自分を"トドオカさん"だと思い込んでる狂人

創代つくる / 大説小切

前編: 果たして"どうして"、"こうなってる"のか

「さて……これで完璧や」


 藤岡は鏡に映る自分を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。その黒衣は体にピッタリと張り付き、彼という人体の輪郭を、その肉体美を確と浮かび上がらせていた。1年間、ひたすらに鍛え上げ、このための準備を重ねてきた。言うなれば、今や彼本人がここまでの集大成であり作品であった。


「皆が"トドオカさん"を待ってる……きっと、喜んでくれるはずや」


 さて、行くか。そう決意を改め、彼は家を後にする。

これは果たして、何の話なのか?その経緯は昨年まで遡る――



 ―― "2024年" 8月 某日 ――


「一体全体どうして、こうなってしまったんやろな……」


 関西のとある県にて、藤岡氏は困惑していた。

 藤岡氏は、とある漫画感想用アカウントの持ち主である。2019年からTwitter(現X)にて主に少年漫画誌の感想を呟き、時には料理のことを、時には筋トレの事を呟いて暮らしてきた。

 なんなら今でもカレーやら牛丼を食べてきたり、時には本格的な海外の料理を食べてきたりもする。そういう意味では料理アカウントとしてもやっていけるのではないか?とも思ったが、どうも自分の味の好みと人の好みとでは少し違うようなので、断念したくらいだ。

 他には……誕生日プレゼントを貰いすぎたので、感謝や申し訳無さ故にゲテモノ食いなどの企画をするなどもしてきたが、メインは漫画感想。そう思ってやってきていた。

 しかし、ここ最近は何かが。あまりにもおかしいので、夜も寝付きが悪い。これでは強メンタルの持ち主でも調子をおかしくする。


 最近では「どうしたの?」と、Twitterで起きている全てを報告してる妻ですら心配してくる始末である。まあ多忙のせいだと言い訳しているが、実際には割とメンタルをやられている。


 このウン十年、自分は普通の人間だと思って暮らしてきた。いや正確には少し変わってる人くらいで、普通の範疇だと思っていたのだが……あまりにも最近は、周囲がやいのやいのと言ってくる。

 やれ人の心が無いAIだとか。ちょっと漫画のキャラとアイコンとかが似てるからって極道だとかヤクザだとか。他者への叱責がパワハラ上司ぽいだとか。49歳だとか、そのような不可解なイメージを押し付けられる事が多くなってきた。

 尤もそれらは大抵「恋愛に興味が無い」などの実在するTweetを元にした意見なのだが、それを極限まで拡大解釈してくるので、非常に困る。ちょっと有名なファンタジー漫画で「これは恋愛勘定がある描写とは限らないでしょ」と言っただけで恋愛感情が無いと言われる、この始末。さてはて、どうしたものか。

 なんなら最近もタイムラインで話題になった青春ラブコメ作品ですら、多くのフォロワーが「全人類が見るべきだ」と絶賛する一方で、「あ、貴方は読まなくていいです(真顔)」「というか読まない方が良いと思います……」といった投稿が相次いだ。そう、彼はその「全人類」に含まれていない。彼は特別であり、同時に、そこにいない存在なのだ。

 

 ゆえにこそ、その呟きは自嘲にも似た響きを帯びていた。ネット上での評判が上がれば上がるほど、彼自身はその「期待」から遠ざかっているように感じていた。それ故の不眠。不調である。

 愛妻家の彼にとって、これは良くないことであった。愛する妻に心配をかけるようでは良くない。


 とはいえ、まあ上記のような風評くらいは冗談の一つだ。ネタをネタと見抜ける人でないとインターネットは難しい。実際、昔は自分も某インターネット掲示板でタイトルに釣られて騙されて腹筋するなどしてきたが、あくまでネタはネタ。ただ、そのネタにガチで入れ込むから楽しいのである。そうやって人々の総意アンケは絶対として、有言実行を旨に今までやってきた。これはネットでもリアルでも変わらない。結果、リアルでも それなりに信用を得て、特異な経緯とは言えど今では妻帯者で会社からの覚えもよい。

 インターネットの人々からは「どうして恋愛感情が無いのに結婚できてるんですか?」とか言われるが、本当に特殊だし明かすつもりもない。うっかりプロポーズの言葉は公開してしまったが、そこまで詳しく語るつもりは無いのである。


 閑話休題。しかし それにしたって、ここ最近でのインターネットでの風評被害は深刻であった。その風評の酷さがエスカレートするのは勿論、よく知らない人々にまで広まりすぎているのである。

 特に、ここ最近は自分シンパなどとうそぶき、やれ極道だのパワハラ上司だJKだの陰陽師だの赤ちゃんだの存在しないグループだの謎の怪異だの、そういった自分をテーマにしたイラストやら創作小説が横行する始末である。

 イラストについても、以前はトドの写真アイコンを使っていたからといって、トドを極限にムキムキにして擬人化したようなものが投稿される始末である。幽白幽☆遊☆白書の戸愚呂弟でも、こんなに体格は良くないだろう。実際まあ、自分は食うのを減らしても体重が減らない特殊体質ではあるのだが……流石に、こんな筋肉モリモリのマッチョマンではない。

 だがまあ、いくら架空の自分がモデルだからといって、頭ごなしに否定するのは良くないことだ。漫画感想用のアカウントである以上、漫画や小説なんかは好きだが……かくいう自分には創作意欲もないし、創作する才覚も無い。つまりテーマやモチーフが何故か自分自身であろうと、創作者それ自体には敬意を表すべきだ。凄い部分があれば凄いとコメントし、そうでなくても思った事をそのまま呟いてきた。感想アカウントというものは、そういうものだ。


 しかしそれが、何やら最近になって異様に活発化しているのである。時には超絶技巧の速筆パロディ絵師がコンテストを開催し、時にはプロアマ乱れる中で短編コンテストに優勝した人が毎日のように小説を書き続けており、それに伴って本物のプロまで参入する始末だ。どういう事なの……と呟いた回数は、今まで食べたパンの数より多いかもしれない。

 最近は信者めいた人間が謎の精神分析までしてくる。それが合っているかは兎も角として、変に研究対象モルモットくん扱いされては、いよいよ良い気分がしない。


「疎外感、か……」


 藤岡は昨晩に自分が書いたツイートを見つめながら呟いた。それは「インターネットであれば少しは現実の疎外感から解放されるかと思っていたが、逆に恋愛話についての拒絶などで深まるばかり」であるという旨の呟きである。というのも、彼らが見ているのは単に恋愛が苦手だという部分だけではなく、なんと言うべきか「藤岡」という存在そのものを見ているわけではないように感じたからだ。酷い時には、藤岡が恋愛が嫌いなのだとか、それを内心では望んでるからそうするのだと解釈される事もあった。だからこそ、そんな彼らにどうして自分が人気なのかが分からなかった。


 何故なんや。あくまで自分は漫画感想用のアカウントやんけ。それでも、欲しいものリストから送られた小説の感想企画も進めていて、最近その本を作る羽目にもなってしまったりしたものの、誰がなんと言おうと基本は漫画感想アカウントなんや。そう考える藤岡であった。


 つまるところ彼にとっては、そんなに深く考えずにやいのやいのとやってきただけである。質問箱にクソ質問あらばスルーするなり一言で切り捨て、ちゃんと礼節と真面目な質問にはそれなりに向き合ってきた。それだけのことだ。

 どんなことだろうと自分のやり方がフォロワーにとって楽しいなら、それで良しと考えていた、過去の恥だろうとバ美肉とやらだろうと晒してきたが、それくらいやろうと思えば誰だってできることだ。

 それなのに何故こうも広まっていくのだろうか?以前、質問箱にアンチコメが来た時は「なんでこんな有名でもない漫画感想用アカウントにアンチが……?」とまで思ったものだ。だのにファンアートもシンパも増えていく。アンチより厄介な自称ファンもいる。

 これは一体どういうことなのか?自分がこんなに持て囃されるわけがないし、本気で自分が好きだと思ってるわけじゃないだろう。それとも、あるいは自分は数年くらい昏睡して夢を見ていて。ある日、起きたら知らない天井を見ている……みたいな羽目になっているのではないか?

 それくらい、自分の人生で今までにない異常事態であると藤岡は認識していた。


 しかし研究対象か……逆に言えば、自分で自分を研究したら、その理由も分かるんやないか?

 ふと藤岡はそう思った。


「ほな、試しにいっちょ探ってみるか……」


 そう呟くと、藤岡はとあるツイート記事投稿を行った。毎年やっている誕生日企画の代わりに、その""をモチーフにした小説コンテストを開いてみたのである。


 "【ご案内】トドノベルコンテスト2024 開催のお知らせ

 生誕祭企画の代わりに、皆さんから投稿頂くトドノベルを募集し、皆さんに投票して頂く企画をやります。

 エントリーは9月20日(金)。参加者の方はそれまでにエントリー作品をご用意ください。

 詳細は下記に記載。

 #トドノベルコン2024 #トドノベル"


 "#トドノベルコン2024

 エントリー用ツイートです。

 コンテストにエントリーされる方は、本ツイートにリプの形で一つずつリンクを貼って下さい。

 グロ等、何らかの注意事項あればリンクツイートに自主的に記載して下さい。

 エントリー締切:9月20日(金)24時まで"


 藤岡は漫画感想用のアカウントである。その感想の特徴は、怜悧な分析思考と、時に冷徹とまで言われるまでの合理志向。そのせいか心のないAIと言われる彼の真価は、つまるところ物事の分析に長けているということでもある。元々、機械には詳しい方だ。玄人とまでは言わないが、人並み以上には理屈に強い自認もあった。(とはいえ感情が無いというのは事実無根だし。何故そう言われるのかは分からなかったが)

 なれば、これら人気を博している各種アートだけでなく小説なども十ほども集めてみれば、何か彼らの作中に共通する事項や法則などが視えてくるかもしれない。それが今企画の狙いであった。

 そうして誕生日に行ったツイートを最後に、普段通りの忙しない生活をしつつ、やってきた小説を見て過ごす事にした……自分は一体いつ安心して寝れるのか心配であったが、まあひとまず今夜くらいは安眠できそうだ。




 そしてコンテスト、最終日――


「なんやこれは……」


 藤岡がそう呟くのも無理はない。結果から言おう。想定以上にドバッと来た。超スピードの催眠術だとか、そんなチャチ胡乱なもんにかかったのではないかと疑うレベルであった

 藤岡の視点では、まあコンテストとは言えど精々、来ても数作とか十数個。それ以上になるとしても、基本いつもの面子が来るくらいだろうと思っていた。しかし、妻からは三十は来るでしょと言われ、実際に新規参入者が何人も来ては、なんなら匿名の方も何名も小説を送ってくるし、昔なじみのアカウントから、件の絵師まで小説を送ってくる。今の時点で四十ほどのコンテスト投稿。一体全体、どういうことなんやろうかと呟く藤岡。彼の想定以上に事態は大きくなってしまったようである。

 しかし、よくよく実際に来たコンテスト作品を含めた諸々の"トドノベル"とやらを見てみると、大抵の場合「最強の殺し屋」だとか「爆弾でも傷一つ付かない無敵の肉体フィジカルギフテッドの持ち主」だとか「魔王」だとか、それぞれ自分をモチーフにはしていれど、大体は無敵みたいなキャラ付けをされている。そうでなくても時には非実在にされ、時には怪異やら幻覚のような扱いすらされている。まあ、自分が呟いた冗談である「JK」だとか「お姉さん」みたいな部分をピックアップされることもあるが、それは例外みたいなものだ。寧ろ、そういう部分をこう活かすのかと感心するばかりである……

 コンテストの作品を見るのに必死で、時間は深夜1時を過ぎ、最早2時近く。時には絡んでるTwitterのフォロワーが出たり、この状況を揶揄するような小説もある。そして大抵、ここぞという時に"とあるキャラ"が出てくるだけでも面白い……というところで、藤岡は一つの事実に気がついた。まさにエウレカ我、発見せり!と言わんばかりであった。



 これにより、漸く納得を得た藤岡は、多忙を他所よそに安眠できるようになったのである。

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