第11話
月明かりもない夜の闇が包む廃工場の倉庫に彼等はいた。手にはライフル。身体にはボディアーマーを装備し、必ずここに来るであろう『それ』を迎え撃つため、遮蔽物に隠れ、息を殺してじっと身を潜める。
張り詰めた空気の中、遠くで窓ガラスが割れる音が聞こえる。次の瞬間、何かが柱へ叩きつけられ、近くにいた数人の視線がその『何か』へと向かう。視線の集約した先にあったのは、自分達と同じ装備をした人間であった。重力に従い地面に落下したその肉体は、気を失っているのかぐったりとしたまま動くことはない。
刹那、肌がひりつくような殺気が背を刺す。振り返るより早く、リーダー格の合図が聞こえ他のメンバーが一斉に殺気の元へ攻撃を開始する。一瞬遅れ彼等も引き金を引き、侵入してきた2メートルを超える黒く、筋骨隆々の巨体、その身体の上に鳥のくちばしを彷彿とさせる形状の頭と、稲妻のようなラインを描く2つの白い眼を持つ怪物。宇宙人ベムに銃撃を加えていく。
鳴り響く銃声と、いくつもの言語が飛び交う中、数多のマズルフラッシュが暗闇でしかなかった倉庫の中を照らす。だが、自身の身体を貫く銃弾の雨にベムはまるで動じず、敵の数を把握するように周囲を見回す。すると、足元で何かが炸裂し、飛び散る破片がベムの肉に食い込み身体をえぐる。彼が視線を下に向けると、グレネードが足先に転がっているのが見てわかる。
先程の炸裂の正体はグレネードで、今視界に映っているのがその2発目だとベムが理解した瞬間、グレネードが弾け、無数の金属片が彼の身体を突き刺していく。残りの破片と今だ浴びせられ続けている銃弾から身を守るため、ベムが腕を交差させると彼の両腕に電流が走る。「何かが来る」偶然にも電流を視認できた数人の頭にその言葉がよぎった瞬間、ベムが交差させた腕を振り抜く。彼等の視界を光が塗りつぶした。
銃声は止み、放たれた電撃によって焦げついた臭いとパチパチと火花が散る倉庫で、攻撃を行っていた人間は例外なく地面に倒れ伏していた。微かに聞こえる呻き声が、彼等の生存を告げている。その空間で唯一立ち上がっているベムがモゴモゴと口を動かしたかと思うと地面に大量の銃弾を吐き出す。彼の身体の傷は既に塞がり、何かを探すように首を左右に動かす。
「へっ……ここにレランカ様はいねえよ馬鹿め……」
声のした方へ首を動かすと、ゆっくりだが地面を這うように動いている1人の男が目に映る。ベムは男に近づき、頭を掴み持ち上げる。足が地面から離れ宙吊り状態となるが男は笑みを浮かべ、話し始める。
「まんまと誘き出されやがって……。言っとくがあの女……畑野志穂とか言ったか? そいつはもう手に入れたぞ……さっき連絡があったからな……ざまあみやがれ……バケモノめ……!」
満身創痍ながらも挑発するような口調で男の口から告げられた事実に、ベムの稲妻のような形状の眼が微かに大きくなり、男の頭を掴む手に僅かだが力が入る。
「おっと……! 俺から聞き出そうとしても無駄だぜ……! どのルートを通るかは俺達だって知らないからな……へへへ……」
ニヒルに笑う男だが、ベムの表情は動かない。
「これで作戦は完了さ……。女は石ごとレランカ様に届けられる……俺達の勝ちだ……!」
声を絞り出し、勝ち誇ったように笑う男にベムは表情を動かすことなく、電気ショックを与える。気を失い、だらんと手足が力無く垂れ下がるとほぼ同時に、ベムが手を離し男は地面に力無く倒れ伏す。落下の衝撃で、男の懐から飛び出した通信機のようなものをベムが拾い上げる。
「……ふん」
ベムは声を漏らし、通信機を持ったまま跳躍する。窓ガラスを突き破り、ベムは倉庫を後にした。
時は少し戻り、車通りの少ない道を一台の黒い車が法定速度を大幅に超えた速さで走っていた。車内の人数は合計四人。運転席には中肉中背、助手席にボディビルダーのような肉体をした男が一人、後部座席に同様の体格をした男が一人。そして、このメンバーに不釣り合いな一人の女性。畑野志穂が同後部座席に座っていた。彼女は縮こまるような姿勢で冷や汗を流しながら両の拳を膝上に置いたまま微動だにしない。
「はい……はい……ええ、こちらは滞りなく……。ふふ、健闘を祈ってますよ」
通話が終了したのか、運転席の男が通信機を手放し両手でハンドルを握る。唯一声を発していた男が口を閉じ、車内から一切の音が消えようとしていた。
「大丈夫ですよ」
だが、男は間もなく運転席の男が喋り始め、志穂がビクリと身体を跳ねさせ顔を上げるが、男は前を向いたまま話を続ける。
「今は混乱して、悪い想像ばかり浮かんでいるかもしれませんが大丈夫です。私達はあなたに危害を加える気はありません。ただ話をしてもらいたいだけなのです。しかるべき場所で、しかるべき人と」
平坦で抑揚のない声が車内に響くと車の速度が下り、高速道路の料金所で停車する。
「あの人と話せば、きっとあなたも考えを改めるでしょう。今あなたが執着しているもの、あなたを悩ませているものが、いかにちっぽけでくだらないものなのか、そしてあなたはあの人の崇高で尊い理念を実現させるための一助となれるのです。全く……羨ましい限りですよ」
つらつらと喋りながら料金所の手続きを行う。志穂はそんな男の座る運転席の方に視線を向けていると、車は高速道路へと入り、より一層スピードを増す。
「超念石。用意しておいてくださいね」
その言葉が自分に向けられていることは志穂も理解していた。しかし、緊張によって喉の奥はカラカラに乾き、痛いくらい心臓が高鳴っている今の彼女にそれを受け止め応答する余裕はなく、目を泳がせることしかできない。すると、今までずっと前を向いていた男が振り返る。
「聞いてますか? 貴方が持っている超念石を用意してくださいと言っているのです」
男と目がかち合ってしまった志穂は汗の滲んだ拳を開き、ジーンズのポケット付近を触り出す。すると、指先に何かが触れ、首を動かさないまま手先だけでそれを掴み目の前へ持ってくる。志穂の目が見開かれる。手の中に収まっていたのは、自分をこの状況へ追い込んだ元凶、携帯した覚えのない「超念石」があった。
「しっかり持っていないと駄目ですよ。それは貴方にも多大な恩恵をもたらすものですから」
聞こえているのかいないのか、志穂は超念石を眺めたまま沈黙している。男は柔和な笑みを浮かべ正面に向き直り、口を開く。
「ちなみに、ベムって言いましたっけ? 彼に期待しても無駄ですよ。我々の同胞が囮となって引き離しましたから。まず助けはこないと思ってください」
非常に事務的な口調で告げられた情報が、超念石へ注がれていた志穂の目線が再び運転席へ向かうと、通信があったのか男が通信機を手に取る。
「はい」
すぐさま男が対応するが、碌に言葉も交わさぬまま通信を終了させる。その行動に志穂の頭に疑問符が浮かび上がるが、男は何事も無かったかのように話始める。
「わかっていると思いますがもし過度に暴れたり大声を出したり私達がやむを得ないと判断した場合はしかるべき対処をさせていただくので、そのつもりでお願いしますね」
男が言い切ると志穂の側頭部に何かが押しつけられた感触がした。目だけを動かし感触のある方へ視線を動かす。それの正体は銃身だった。薄ら笑いを浮かべたまま隣に座っていたタンクトップの男の手に握られている拳銃が志穂の側頭部に押し当てられていた。
「それは正真正銘本物です。彼が引き金を引けば……命を奪うことはありませんが五体満足でいられない程度にはなってもらいます。自分の置かれている立場が分かりましたか? 返事は?」
「……はい」
「よろしい」
ニコリと笑うと、男は再び正面に向き直ると車を発進させる。それと同時に志穂の側頭部から銃身が離れると車内が再び静寂に包まれる。
(ヤバいヤバいヤバい……! 嘘でしょ嘘でしょ嘘でしょ……! あたしの知らない間になんかとんでもないことになってたんだけど……!)
そんな車内とは対照的に、志穂の脳内は彼女が車に連れ込まれたときから騒がしかった。冷や汗を流して心臓をバクバクと高鳴らせながら彼女は思考を続ける。これから自分に降り掛かってくるであろう出来事の予測をする。
(あたしこれからどうなるの? 本当にこのままテロリスト宇宙人のところまで連れてかれて『お話し』させられるの? すぐ暴力で脅してくるような奴のお話しなんて普通のお話しとは絶対違うって!)
これまでの宇宙人由来の変事から鑑みれば、平穏無事で済むことはまず無いであろうという確信が志穂にはあった。そんな彼女の真横の窓ガラスを雨が濡らし始めていた。
(っていうかベムの奴何処行ったのよ〜!! 囮が引き離したって言ってたけどあの時? なんか急に事情が変わったとか言って店を出ていったあの時に囮がいたってことなの? ああもうわかんない!! 宇宙人共のやってることは何もわかんない!!!)
未だ姿を現さないベムに脳内で志穂が悪態をつくと車内に響く雨音が大きくなる。どうやら雨が本振りになってきているようだ。
(あたし、生きて帰れるの? せっかく大学入れたのにあたしの人生これで終わりなの? こんなところで……こんなわけのわからない理由で……宇宙人共の意味わからない兵器の取り合いに巻き込まれて……)
拳を握りしめ、唇を噛み、肩を上げて身体を強張らせる。今すぐにでも叫びたい気分を必死に押し殺していると、まるで糸が切れたかのようにフッと肩が下がる。
(そういえば……さっき『貴方にも多大な恩恵をもたらすものですから』ですからって言ってた……)
運転席の男の言葉がフラッシュバックし、手元にある超念石を眺めながら現状と過去の照らし合わせる方向へ思考が回り始める。
(銀河を吹き飛ばせる兵器があたしにも恩恵? 一体どういう理屈でそうなるの……?)
疑問が志穂の脳に浮かび始めた瞬間、雷鳴が鼓膜を揺らし彼女の思考が途切れる。すると、今まで意識の外に追いやられ、聴こえてこなかったものが聴こえ始める。強い風が吹きすさぶ音と風に吹かれ激しく打ち付けられる雨の音が、今まで気づかなかったのが不思議なほどに大きく車内に響いていた。顔を上げると豪雨で窓には大粒の水滴がびっしりと張り付き外の景色を見ることすらできない。フロントガラスではワイパーがせわしなく動き、雨水を拭き取っている。
(ゲリラ豪雨……?)
嵐のように激しい雨と風に志穂の頭にはその言葉が浮かぶ。フロントガラスから覗く景色は豪雨で白み、数メートル先の景色が何とか視認出来る程度だ。通常なら運転を躊躇うような悪天候である。
だが、車のスピードは落ちるどころか更に上がる。エンジンの唸る音と共にスピードメーターの針がぐんぐんと右側へ傾いていく。
(なに……? なんなの……?)
急に始まった危険運転に志穂は周囲を見渡すが、男達は以前変わりないままだ。そんな男達の異常な態度と行動に困惑が志穂の胸中を支配する。すると、何かの重量物がのしかかってきたのか、天井がへしゃげ窓ガラスが砕け散り、雨と風が車内に吹き込んでくる。
「うわああああ!?」
「おお、ここに居たか」
「うおああああああああああ!?!?!?」
悲鳴を上げ、縮こまる志穂の目の前に、上下が逆のベムの顔が現れ、志穂はより大きな悲鳴を上げる。
「なんでここに!?」
「説明は後だ。とりあえず周りの奴らを片づけるぞ」
ベムの言葉に志穂が呆気に取られていると能面のような笑顔を貼り付けた隣の男が銃を持ち、ベムの頭に照準を合わせていた。サルでも外さないであろう至近距離で、引き金を引けば間違いなく命中するだろう。
「っ! 危な……!」
志穂が言い切るより先にベムの剛腕が天井を突き破り、男の腕を握ってギリギリと万力のような力で締め上げる。耐えきれなくなった男が手から銃を離した瞬間、瞬時にベムが男の頭を掴む。バチリと音を立てて光が走る。
「うわっ!?」
いきなりの強い光に一瞬目を閉じる志穂。次に目を開けたときには糸の切れた人形のように男はぐったりとうなだれている。
「きゃあ!?」
すると、今度は左隣の方から先程の光と音が志穂の目と耳に飛び込んでくる。そちらの方に目を向けるとベムの手が頭から離れ、岩のように不動だった男が首を傾げ、四肢を放り出しているのが見える。男の手には銃が握られている。
「うわわ!?」
唐突に車が激しく蛇行運転を始める。ベムを振り落とそうとしているのが、スピードを落とすどころか更に上げ、右へ左へ動き回る車の動きに合わせて志穂の身体にも揺れが襲い掛かる。
「わ、わ、わ!」
後ろ手でシートを掴み、不安定な揺れに抗おうとする志穂。嵐の中猛スピードで蛇行運転という危険な状態で揺れは段々と大きくなり始めると、ベムの腕が天井を貫き、運転席の男の頭を鷲掴みにする。瞬間、男は思い切りハンドルを切る。
「わ!!」
右側の前輪と後輪が地面から離れ、志穂の視界が回転する。自分自信も含め、全ての動きがスローモーションに見えた。次に激しい音と衝撃が襲い、目に映る全てがぐちゃぐちゃにかき混ざった。
宇宙超人 荒谷宗治 @Aratanisouji
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