代打・羊男

崇期

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 羊男は何より貧乏だったので、クリスマスにもケーキを買ったことがなかった。だからあなたがくまのプーよりかわいい彼女に指輪を買ってやれなかったとしても、嘆くことはない。この世界には貧乏な羊男がいて、自分が食べる年に一度のケーキや、三時のコーヒーと一緒に楽しむドーナツでさえも用意できずに涙をこらえているのだ。



 そもそもの始めは、カクヨムで「村上春樹ものまね大会」という企画が開催されたことに尽きると思う。とびっきりユニークな企画だな、というほどでもなければ、多くの企画に埋もれさせておくには惜しいと言えなくもない、という企画にも思えた。 

 僕はパン屋襲撃の帰り──僕たちは大学時代、暇さえあればパン屋を襲撃していたのだ──どちらを向いてもドーナツ・ショップが見える広場のベンチに腰をおろして、連れと二人でカクヨムの自主企画について会話を交わしていた。


「貧乏な羊男について何かを書いてみたいんだ」僕は連れに向かってそう言ってみた。

「それよりドーナツって、穴を覗いている間はという命題を抱えていると思うの」彼女は昨年のクリスマスから〈ドーナツ化現象〉に襲われていて、子飼いのトナカイがサンタクロースから逃げられないように、ドーナツに囚われ続けているところだった。

「村上さんがミャクルト・スワローズのファンだから、それもテーマとしては捨て置けないと思う。羊男は貧乏から脱却するために、ミャクルト・スワローズの入団テストを受けて、代打のエキスパートとして活躍するんだ」

「あなたがそれを書くの?」彼女は驚いた顔で言った。

「そう。あるいは貧乏な羊男について、僕は何一つ書けやしないのかもしれない」

「あなたは貧乏な羊男について小説を書きたい」ドーナツのように甘ったるい沈黙の後、彼女はドーナツに刻印されている文字を読み上げるようにそう言った。

「これはもう好む好まざるを言えない問題としてここにあるんだ」

「だったら書いちゃえばいいわ。好きにしなさい」彼女は七月の青い空を見上げて言った。「でもお願い。私のドーナツについても忘れないでね。あなたはそれを放っておくことはできないのよ。あなたはすでに私を通してドーナツ化しているのだから」

「オーケー、僕はドーナツ化している」

「そう、あなたはドーナツ化している。ミャクルト・スワローズがセ・リーグの球団であることと同じくらい明確な事実よ」




 羊男は何より貧乏だったので、ミャクルト・スワローズの入団テストを受けることにした。だからあなたがビール片手に野球中継を観ていたとき、羊衣装を身につけた小太りの選手がバッターボックスに立ったとしても、どうか球団窓口に問い合わせることだけは遠慮してほしい。なぜなら、ミャクルト・スワローズは現在■位に転落していて、あなたのご機嫌を取る余裕なんてこれっぽっちもないからだ。

 あなたがビールのつまみにときんぴらごぼうを炒めているとき、羊男は菅野のスライダーを見送っているだろう。あなたがワカメ入りのポテトサラダをつまんでいるとき、羊男はベンチからバンドのサインをもらって、目をぎょろぎょろさせ、衣装の下にはびっしょりと汗をかいている。

「僕は代打の切り札、羊男。だけどときにはバンドもするだろう。だって、これはすべて貧乏のせいであって、ミャクルト・スワローズには何の責任もないのだから」


 羊男のバットが空を切り、高い高いフライがレフトへと運ばれていく。

「どうしよう、あのレフトの向こうにマクドナルドがあると言われても、僕はあんなスピードで飛んでいきはしないぞ」羊男はがっかりして言った。「こんなことなら家でおとなしく布団をかぶっていればよかったよ」

 世界はドーナツの穴を通してつながっていたし、そもそもドーナツには穴なんて存在しないと主張する人たちもいるだろう。それは僕と彼女が猫を交互に膝に乗せながら一缶のビールを分け合って飲んでいたころ、大量虐殺など、そんなものは存在しなかったと主張したあくの強い政治家と同じだ。

ひつじおとこ、、、、、、」と僕は言った。「世界はまだまだ君の活躍を必要としているんだ」

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代打・羊男 崇期 @suuki-shu

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