死神と黒猫Ⅱ

Kurosawa Satsuki

死神と黒猫Ⅱ

死神と黒猫Ⅱ




第一章:

ここは、イデアの世界。

人間、獣、妖精など、

多種多様な生き物が共存する世界。

始まりの樹を中心に、

それを囲むような形で、

幾つもの分かれた陸が存在する。

最初の頃は、文字通り平和だった。

差別も争いもなく、人もそれ以外も、

お互いに手を取り合い生きる場所であり、

正しく、私が望んだ理想郷だった。

けれど、私の理想は悪魔によって壊された。

人々の想いも、、何もかも変わってしまった。

王国、帝国、共和国の三大勢力に分かれ、

人々は、権力闘争や政治的支配を好むようになった。

人口の割合は、

女性が六十パーセント、

男性が四十パーセントだ。

世界の八割は自然や人間以外の生物が占め、

都心部以外の周りには殆ど人工物がない。

森や林、草原ばかり。

そのため、戦争によって秩序が崩れる前は、

女性中心社会で成り立っていた。

この世界の教会は、他の世界と違って、

悲劇的な歴史はあまり語らず、

参加を強要したり、

儀式や掟といった堅苦しいものはない。

聖書の内容は、イデアの歴史や五人の天使と女神の神話で、シンボルマークは三日月だ。

これから語るのは、

この世界で暮らすもう一人の私。

最初に願った、最初の魂。

さぁ、子供たち、

もう一度、私の願いを叶えておくれ。

……………………

「何読んでるの?」

学内にある図書館で読書をしていると、

親友の‘’アヤナ・スピネル”に声をかけられた。

「この世界について調べていたら出てきたんだ。

図書館の倉庫にあった」

「じゃ、アルトリアの事も書いてあるの?」

「この本に、死神の事は書いてない」

アルトリアというのは俺の事だ。

‘’アルトリア・α・ペルセウス”

アルトリア王国の幼い姫だ。

生まれた時から、死神の能力をこの身に宿している。

俺以外にも死神は存在するが、

今のところ、彼らとの交流はない。

詳しい事は分からないが、

付き人のヒカリから聞いた。

一応、この能力で男にもなれるが、

戦う時以外は少女の姿で過ごしている。

現在は、聖アストラシア学園に通っている。

王族関係者や、資産家など、

一部の者しか入れないエリート学園で、

学園内でも派閥争いが絶えない。

この学園では、理事長である女帝リリスによって、魔女制度が導入された。

生徒達は、白魔女と黒魔女に分かれ、

決闘をし、勝敗を決め、

自身が属する組織に貢献する。

そうする事で、裏にいるパトロン達からより良い支援を受けられる。

因みに、俺とアヤナは黒魔女側にいる。

「それより、アヤナは歌の練習しなくていいのか?オペラコンクールも近いんだろ?」

「大丈夫だよ。こう見えても、

歌に関しては誰よりも自信あるんだから」

「まぁ、それは認めるよ」

アヤナは、生徒みんなが認めるくらい歌唱力が高く、学園内で行われるコンクールでも賞を取る程の実力者だ。

彼女の夢は、歌の力で皆を笑顔にすることらしい。

怠けている訳ではないようだが、

実際に練習している姿は殆ど見たことがない。

「アルトリアの方こそ、明後日やる決闘の準備はしなくてもいいの?」

「準備は終わったよ。

あとは、本番で奴がどう出るか…」

「一応、私たち黒魔女が優位ではあるけど、

対戦相手がよりにもよって、

ルーデルだからなぁ」

白魔女の“ルーデル・β・ルシウス”とは少し因縁がある。

彼に負ければ、王家の格が下がるうえに、

俺のプライドにも傷がつく。

それに、彼も俺と同じ死神だ。

油断はできない。

「それ、何読んでるの?」

アヤナは、俺の手元にある一冊の書物を指さす。

紅色表紙には、小さな文字でグリモワールと書かれている。

グリモワールの書、別名“イデアの書”と呼ばれているこの本には、イデアに関する情報が事細かに書かれている。

いわゆる、歴史書であり聖書だ。

書物を開くと、一頁目に、

‘’神というのは、人々が創り出した概念だ。

悪魔とは、己自身が持つ本能の事だ。

鏡に映るその姿こそ、睨むべき相手だ。

人生とは、己との戦いだ…”と書かれている。

出版元の聖カタロニア教会に確認を取ったが、

最初のページに深い意味は無いそうだ。

「そういえば、

今日は“にゃいにゃい”の姿がないね?

二人はいつも一緒にいると思ってたけど」

彼女の言う“にゃいにゃい”とは、

猫の顔をした真っ白な生物のことだ。

ぬいぐるみのような肌触りなので、

いつも抱きかかえているのだが、

今日は、朝から彼の姿を見ない。

「まぁ、気が向いたら戻って来るよね」

「先、行ってようか」

俺は、本を棚に戻してから、

親友のアヤナと共に図書館を出た。

気づけば、陽が落ちていた。

街灯を頼りに目的地へと歩を進める。

向かった先は、

今夜行われる社交パーティーの会場だ。

夜の社交パーティーでは、

学園の生徒だけが集まり、

食事をしながら、それぞれの会話を楽しんでいた。

円形のテーブルには、ステーキやサラダ、

料理人が一晩掛けて生み出した極上のスイーツが所狭しと並べられている。

ちなみに、これらの料理は、

料理長をしている“レッド・スピネル”が作ったものだそう。

アヤナの父親であるレッドは、

気前のいい人で、黒魔女、白魔女に関わらず、

多くの生徒から好かれていた。

「このステーキ美味いな。

隠し味は、緑竜の牙か?」

「そう、さっきパパに聞いたら、

緑竜の牙をタレに浸したんだって」

「なるほど、通りでまろやかなコクが…」

食事を楽しんでいる最中、

突然後ろから肩を叩かれた。

「よう、アルトリア」

「ルーデル、なんでお前が黒魔女の寮にいる?」

俺の肩を叩いたのは、ルーデルだった。

「お互い、寮の出入りは自由だったはずだろ?」

「それで、何しに来た?」

「心配するな、お前を煽りに来ただけだ」

「なら、好きにしろ」

「ったく、相変わらず釣れないやつだな」

「決闘は明後日の早朝だ。

俺を揶揄う暇があるなら、

さっさと寝ればいいだろ?」

「ちっ…」

不服そうに舌打ちをされるが、

それもガン無視でいいだろう。

確かに、ルーデルとの決闘も重要だが、

今はそれよりも、やるべきことがある。

「アルトリア様、リリス様がお呼びです。

大至急、理事長室まで来るようにとの申し出です」

「わかった、直ぐに行く」

俺の秘書を務める “ナツメ・ヒカリ”から、

理事長室へ向かうように言われ、

持っていたグラスを置いて席を立つ。

「またあの話か…」

「恐らく、お察しの通りでしょう」

「ったく、面倒だな」

どうせまた、俺が持っている契約の証を寄越せと言うのだろう。

髪飾りのような形状をしているこの契約の証は、

俺たち死神にとって、命と同等の価値がある。

これには、契約した死神を意のままに操れる力があり、通常は、死神と正式な契約する事で、

初めて契約の証を所有できる。

そして、主を決めるのは俺達だ。

ライバル関係にあるルーデルも、

俺と同じ死神だ。

奴のコードネームは、“イカロス”。

俺は、契約の証をアヤナに渡すつもりだが、

女帝リリスがそれを許さない。

俺のコードネームは、“イデア”。

この世界で最初の死神だ。

リリスが俺に拘るのは、

俺ですら知らない俺の中に眠る力があり、

それは世界を根底から変えてしまう程のものだと、秘書のヒカリは言う。

「今回も、なるべく穏便に断りたいところだが…」

「それは貴方さま次第です」

「わかってるさ。何とかする」

「どうか、お気を付けて」

………………………………………

ついに、この時が来た。

ここで俺達が決着を付けることで、

黒魔女と白魔女の、両勢力による衝突も、

一旦幕を閉じるはずだ。

白魔女側の代表であるルーデルと、

黒魔女側の代表の俺は、

闘技場(コロッセウム)の門を潜り、

互いの顔を凝視する。

殺意はないが、因縁がある者同士、

こちらとしても、絶対に負けられない。

「戦いが人を狂わすのか?

狂っているから戦うのか?

何れにせよ、この戦いは必然だ」

「ルーデル、お前との戦いも久しいな」

「アルトリア、今日こそ貴様を討つ!」

先に動いたのは、ルーデルだった。

奴の固有能力は、人知を超えた怪力。

大地を自由に操り、百匹の象を軽々持ち上げられる程の腕力を駆使して、フィールドを支配する。

「どうした?お前の力はこんなもんじゃないだろ!守るばかりじゃ何も得られんぞ!アルトリア!」

「くっ…」

マズイ、奴の言う通りだ。

防御ばかりで、全く攻撃を与えられない。

このままでは、一瞬で隙をつかれてしまう。

押されながら、降り掛かって来た相手の刃を、

すかさず黒騎士の剣で受け止める。

今の所、こちらが劣勢と認めざるを得ない。

このまま何も出来ず、圧倒的な力にひれ伏すのか?

いや、まだ策はある。

タイミングを見極めて、隠し技を披露してやる。

「今だ!」

左の拳に力を集中させ、技を撃つ体勢に入る。

後は、相手の懐にさえ入ってしまえば…

「余所見をするな!」

「なっ!」

瞬間移動でルーデルの後ろを取った。

ルーデルが振り向いた瞬間、

奴の鳩尾に渾身の一撃を加える事に成功する。

ルーデルは気を失い、その場で倒れた。

結果、この戦いは黒魔女側の勝利となった。

「大丈夫か?」

後日、ルーデルは医務室のベッドで治療を受けていた。

俺が狙い撃ちした箇所には包帯が巻かれていたが、傷も癒えたようで、本人は元気そうだ。

「なぁ、黒魔女の証を出せ」

「急にどうしたんだ?」

「和解の証だ」

「いいのか?」

「良いんだよ、喧嘩はもう終わりにしようぜ」

ルーデルはそう言いながら、自分が持っている白魔女の証をズボンのポケットから取り出して、

和解の印に、俺の黒魔女の証と重ね合わせた。

………………………………

今、“アヤナ・スピネル”の手元には、

サイクロプス計画に関する一冊の書物がある。

理事長室の裏側にある機密保管庫に侵入し、

学園の機密情報を手に入れたという訳だ。

「公爵の娘がこんなところで何をしているんだ?」

手に入れたのはいいが、リリスに見つかり、

逃げ遅れてしまった。

「こんな事間違ってます!

今すぐ計画を中止してください!!」

「無理だ。捕らえろ」

「そんな…」

「お前は、見てはいけないものを見て、

知ってはいけない事を知った。

これからどうなるか、お前も分かるだろ?」

「私を殺したところで…」

「これは戒めだ」

誰にも知られてはいけない物を盗んだとあれば、

当然、簡単に許されるはずもなく、

アヤナは、すぐ様牢獄に連行された。

捕まった事をルーデルから聞いたのは、

アヤナが公開処刑される三時間前だった。

俺らは、アヤナを救出するため、

作戦を立て、助けに向かう準備を進め、

アヤナがいる場所へと向かった。

牢屋から出て処刑場へ移動するタイミングを測り、速やかに敵を仕留める。

増え続ける敵に足止めを食らうが、

敵の相手は相棒に任せ、アヤナの元へ向かう。

足止めを喰らったせいで出遅れてしまい、

目的地の処刑台の前まで辿り着いたものの、

今まさに、観衆が見守る中で処刑が始まろうとしていた。

観衆の視線の先には、

十字架に縛られたアヤナが居て、

観客席から狙う十二人の兵士が、

アヤナに小銃を向けている。

「らーらーらー……」

美しいソプラノの音色が、

静まり返ったこの場に響き渡る。

涙を流しながら、

「目を覚まして、どうか私の話を聞いて」と、

みんなに視線を送るアヤナ。

処刑を止めようと、アヤナの元へ駆け寄ろうとするが、寸前の所で屈強な男達に捕まってしまう。

「やめろ…」

もう、誰にも止められない。

「やめろ……」

アヤナが歌い終わった瞬間、

銃声が虚しく鳴り響いた。

数秒の悲鳴の後に、再び静まり返った観客席。

目を覆う者だけでなく、

嘔吐して会場から離脱する者が現れた。

「あんまりだ……」

会場が俺一人になった時、

俺の瞳から、数滴の涙が零れた。

そして、血に染まったアヤナの抜け殻を抱き寄せながら、アヤナとの日々を懐かしむのだった。

……………………………

結局あの後、後悔だけを残して数日過ごした。

食事も碌に喉を通らない。

「フォークが進んでないようだな、

せっかくの肉が冷めてしまうだろう。

気に病むのも無理は無いが、

このまま拗ねてるだけじゃダメだ」

ルーデルの励ましも、今の俺には無力だ。

気を使わせて申し訳ないが、

今はそれどころじゃない。

「殺してやる……」

「えっ?」

「だから、リリスに復讐するんだよ!」

「お前、正気かよ!」

「アイツは俺が狙いなんだろ!?

だったら、遅かれ早かれ殺し合う運命なんだよ!

アイツと俺は!!」

「そうか、なら準備は怠るなよ」

「あぁ、わかってるさ」

………………………………………………

アヤナが死んで、一ヶ月が過ぎた頃、

俺は理事長室に呼び出された。

理事長室のドアを乱暴に開けると、

窓際に、気色の悪い笑みを浮かべるリリスが居た。

「ねぇ、アタシが憎い?」

「巫山戯やがって…」

「着いてきて」

怒り心頭の俺の言葉を遮り、

俺の腕を引っ張りながら歩き始めるリリス。

俺らが理事長室を出て向かった先は、

学園にとって重要な場所である時計台の上。

直径二百メートルもある巨大な塔の屋上だ。

「もう、そろそろいいでしょ?

ね?私のモノになりましょ?」

「俺は、お前の玩具じゃない!」

「この後に及んでまだ楯突くというの?」

「当然だ」

「ちっ、このクソガキが!」

俺は、リリスに胸ぐらを掴まれる。

相手は、十字架を模したアメジスト色に輝く十騎士の剣を持っている。

その剣は、素人では到底扱えない代物で、

刃先から数秒で死に至るレベルの猛毒を出す。

そして、百人同時に相手をしても折れない程、

頑丈で強い武器でもある。

リリスも、本気だという事なのだろう。

それでも、容赦のない力量に怖気付くこと無く、

リリスの瞳の先を睨みつけた。

誰の台詞なのかは知らないが、

弱い犬ほどよく吠えるとは能く言ったものだ。

腹や頬を殴られ、蹴飛ばされながら、

痛みに耐えて立ち上がろうとする俺の頭を

ヒールの底で踏み続けるリリス。

何度も、何度も踏みつけられ、

その度に額が地面にめり込んで、

脳にまで激痛が走る。

吐血しながら、それでも俺は再び立ち上がる。

「喧嘩がしたいなら他所でやれ!

大衆を巻き込むな!!」

「やっぱり、悪魔に身を売ったわね。フフッ」

呼吸を整えると、全身から力が溢れるのを感じ、

頭の中の獣が“殺れ”と繰り返し囁いている。

両腕が漆黒の刃へと生え変わり、瞳の中が血のように赤く滲んでいるのが、鏡がなくとも分かる。

“バーサーカーモード、発動”

鼓動が止まった瞬間、悪魔が体の主導権を握った。

怒りに身を委ね、反撃を始める。

正しい戦術とか、合理的な判断とか、

それを冷静に考える余裕はなかった。

ただ闇雲に、リリスへ攻撃を当て続けた。

その姿はまるで、獣のようだった。

激しい打撃戦を繰り広げるも、

圧倒的にこちらが劣勢な事は、

素人の第三者から見ても明らかだった。

「消えてなくなれー!!」

俺は、最後の力を振り絞り、

一撃必殺を撃つ体勢に入った。

「無駄よ、諦めなっ!」

どうやら、相手も同じ事を考えているようだ。

リリスが掌を上げた途端、

空から巨大なブラックホールが出現した。

俺は、両腕から魔法陣を生成し、

地面にリリスと同じものを作る。

リリスのよりは小さいが、

ここで撃たねば後がない。

歯を食いしばり、全魔力を両手に集中させる。

『ブラック・レボリューション!!』

タイミングは、ほぼ同時だった。

二人の掛け声と共に、辺り一面が闇に包まれた。

勝敗は、この技を撃つ前から決まっていた。

リリスは手加減したようだが、

本気を出せば、惑星一つを容易く破壊する程の力を出せる禁忌な技だ。

俺は、リリスに敗北した。

「どうやら、まだ未熟みたいね。

生け贄にするのは、しばらくおあずけね。

その日が来たらまた迎えに行くわ。

おやすみ、アルトリアちゃん」

リリスはそう言いながら、

ぴくりとも動かない、

抜け殻同然の俺の体を時計台から蹴落とした。

俺は、僅かに聞こえる鼓動を感じながら、

深い眠りについた。



第二章:

「君、ここの者ではないな?

我々と同じ匂いはするが…」

透き通った男の声を聞きながら目を覚ます。

目の前には、真っ黒な衣服を羽織り、

私に優しく手を差し伸べている赤い瞳の男がいた。

彼の背丈は、平均よりもやや低い。

その顔面に宿した美貌のみならず、

艶やかな長髪を後ろで結んでいて、

まるで女の子のような見た目をしている。

「ここ…は?」

「イデアだ」

「イデア?」

「この世界に生きる我々はそう呼んでいる」

「そうなんだ」

「帰りたいのか?」

「当たり前じゃない!」

「なら、俺に着いてきな」

彼に優しく手を引かれ、

中世ヨーロッパ風の建物が連なる大通りを進む。

至る所で見かける看板は日本語なのに、

世界史の教科書や創作の中で登場するような景色に圧倒されながら、彼の行先へ歩き続ける。

「俺は“黒猫サツキ”。

君、名前は?」

「“夏川 千夏”です」

「千夏か、とても良い名前だな」

「あ、ありがとう」

ぎこちない会話がしばらく続き、

やがて、コンサートホールにあるようなサイズの扉の前で止まる。

扉の上部に掛けられた銅製の看板には、

“THE FOOL(愚者)”と太文字で大きく書かれていた。

「着いたぞ、ここが俺たちのギルドだ」

ゆっくりと扉を開けて中へ入ると、

新宿歌舞伎町にある高級ホステスのような内装が目に飛び込んできた。

酔っ払い同士の喧嘩や、永遠と独り言を呟いている人を素通りし、受付と書かれた札の前まで行く。

「あら、新人さん?いらっしゃい!

“THE FOOL ”へようこそ!」

受付の前で、金髪の幼い少女に声をかけられる。

サツキによれば、

この人は、このギルドのマスターらしい。

名前は“アリス・ラビット”、

年齢等は教えて貰えなかったが、

サツキと二人でこの“THE FOOL ”を建てたそうだ。

私は、彼らのペースに流されるまま、ギルドに加入する為の手続きを済ませ、ギルドのみんなに自己紹介をしてから、案内されたカウンター席につく。

私の隣で、小さくて丸い白猫に似た生物がクリームソーダを吸い込むように食べている。

「そいつは、“にゃいにゃい”っていう謎の生物だ」

「なんか、猫タヌキみたい」

にゃいにゃいの頭を撫でてやると、

頬がほんのりと赤くなった。

「君、新入り?」

「は、はい!

ちょうど今加入しました!」

「俺はルーデルってんだ、よろしくな!」

「はい、よろしくお願いします!」

ルーデルは、チャラそうな雰囲気の男性だ。

サツキと同い歳だそうだが、

小柄なサツキとは対照的な高身長イケメンである。

「そこの可愛いショートヘアのお嬢さん、

あなたに依頼したい事があるんだけど、

ちょっといいかしら?」

ルーデルと雑談している最中、

ギルドに居た強かな茶髪の女性に声をかけられた。

加入早々、街の住人に依頼を受ける私。

クエストの内容は、希少な薬草を採取する事。

私は、その依頼を快く引き受け、

万全の準備を整えてから、

サツキと共に、目的地まで向かった。

薬草の名前は、“ルミナリエ”。

ルミナスの森に生息していて、

夜になると、青色に発光する綺麗な花。

それを粉状にし、

天然のお湯と混ぜると回復薬になる。

道中は、精霊ムンクの肩に乗って移動する。

何人乗ってもムンクにとっては重くない、

人間で例えると、ミカンを肩に乗せている感覚らしい。

旅の途中、白竜と黒竜に出会って仲良くなった。

「あれは何?」

頭上を指さす私の視界には、

雲よりも高い巨大な樹木が聳え立っていた。

樹木には、根っこ同士が螺旋状に絡まり合っている。

「生命の木。別名、始祖の跡。

この世界に存在する命あるモノは、

この生命の木から生まれたんだとさ。

イデア教の教えではね」

「こっちの世界にも、

カトリックみたいな宗教があるんだね」

「宗教というより、

この世界を牛耳る一機関と言った方が正しい。

君の世界でいう、カトリックみたいに、

掟とか、排他的な価値観はないよ」

イデア教の理念十五箇条。

・信仰とは、相手に押し付けるものでは無い。

・信仰とは、己のみ知る正しさである。

・信仰とは、生活を豊かにする手段でしかない。

・信仰とは、苦であってはならない。

・信仰とは、個人の思考であり意志である。

・信仰とは、他力本願の道具ではない。

・自分の信じたいモノを信じよ。

それについて、神は咎めもしないし褒めもしない。

・神というのは、各々が持っている意志が具現化されたものに過ぎない。

・正義とは、己の行いを正当化する為の手段である。

・価値観の押し付け合いは誰も幸せにならない。

・それを押し売りした瞬間、正義は崩壊する。

・己というのは、己にとって一番の敵であり味方である。

つまり、自分の敵は自分であり、

自分の味方は自分だけだ。

・言葉は、薬であり猛毒だ。

たった一言で、人を殺し、

人を不快にさせ、人の命を救い、

人の行動をコントロールする事だってできる。

・自由を愛し、自由であれ。

・神もまた、人間だ。

教会は、人々は、自分らの思想を相手に押し付けないし、押し付けてはいけないと教わる。

神を否定しようが崇拝しようが人の勝手だ。

犯罪などの淘汰されるべき事は別として、

教会とは、飽くまで人々の居場所であり、

憩いの場であり、

それを壊す者こそ軽蔑されるべきだ。

というのが、教会側の主張だ。

そして、イデア教の信仰者達が集まる場所、

聖カタロニア教会 ユリウス集会所は、

そういった、過激派の連中を武力行使をせずに黙らせ、生命平和主義を掲げている団体である。

「どうして、カトリックの事知ってるの?」

「君のいた世界の事は、本で知ったよ。

皆、フィクションの話だと思っているけどね」

題名、地球という名の蒼い星。

著者は不明。

地球という蒼い惑星で生きる人間の、始まりから高度な文明を築き上げるまでの話を綴った人気の長編シリーズ。

幾つもの国々で起きた大飢饉や、

様々な悲劇を生んだ世界大戦などを中心に、

架空の人類史を事細かに書いたのだという。

イデアの世界でも、似たような出来事は多々あるそうだが、それでも、この作品に描かれている内容の大半は目を覆いたくなる程惨いものばかりだとサツキが悲しげに言う。

「なんで、私のいた世界が実在するって分かるの?

この世界の人はフィクションだと思ってるんでしょ?」

「直に分かるさ。

それ以上は、秘密事項だから言えない」

「ふーん、そっか」

生命の木に暮らす者たちがいた。

彼らは、イデアの十二使徒と呼ばれ、

生命の木を守る英霊たちだ。

サツキが、私にそう教えてくれた。

「実は、黒竜と白竜はイデアの十五使徒なんだ」

イデアの十二使徒は、神に近い存在ではあるが、

生命の樹で暮らしているというだけであり、

街で暮らす人間とあまり変わらない立ち位置にいるそうで、世界の危機をどうにかできる力もない。

それに、彼らの価値観では、

どんな結末になろうと仕方ない事。

世界の行く末を甘んじて受け入れるのが彼らの生き方だ。

そう、サツキが説明してくれた。

せっかく友達になれたので、

私たちは、白竜達にルミナスの森まで案内して貰うことにした。

目的地に着く頃には、日も暮れていた。

ルミナスの森に着くと、

まるで蛍の群れが舞うように、

色とりどりの花びらが光り輝く光景が、

辺り一面に広がっていた。

それから、無事に“ルミナリエ”を摘み終え、

依頼人の元へ急いで届ける。

一睡もせずに引き返したが、

ギルドに戻る頃には朝になっていた。

依頼人の女性から、お礼という形で薬が入った首飾りをもらった。

お守りとして、首に掛けて大切にしよう。

「そうだ、千夏に渡したい物がある」

そう言いながら、服の内ポケットからサファイア入りの指輪を取り出したサツキ。

「これは?」

「契約の証だ」

単刀直入に言うと、契約して主になってほしいとの事。

この指輪を所有すれば、契約した彼ら死神を思うがままに操る事ができるらしい。

死神についての説明がまだなので、

詳しい事は分からないが、

要するに、モンスターを捕獲したり、

捕獲したモンスターで戦ったりするあの世界的人気を誇るゲームと似たような原理なのだろう。

「それで、契約したら何のメリットがあるの?」

「俺に命令できる。

主の命令は絶対だからな。

お前が誰かを殺せと言ったら、

俺の意志とは関係なくソイツを殺らなければならない」

「それって、あんた達には都合の悪い話じゃない?」

「命令に従う代わりに、通常よりも何十倍もステータスをあげることができる。

それに、死神にも主を選ぶ権利はあるし、

我々が求めているのは、

純粋な心を持った少女だけなんだ」

「それってつまり、私もってこと?」

「当然だ」

「異論は無い」

まだ使い方もよく分からないし、

あっち系のビデオにアリがちな、やらしい事を妄想するほど腐れ外道になるつもりは無いので、私は世界の危機でも来ない限り使わないと思う。

「どうして、私に?」

「君に頼みたいことがある。

共にリリスを倒してくれないか?」

サツキの言うリリスとは、

ビクトリア帝国とその周辺国を支配する世界最強の女帝であり、この世界にとって反乱分子と言える存在だ。

数年前、サツキの親友がリリスに殺され、

それに激怒したサツキは、

亡き親友の仇を打つ為、リリスに立ち向かったが、当時は、手も足も出ないほど適わなかったそうだ。

正直、その女帝となんの面識もない私が、

サツキの復讐に手を貸す義理はないけど、

サツキの悔しそうな表情を見て要件を承諾した。

「ミリタリーマニアってやつか?

兵士にでもなりたいのか?」

サツキは、私がルミナスの森へ行く前に武器屋で購入した珍しい小銃や拳銃を指さしながら尋ねる。

旅の最中に私が使っているのを見て、

武器に興味を持ったようだ。

「銃には興味あるけど争いは嫌い」

「そのセリフ、矛盾してないか?

それがあるから戦争が起きるんだろ?」

「銃がなくたって人は殺し合う」

「それもそうか」

…………………………

私がこの世界に迷い込んでから一週間後。

ギルドレベルSSR “JUDGEMENT (審判)”代表の“アネモネ”が、私たちのギルドを訪ねてきた。

彼女らは、二十個以上あるギルドの中で一番強く、私たちが所属している一般ギルド等を取り仕切る組織だ。

出会って早々に、アネモネの口からリリスが目論んでいる計画について聞かされる。

ジェノサイド計画と呼ばれているそれは、

SSRギルドの“THE WORLD”と共に、

大量殺戮を行うというものだった。

私たちは、長時間にも及ぶ話し合いの末、

リリスたちの計画を止めるべく、

各ギルドに要請し、作戦を練ることにした。

そして、ギルド側のスパイによって、

戦艦が数十五隻と、数十万体の大量人型殺戮兵器オートマトンが、アルトリア王国とビクトリア帝国を結ぶ海域に身を潜めているとの情報を得た。

リリスが所有するオートマトンのプログラムには、“王国の全てを強奪せよ”とあったらしい。

おそらく、リリスの軍勢とギルド側の全面戦争が予想される。

私の提案で、ジャッジメントを中心に、

陸、海、空の三陣営を結成し、

サツキと私は空からの攻撃部隊に参加する事になった。

アルトリア王国軍と各ギルドメンバーが手を組み、ビクトリア帝国軍から王国を守るのが、

我々の役目だ。

前線では、戦闘員達が無線で通信しながら戦い、

後方の司令塔では、非戦闘員らが、

モールス信号を私たちが装着している無線に送り、指示や支援を行う。

おそらく相手も同じような作戦に出るはずだ

幸い、アルトリア王国軍が所有する戦艦数隻と、

ギルド側が用意した武器や救援物資は十分にある。

人員確保も問題ない。

はるか昔に同盟を結んだ三つの王国が力を合わせれば、怖いものナシだ。

「奴らは、軍事行動に出る気だ。

今更、計画を中止する意思は無い。

もはや、講和まで持っていくのは不可能だ」

「私たちは地上から援護する。

千夏殿、前線で指揮を頼むぞ」

「はい!任せてください!」

「行くぞ、魔王の城へ」

「各員、生還を祈る!」

…………

作戦開始の二十分前、

私は、サツキに自分の祖父が兵隊だった頃の話をした。

「これはね、祖母から聞いた兵隊だった祖父の話」

第二次世界大戦当時を生き抜いた祖父が目にしてきた光景を私は淡々と語りだす。

帝国海軍第十三航空隊飛行隊長 “夏川政宗”。

今は亡きその勇士は、孫の私にも引き継がれている。

一方その頃、

街では、サイレンが鳴り響く中で人々が避難を始めている。

「聞こえるか?全部隊、応答せよ。オーバー」

「聞こえてます!」

「そのまま進行を続けてくれ。

向こうからの攻撃を待つんだ」

「了解!」

私達はついに、大量人型殺戮兵器オートマトンと対面する。

「前方に敵部隊発見!総員戦闘準備!」

無線で仲間と上手く連携を取りながら、

海上で自動操縦式の戦艦と飛行型オートマトンとの戦闘が繰り広げられる。

指揮は、白竜に乗った私がとる。

前方には、行く手を阻む双子と死神の姿があり、二人を相手にルーデルは苦戦する。

紫の瞳がカイル、黄緑の瞳がアヘルだ。

「あれがオートマトンか!?」

「クソ!なんでこの世界にこんなものがあんだよ!奴は、本当に戦争がしたいのか!?」

「みんな、気をつけて!」

「対空防衛ライン、突破されました!」

「くっ…」

「止めなきゃ…やめさせなきゃ…守らなきゃ…」

自動追尾型の対空ミサイル十三発が私達を襲う。

一旦回避行動をとるが、全弾命中してしまう。

そうこうしているうちに、二発目が発射される。

「大艦砲用意!撃ち方始め!!」

「敵の空母を撃ち落とせー!!」

空襲警報発令。

命令コマンドによってオートマトンが暴走し、

アルトリア王国の領空内に侵入したオートマトンが次々と市街地に突撃していく。

「クソっ!なんで理想の世界で戦争なんか起こるんだよ!!神様は何やってんだ!?」

「まだ若い連中もいるというのに…」

「戦争が起こらなければ……」

「隊長ー!隊長ー!ぐはっ!」

「どうして、こんな事に……」

今度は、私を目掛けて追ってくるオートマトン達。

私も、必死にライフルを連射する。

「私たちで守るんだ!くっ、こうなったら…」

涙目になりながらも攻撃をどうにか交わし、

敵艦に最大火力の攻撃が命中。

突然、私の脳内にモノクロの映像が映し出される。

これは、祖父の記憶だろうか?

帝国陸軍の戦闘機パイロットとして戦っている様子が、主観視点で淡々と流れる。

操縦レバーを握りしめ、闇雲に機銃を乱射している。

その後、被弾して敵艦隊に突撃して死亡。

ここで脳内の映像は途絶え、再び現実に引き戻される。

「巡洋艦と駆逐艦を全て撃破!

あとは、オートマトンの大群を始末するぞ!」

「ダメ!敵の数が多すぎる!」

「ここは俺らに任せろ!

千夏とサツキは、リリスの所に向かえ!」

「了解! 海域を離脱する!」

そこから、

リリスのいる領地に飛行状態のまま侵入。

「再びこの地に降り立つのか…」

地上にも凡そ三万体のオートマトンが巡回している。

「油断大敵よ」

「わかってる。

ここは危険だ、裏から回ろう」

「わかった」

私とサツキは、裏側からビクトリア城の内部に潜入し、螺旋階段を降りて、リリスのいる場所へと急いだ。

…………………………………

ビクトリア城の最下層。

そこに、結晶体に変貌したリリスの姿があった。

私たちが見たものは、正しく人の形をした化け物だった。

結晶体と一つになったリリスは、下半身が結晶に埋もれて身動きが取れないようだ。

「あんたの事、みんなから聞いたよ。

はっきり言って、どんな事情があろうと、

私はあんたを許さない。

悲しみから何も学んでない」

「千夏の言う通りだ。

あんたは間違えすぎた。

贖罪しようにも、しきれないほど、

己の罪を増やしすぎたんだ」

「黙れ!!

お前に私の何が解るって言うんだ!!

お前に私の苦しみが解ってたまるか!!

私は...私は...お前とは違う!!!」

リリスは完全に正気を失い、

私たちの事など見えていないようだ。

ただひたすらに、この世界を創造した神への恨み辛みを叫ぶ。

「そうさ、終わればいい!

こんな世界なんぞ、壊れてしまえー!!」

リリスがブラックレボリューションを発動する。

数多の刃が空から地へ降り注ぐ。

「千夏!」

「何!?」

「俺に命令しろ!」

「今すぐリリスを止めて!」

「わかってる!」

防御を捨て、

攻撃力、特殊攻撃力を最大値まで振る。

「永遠なんていらないんだよ!

理想なんてありゃしないんだよ!!

嫌いだ!!嫌いだ!!

永遠もこの世界も大嫌いだ!!

私が壊してやる!!何もかも消してやる!!」

「目を覚ませリリス!

もう貴様の憎き者達はいない!」

「黙れー!!!本当の悪魔は貴様ら人間だ!

薄汚い利己の欲深ささえ客観的に見れない阿呆共が!

それが貴様ら人間の本質だ!

勝手に期待して、勝手に失望して、

それが貴様らのやり方か!!!

私は忘れてないぞ!貴様らのやらしい面を!

私は忘れてないぞ!!!今まで積み重ねてきた貴様らの淫らな業を!

今すぐその命をもって無惨に死んでいった者たちに詫びろ!!!

返せよ!私から奪ったモノを!

私の大事なモノを返せぇぇ!!」

異空間から出現した無数の刃が私達を襲う。

それでも、逃げずにリリスの前に立ち向かう。

「だからって...関係ない奴巻き込むなー!!」

サツキは、最後の力を振り絞り、

必殺技のホワイトレボリューションで切りつける振りをする。

さらに、リリスに届くか届かないかの距離で、

そのまま必殺技を解除。

その後、リリスを抱きしめた。

リリスは正気に戻り、ようやく人間らしい涙を流す。

“奴...許せない、妹を殺した...奴らが。

私たちを食い物にした彼奴らが”

それと同時に、リリスを縛り付けていた結晶が崩壊した。

空から暖かい光が雪のように降り注ぐ。

「マ…ヤ…なの?」

「もう泣かないで、姉さん...」

リリスにそう囁くのは、リリスが知る妹の声。

「もう、終わりにしよう。

また、理想の世界に戻そうよ」

「マヤ、ごめんね…私…もう頑張れないよ…」

辺りに、モールス信号が鳴り響く。

単調なリズムで終戦を告げる。

「作戦成功。全部隊、帰投せよ」



END












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死神と黒猫Ⅱ Kurosawa Satsuki @Kurosawa45030

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