第30話 もう一度会った時には
その日は朝から雨だった。
「ママ〜!」
あたしの前を見覚えのある幼い少女が走り抜けていく。長靴を履いて、傘をさしながらあどけない笑顔を浮かべる彼女を母親が朗らかな笑みで迎え入れると、手を繋いで歩き出す。その光景に、あたしは思わず目を細める。
「ごめ〜ん志穂! まだギリギリセーフだよね!?」
すると、背中から聞き馴染んだ声が聞こえてきたので振り返る。真奈が手を振りながら小走りでこっちに向かって来ているのが見えた。あたしと同じく傘を持っているせいか、少し走りづらそうだ。
「セーフセーフ。大丈夫。間に合ってるよ」
「良かったぁ〜……。……じゃあ早速だけど行こっか志穂」
「うん」
真奈の言葉を合図に、あたし達は雨の中を歩き出す。行き先は図書館。理由は中間テストの勉強。
「でも珍しいね。真奈いつもだったら遅くても5分前には来るのに」
「山の事件のこと聞かれちゃっててさ……」
「ああ〜……」
真奈の言う山の事件とは、レランカの町のことだ。若い経営者、人気のインフルエンサー、よくわからないNPOの代表に政治家まで、老若男女様々な人間が山中の町に集まっていた事件だ。集められた人間は、全員何故自分がここにいるのか覚えていなかった。皆一様にある一定の部分から記憶が飛んでいる。それでいて町には通常ではあり得ない破壊跡、巨大な刃物と思わしき残骸、ビルにあった新興宗教神宙会の痕跡と神宙会教祖の失踪。何かがあったとしか思えないが誰も詳細を知らないその事件は、面白がった誰かの憶測や陰謀が重なり、当初は大分騒がれていた。
「やっぱり変なところ多いし気になる人もいるのかな?」
「ねー……。私達当事者だけど実感ないもんねー……。体感的には本当に気がついたら居たって感じだし……」
「直後は凄かったよね。あっちこっちからああだこうだ聞かれてさ」
「だね~。でもどっか他人事なところあるよね」
「『怖かった?』とか聞かれても、あたしは単位落とす方が怖いし」
「あはは! 確かに!」
お互い少しの間笑い合って、落ち着いてきたところで真奈がもう一度話し始める。
「そういえば志穂」
「ん?」
「私思ったんだけどさ……最近この辺なんか……雰囲気変わってない? なんとなく前よりいい感じになったというか……」
「……みんな洗脳が解けたんじゃない? あたしこの前リサイクルショップに行ったんだけどさ、みんな売りに来てたよ。あの新興宗教の本」
「……あの新興宗教が元凶だったってこと? え、それだったらヤバすぎじゃ――あっ!」
話の途中で真奈が声を上げる。どうやら水溜りに踏み込んでたみたいだ。片足を上げ、濡れた靴から水滴を飛ばすように足を振る。
「はあ……雨の日ってやだねー……湿気は多いし外歩くのだって気軽じゃないもん……」
「そうだねー。昨日の夜とかもっと凄かったよね。雷まで鳴ってたし」
「……そんだけ?」
「え……そんだけって……なにが?」
「志穂だって雨嫌いだったでしょ? いつもならもっと色々文句言ってるのに……」
「……だって雨ってさ、ちゃんとバランスよく降らないと作物も育たないし、水資源だって雨に支えられてるところあるじゃん? 恵みの雨って言葉もあるんだし悪いことばっかりじゃないって」
あたしの話が真奈はピンとこないのか、あたしの顔を覗き込むようにして微かに首を傾げている。
「ああ……いや……最近ちょっと色々あってさ。割と雨好きなんだよね……」
「ふ〜ん……」
「それにほら、もう青空も出てきてるし、もうすぐ止むって」
そう言って空を指差すあたしに、真奈は顔を綻ばせる。
「……よくわかんないけど……なんか良いことあったみたいだね」
「……まあね」
真奈の言葉にあたしは空を見上げる。雲の切れ間から青を覗かせ、まばらに小さな雨粒を降らせてくるけど、この程度なら……。
「……もう傘ささなくても大丈夫?」
「そうみたいだね……」
真奈に同意すると、あたしは傘を閉じ、立ち止まって空気を吸い込む。不純物が洗い流され、冷えたみずみずしい空気が肺を満たす感覚が心地いい。風が頬を撫でる。雨の直後だからなのか、涼しくて気持ちが良い。
「……うん」
……あの日、あたしがベムに最後の言葉を叫んだ時、確かに見たの。消える直前、あいつが手を上げたところを。あたしの『またね』に対して『わかった』って返してくれたんだ。またいつか会えるかもしれない。でもそれがいつになるのかはわからない。もしかしたら明日かもしれない。5年後かもしれない。10年後かもしれない。あたしが死ぬ直前かもしれない。単なる気遣いというか、形式上の挨拶をしただけで、本当にもう2度と会うことは無いのかもしれない。
それでもいい。今を精一杯やろう。あたしの人生をこれまで支えてくれた人達に、これからも支えてくれる人達に、今も一緒にいてくれる真奈に、いずれ向こうで会う妹に、そして、あたしに敬意を払ってくれた、心情を汲んでくれた遠い星の友人に、胸を張れるように。
「志穂ー?」
「あ、ごめ~ん」
雨が止み、千切れた雲の隙間から差し込む太陽の光に照らされた少し先にいる真奈に声をかけられ、あたしは我に返ると、謝りながら小走りで駆け寄る。もう一度ベムに会った時を夢に思いながら。
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私の拙い文章にここまでお付き合いいただきありがとうございました。この話をもって完結となります。
少しでも「面白い」「良かった」等と思っていただけたなら幸いです。
宇宙を超えて 荒谷宗治 @Aratanisouji
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