後編: 果たして"トドオカさん"とは"何"なのか

「ほな、やるかぁ……」


 小説コンテストから約一年。諸々を吹っ切った藤岡は、快い心持ちでいた。

 というのも、前述した謎の人気の理由が分かったからで、それにより今年の誕生日企画も決まったからである。普段は誕生日企画……まあこれもアピールするつもりも無く植物のように平穏に過ごすつもりが、いつのまにか定番になっていたものである。だが、今は違う!(ギュッ)

 ということで、藤岡はTwitterにてツイート告知を行う。それは、以下の3つからなるものであった。


 ①"今回の誕生日企画ですが、初のオフ会を試みます。

集合場所はアクセスを考え、詳細は控えますがJR大阪駅の分かりやすい場所にしたいと思います。

大阪駅自体が広くて私にも分かりにくいですが、乗り換えをするのもご負担になるかと思い、このような判断に致しました。是非ともこぞってご参加ください。"


 ②"なお、私がオフ会をするのは恐らく今後の多忙などで行えないものと思われるため、今回の一回限りになります。どうしても参加したいという方のために早めに告知させて頂きましたが、平日がダメな方のためにも日程は誕生日の前々日、日曜とさせて頂きます


また当日は、目印になるものを準備いたします。"


 ③"参加希望締切: 8/31日曜日


なお参加人数が増えすぎる等で問題が発生する事も考えられるため、希望者は現在相互フォローの方と現時点までの各種企画参加者(感想本関係者、各種アートやノベルの筆者など)に限定するものとします。


それでも多い場合、抽選になりますが、そればかりは悪しからず……"


「こんなんでええか……」


 以上3つの告知を投稿すると、藤岡は一息つく。このような企画を催すのは初の事だったし、本来なら自分はオフ会を絶対にしない派の人間である。

 それでも、この企画にしたのは"とある方策"によるものであった。これであれば、まず誰にも失望されないし、まあ良い思い出にもなるだろう。そう思っての企画であった。


 投稿後のTwitterでの反応は、下記のようなものであった。


"はぁ!?あの人がオフ会!?"

"オフ会をするあの人……?解釈違い…………(刀を抜く)"

"いやでも、実際に会えるんだよ?行かない理由なくない?"

"散々に電子生命体なのでオフ会しませんと言ってたのに……見損ないましたよ……"

"一昨年からずっと見損い続けてる定期"

"俺、丁度その前日カドヤ食堂巡りするんすよね。財布の中身盗まれでもしない限り行きますわ"

"それはそれでおかしいのでは……大体、なんでまだ生きてるんです?"

"たとえ解釈違いでも、俺の中に"本物の"あなたは居続ける・・・偽物に会おうと俺の解釈は揺らぎませんよ・・・"

"いや、これで平常運転のフォロワー、おかしくない?"


 ……などなど、なにか異常な反応もあったが、概ね驚愕が占めているようであった。それも無理はない。ここまで声を晒す、声だけとはいえ虫食をレポする、30分程度バ美肉VTuber化する、感想本を販売する、そういった諸々のリアルに近い活動はしても、実際にオフ会をした事など無ければ、オフ会するつもりもないと言っていた藤岡の企画は""ものであったからだ。賛否両論も無理はない。

 しかし、それでも実際に一度でも彼に会えるのなら……と、参加希望者は増えに増えた。しかし、今回は想定の範囲内で収まったのは、やはり"解釈違い"とやらのせいやろか?藤岡はそう考えた。解釈と言っても、そもそも自分がやる事が言うなれば公式なので、解釈も何もないのだが。

 とはいえ、は入念に済ませてある。あとは実際にやるだけなのだ。


「当日の皆の顔が楽しみや」



 そして、オフ会当日になった。

藤岡の到着を待っていたのは、いつもの面々。彼らは、それぞれ藤岡を待ちつつも、緊張した様子を見せていた。


「まさか……本当にオフ会を開くなんて。これもしかして処刑されたりしません?」

 とある細い青年は、少し震える声で呟いた。彼の声は期待と恐怖が入り混じったもので、その手は微かに震えていた。何せ、彼はトドノベルの第一人者に近い存在で、かなりの量の人物を作中で葬ったり、藤岡にも色々な属性を付加してきていた。

 実は、ここに来る前に「死 覚悟 服装 フォーマル」などと検索してきたのは彼だけの秘密である。その鞄には代替品として、白衣(実験用の高いやつ)が詰まっていた。


「いやぁ、あの人はそんな事しませんよ!あの人を何だと思ってるんですか(笑)

自分にとってあの人は親みたいなもんですからね!会えるのが楽しみだー!」

 そんな彼に明るく話す青年。様々なオフ会をこなし、オフ会とあらば必ずと言って良いほどに参加してきた好青年である。藤岡氏にも親しく、彼がオフ会を開くとなれば間違いなく参加する人物の一人であった。


そして、その他にも多くの人々が集まっていた。


「言うても、ほんまにあの人 来るんやろか……」

「でも今日は楽しみで仕方なかったんだよ!ほんと夢みたいじゃない?」

「ですねぇ、最初に見た時はびっくりしましたもん。でも今日のために予定あけましたんで」

「おっ、じゃあ楽しい夜に乾杯ですかァ!?」

「それ何回擦るんですか……」

「いやぁ、でもさぁ、もしかしてトドオカさんなんて最初から存在しなかった、ってオチじゃないの?」

「鋭い」

「おいおい、そんな冗談よしてくれよ!去年のコンテストじゃないんだからさぁ!」

 様々な人が。そこにはいた。それぞれ、偏愛的な伝奇小説や裏社会≪ノワール≫系ホラー小説、SF推理ものなどで作家として名を馳せた人物。速筆な時事・パロディ漫画家として、あるいは各種の総合芸術や、一部の界隈で有名になった人物。そして藤岡以上の大物インフルエンサーと化した者に、漫画感想を活かして批評家になった者など……この一年で大きく変わった人もいれば、そうでない人まで。これまで藤岡と長年交流を続けてきたフォロワーや、この一年間の企画で新たに加わったフォロワーまで。そういった書ききれないほど様々な人が藤岡の登場を待ちわび、緊張しながらも期待に胸を膨らませていた。



 そしてついに、その瞬間が……いや、""が、ぬっと現れた。


「いやぁ、待たせたのぉ」


 彼本来の話し方とは、少し違う関西弁……そして、そこにいたのは、であった。

 果たして常識に囚われた人間は、今のこの光景を想像できるだろうか?鍛えれないと言われている首が、その首と頭の境が分からないほどに筋肥大をしている人間を。全身が茶色を通り越して真っ黒に近い、その肉体を。

 そこにいたのは、トドの巨体をそのまま限りなく人間化したらこうなるのではないか……と言わんばかりの、紛れもない尋常ではない"トド人間"。まさに"トドアート"や"トドノベル"に出てきそうな、異常存在存在してはいけないものであった。



「ホンマにぎょうさん集まってもろて有難ありがとうなぁ。感謝しかないで」


 どうやら、成功したようやな……と、藤岡は面々の仰天した顔で、確信した。これだけ驚いて貰えれば、入念に準備をした甲斐あったというものだ。


 その全身は相撲取りのように大きいのに、その全てが贅肉などではなく筋繊維である事が分かる。それこそ戸愚呂弟ジャンプ漫画のキャラでも、こうはいかないだろう。

 創作物、それも格闘漫画TOUGHシリーズやスポーツ医学ものなどといった漫画を愛する彼にとって、それらフィクションの存在を超えた肉体を得るというのは大いなる満足感を得られるものであった。この体躯なら、技術さえ有れば本当に格闘漫画のキャラにでもスポーツ漫画のキャラにでもまず勝てるだろう。そう確信した。

 そして服装は当然、黒い帽子に黒い服、いかにもなジーンズに、首周りにはチェーン。よくアートとして描かれていた「」の服装の一つである。しかし、この体躯に見合う服を探すのも、そのイメージに見合うアクセサリーを探すのも大変だった。チェーンもな物々しさが足りず、ただ業務用のを購入するだけでなく、武器として使った返り血でそうなったかのように。これも地味に手間だったが、かなりの雰囲気が出たのではないかと思う。

 だが、これに直前で着替えれば自分自身がになるし、何より「誰だか一瞬で分かるやろう」……藤岡のアイデアによる、な計らいであった。


 ―― サプライズニンジャ理論という言葉がある。「あるシーンで突然ニンジャが現れて、全員と戦い始める方が面白くなるようであれば、それは十分によいシーンとは言えない」などという脚本理論の一つだ。それとは違い、トドノベルに於いては「"トドオカさん"という無法な人物が現れて、その場を滅茶苦茶ごじゃごじゃにしていったら面白いし、それこそが良いシーンとされる」……という真逆の理論が適用される。何故ならサプライズニンジャと違い、彼は最初から出てくる事が期待されている"存在するだけで全てを破壊する絶対者"で、彼こそが話の中心だからである。

 故に、藤岡は考えた。この界隈、よくオフ会をしている人々がいて、自分のオフ会もちょくちょく望まれている……なんなら、自分のアイコンを名刺にしたものを勝手に持っていって「トドオカさんとのオフ会です」などとやられた事すらある。

 まあそれだけ期待されているからには、一度はやっておくべきなのだろう。だがネット民として自分の身元は隠したい。だからといってコスプレするのも何かが違う。

 なら、話は簡単だ……それは、自分自身が"トドオカさん"になることだ。そのネット上での"トドオカさん"に扮することが、そのまま自分を隠すことになるし、人々から望まれた期待に応えるということにもなる ――


「…………」


 そして結果答えは、静寂沈黙。それも当然。問題は、その精度が高すぎたのだ。サプライズニンジャならぬサプライズトドオカの精度は……あまりにも"高すぎた"。

 例えば今時、道端でコスプレしている人がいても「ああまあ何かのイベントかなぁ、今じゃ珍しくもないからなぁ……」と大体の人は無関心に捉えるだろう。治安が悪いと思って厭う人がいても、極端に拒絶はしない。逆に、それが好きなキャラだった場合であったなら好意的に捉え、寄っていって写真なんかも頼むかもしれない。

 だがそうではなく、誰も想像もしなかった恐ろしい存在が急に現れた時、どのような反応を人はするだろうか?もし日常風景で、まるで今しがた人間を殺したばかりの血塗られた忍者が現れた時、人はそれを面白いと思うだろうか?

 答えは当然……


「え、ちょっと嘘でしょ……嘘ですよね?」

「これ……本当に……現実なのか?」

「や、これは……やりすぎやろ……トドオカはん……」

「あ、あうあっ……」

「夢や・・・これは夢や・・・さもなきゃ、夢が叶ったんや・・・!!」

「う、うわあああああ!やっぱり、小説が!俺の小説が現実にっ!!!このままじゃ、俺っ!!!」

「え、は……?と、トドオカさん……?えっ?えっ?」

「……」


 そう、藤岡の結論は……藤岡自らが、"トドオカさん"になる、彼らが藤岡のアカウントをモチーフにしたキャラに成り切る事であった。

 睡眠不足で忙しく、なんならよく弄られてばかりの藤岡にとって、「自分は本当は別に面白い人間でもなんでもない」という認識が強くあった。絵でも小説でも、なんなら普段のツイートでも、彼らが見ているのは風評や創作で作られた"トドオカさん"であり、藤岡氏本人ではない。だがその"トドオカさん"が出ることで、ツイートには絵にはシュールさが出て面白くなり、小説には共有されたキャラの深みが出てくるのだ。

 ならば、それに成り切ることで、彼らの期待に答える。これが藤岡の出した結論であった。

 問題は、普段は冷静な藤岡が、そのようなバイアス……認知の歪みを抱えてしまうとは、誰も想像だにしなかった事で、それに身近な家族や知人ですら気付かなかったことだ。鍛えてると言われて、そして気付いた時には既に、彼は「完成」……いや「生誕」していたのだから。


「今日は遠い所からご苦労さんやったの。大変でなかったか?」


 と、"トドオカさん"に身も心もなりきった藤岡は反応を見る。


 とはいえ藤岡視点では、ここまで仕上げるのは大変だった。

 筋トレは食事管理も含めてトレーナーに見てもらい、キッチリとイメージ通りに仕上げた。と言いつつトレーナーには秘密だが、使えそうな漢方として使われるようなゲテモノも食べたりもしたが。その結果、トレーナーが言葉も出ないくらいに仕上がるのは想定外だったが……まあ薬効も多少は関係していたとしても、それ以上にカロリーを減らしても体重が減りにくい自分の体質の賜物でもあるだろう。何せ一度つけた筋肉が、減らない。故に、最初の一ヶ月で主要な筋肉は付け終えた。一般的な筋トレでも負荷をかけるウェイトトレーニングでも、どんどん上がっていく。

 ……逆に言えば、体を戻すのも難しいが、まあ家族を守るにも膂力りょりょくがあること自体は良いことだ。途中からトレーナーが目を真っ赤にしてでもボディビル選手権を勧めてくるのには困ったし、体を健康的な範囲で元に戻す管理に同意させるのもえらく苦労したが、まあそれだけ成功したということだろう。

 オフ会をするのも夏終盤という季節なので、無理に日焼けサロンに行く必要もなく、暇を見ては浜辺に水着で出向いただけだ。令和の暑さでは熱中症の危険もあったし、その間は読書系の企画も進めれなかったが、仕方ない。企画の優先順位が違う。だが、その甲斐もあってヤマンバギャルでも難しいであろう黒艶が出ている。

 まず何をしても驚かない嫁も日に日に変わっていく藤岡には瞠目していたが、「まあ、その、戻るというのが本当で、今回限りなら……??」と理解(?)を示してくれた。やはり常々、理解のある嫁はんには感謝しか無い。

 そう藤岡は自らの努力を顧みる。


 だが……


「あ……はい」

「……ええ」

「……」

「う、うあっ・・・トドオカさん・・・!トドオカさんっ!!」

「いや……その……」

「"終わり"だァ!おしまいなんだぁ!!!"次回作にご期待ください"は、嫌だァッ!!」


 ……どうやら皆、一部を除いて絶句している。二人ほど何を言ってるのかは分からないが、まあ無理もない。ここまでイメージ通りに仕上がるとは、自分でも思っていなかった。だが、関西弁は普段通りにするだけだし、肉体も十分に仕上がっている。なれば自分は"トドオカさん"に徹するのみ。そうでなければ、せっかくの準備が台無しだし、それこそ"解釈違い"というやつだろう。

 仕方ない、こうなったら空気を盛り上げねばならないな……と、そう考えた藤岡は冗句ジョークであり最終兵器たる禁句を、放った。


「どうや?これが皆がお望み通りのや。オモロイやろ?



 


 大阪梅田に、声ある絶叫と、声なき絶叫とが、響き渡った。




 後日、オフ会に参加していた全員が、「トドオカさんが現実に現れた」と口々に語った。しかし、その熱も内容も滅茶苦茶であり、特に一部の小説家ノベリスト達については、正気とは思えない有り様を披露していた。そして、その多くは「トドオカさんは狂い、壊れてしまった」という、全くの風評被害ばかりであった。

 そのうちの一人に至っては、触れるなと言わんばかりに口を噤むばかりで何も言わない。藤岡からすれば、何か寂しいものを感じるばかりだ。

 現実問題、藤岡は理性的な推測に基づいて行動しただけであり、彼が「狂っていた」わけではないのだが。しかしTwitterのタイムラインは今まで以上に滅茶苦茶になっていき、また謎の伝説が増えていったのだが。オフ会の非参加者達は、どうせまた何かの与太話だろうと流していた……


 そして、藤岡は今日も一人「一体全体、何が悪かったんやろうな」と、粥だけの減量食や、某ドラマのように激しく剥がれる皮膚にゲンナリしながら考えるのみなのであった……

 リアルでの疎外感。インターネットの疎外感。彼らの反応。どれもこれも、去年とそう大きくは変わらへん。変わったのは自分の肉体と、追加された風評被害ばっかりやったな……と思う藤岡であった。

 それでも、彼はインターネットを続ける。自分の好きな作品が打ち切られても、未だに週間少年ジャンプを死んだ目で読み続ける時のように。彼は今も孤独の中で、それを埋める何かを探し続けていたのであった……



※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体、そしてモチーフ元になった方々の実情や内情に心情などとは一切 関係はありません。

※ですが、これを見て得た感覚や感想は、紛れもない貴方だけの本当のものです。

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自分を"トドオカさん"だと思い込んでる狂人 創代つくる / 大説小切 @CreaTubeRose

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