため息をついた。


「で、どうなんだ」


「どうなんだ、とは?」


「とぼけてくれるな。もう策を思いついているんだろう?」


 リヒトが片眉を跳ね上げ、口角を吊り上げた。


「それ、会長さんから聞いたんですかね。やっぱスキルなんですか?」


 庵はごくわずかに怯んだが、それに気付いたのはリヒトと凪だけであった。


「質問に質問で返すな。で、その策なら結界を破れるのか?」


 リヒトはゆっくりと、曖昧な方向に首を振った。 


「可能性はある、ってとこですかね」


「……もったいぶるな。私は何をすればいい?」


安岸あぎし総理と石竹いしたけ防衛相にアポ取ってください。最悪、文面のやり取りでもいいんで」


「簡単に言ってくれる……。だが、わかった。今から掛け合ってみる」


「ありがとうございます」


「……ああ」


 苦々しげに答えて、庵は回線を切った。




「焦った〜! リヒトくん、総務部長相手にグイグイ行き過ぎだよ!」


 凪はブルーシートにへたり込み、大きくため息をついた。


「すみません。確実なことは言えない状況だったので」


 リヒトは困ったように笑い、後頭部に手を回した。が、特に反省の色は見られなかった。


「……で、その策ってどういうものなのかしら? 総理と防衛相の力を借りるということは、何かしらの現代兵器を利用するんでしょうけど」


 エレナの言葉にうなずきながらも、凪はいぶかしむ。


「でも、あの結界を破れるような兵器って国内にあるのかな。米軍とかから借りるの?」


「それも考えましたが、その必要は無いと思います。僕が考えた策は、ふたつです。ひとつは、持久戦。防御偏重の体制、例えば重戦車にでも乗り込んで接近する。そして迎撃を耐えつつ、アニマと協力して結界を直接解析する、という策です」


「いくらわらわが超絶最強大魔王と言えど、あの結界の解析には時間がかかるぞよ」


「その間、あの結界の迎撃に耐え続けられるような戦車なんてあるのかしら?」


 アニマとエレナの指摘に、


「無いね。つまり持久戦は無理です」


 リヒトは平然と応えた。


「じゃあどーすんの?」


 問いかける凪の表情に、不安は見られない。

 ごく短期間しか関わっていない凪にも、リヒトのことはわかっていた。


 リヒトなら必ず突破口を切り開く。


 そう信じていた。

 そしてそれは、エレナもアニマも同じだった。


「ふたつめの策は……電撃戦です。これなら、可能性はあるはずです。まあ総理と防衛相の応答次第なんですが」








──────


読んでいただきありがとうございます。


引き続きよろしくお願いいたします。

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暗殺者だってバズりたい!〜異世界最強の暗殺者、魔王といっしょに現実へ帰還してバズりまくり、無双系ダンジョン配信者になる〜 会澤迅一 @eyesjin1

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