007 第1章最終話:契約
「はじめまして、南條くん。私は警視庁公安部の――」
黒髪の美人OLが話しながら名刺を差し出す。
俺はそれを受け取り、書いてある名前を読み上げた。
「
「よろしくね」
名刺によると、彼女は公安部の特務捜査課の捜査員らしい。
俺は「どうも」とだけ答えた。
(それにしても……)
綾子さんの胸を見る。
小さい。あまりにも小さい。
よく見積もってもBカップが関の山。
これはNOだ。
全くもってよろしくない。
おっぱいにはそれなりの大きさが求められる。
優花さんを見習ってほしい。
説教しそうになった。
「小さい胸はお気に召さないようね」
綾子さんの声で我に返る。
「念じたら大きくなるかと思ったのですが……」
「面白いことを言うのね。ところで、疲れたから座らせてもらってもいい?」
「あ、はい、どうぞ」
「失礼するわね」
そう言うと、綾子さんは腰を下ろした。
部屋の隅にある椅子――ではなく、俺のベッドに。
顔から15センチ程のところに彼女の尻がある。
「今まで大変だったよね」
綾子さんは笑みを浮かべ、俺の頬を撫でてきた。
耳から顎にかけて、顔のラインに沿って何度も何度も。
「うん! 大変だった!」
あっさり虜になる俺。
大人の女だけが放つエロスの香りに勃起が止まらない。
「そんな中で申し訳ないんだけど、南條くんにまた手伝ってほしいの」
綾子さんの色仕掛けが始まる。
童貞ではないので見抜いていた。童貞ではないので。
「だったら先に謝礼! 報酬をちょうだい! 佐藤の奴、嘘をついた!」
子供のような言い方をすると同時に、俺は頭を少しずらした。
何食わぬ顔で綾子さんの太ももに乗せる。
「嘘はよくないね。もちろん先に支払うわ。これまで協力してくれた分も含めてね。だから具体的な希望条件を言ってもらえるかしら?」
「答えは決まっている!」
俺は即座に「ヤラせてよ!」と言おうとした。
――が、ここで賢い理性がブレーキをかけてきた。
童貞の時にはなかった安全装置が作動したわけだ。
「とりあえず10億円! もちろん非課税で!」
性欲を押し殺し、俺は金銭を要求した。
10億円と吹っ掛ければ何だかんだで1億にはなるはずだ。
大阪市民の人命が云々と喚けば相手は折れざるを得ない。
この目論見は成功した。
「10億ね、分かったわ」
思わぬほどあっさりと。
想定していた交渉は全く起きなかった。
それどころか、綾子さんは勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「優しいのね、もっと吹っ掛けてくるかと思ったわ」
完全に舐められている。
しかし、ここで相手のペースに乗せられてはいけない。
俺は綾子さんの太ももに後頭部をすりすりしながら答えた。
「勘違いしてもらっては困る……! 俺は“とりあえず”と言ったんだ。要するに10億円は総額ではない。弁護士で言うところの着手金。当然、今後は追加の要求もあり得る」
これで形勢逆転だ。
かと思いきや。
「でしょうね」
綾子さんの返事はそれだけだった。
全く動じていない。
これが警視庁公安部特務捜査課……!
「あ、あと! 大学に行かなくても卒業できるようにしてほしい!」
これは入院中に考えていたことだ。
検査入院のせいで就活はおろか試験を受ける準備すらできていない。
単位を落として留年する可能性が浮上していた。
ただでさえ馬鹿なのに……。
「もちろん。というより、こちらも同じ提案をするつもりだったわ。ただ、
「マジで!? この俺が東大の卒業生に!?」
突然の“拓也くん”呼びに反応できなかった。
それだけ興奮している。
「そうよ。拓也くんはそれで大丈夫かな?」
「大丈夫も何も……最高じゃねぇか!」
俺は誰もが知らないFランクの大学に通っていた。
高い学費と引き換えに大学卒の肩書きをくれるだけの場所だ。
それが一転して誰もが知っている天下の東大ときた。
文句などあろうはずもない。
「なら諸々の手続きがこちらで済ませておくわね」
「了解!」
10億が手に入った上に東大卒の肩書きもゲット。
しかし、まだ油断できない。
「ではこちらの条件を――」
「その前に、今すぐ10億円を振り込んでもらいたい。話は入金を確認してから行う」
俺は佐藤に騙されたことで疑心暗鬼になっていた。
「ごめんね、それはできないわ」
思わず「出た出た」と笑ってしまう。
「綾子さんも結局は佐藤のおっさんと同じかよ。払う予定がなければどんな条件でも提示できるわけだ」
嫌味を言うが、綾子さんは気にしていなかった。
「そういうことじゃなくて、時間がね」
綾子さんの視線が掛け時計に向く。
23時を過ぎていた。
「10億円の振り込み自体は私が電話を一本掛けるだけでできるけど、そのお金が拓也くんの口座に入金されるのは明日になってからなの。なので、今は信じてもらうしかないわ」
綾子さんの説明には理解の余地があった。
「じゃあ、明日、必ずだぞ……!」
「もちろん」
「では条件を聞こう。次はどこに行って何をすればいい?」
「家まで送るから、ゆっくり休んでくれたらいいわ」
綾子さんが俺の体を起こした。
「え? 精密検査か何か受けるんじゃないの?」
「その段階は過ぎたわ。拓也くんには今後、大阪市の人に物資を運搬してもらいたいの。必要な時が来たら連絡するから、それまで自由に過ごしてもらってかまわないわ」
「なんだって!」
「ただ、居場所が追跡できるよう発信器を付けさせてもらうわ」
綾子さんはベッドに上がり、俺の背後に移った。
「後ろに回って一体何を――」
話していると、綾子さんに髪を掴まれた。
そのまま強引に下へ向かされる。
次の瞬間、首のうなじがチクッとした。
「はい、おしまい。拓也くんの体内に発信器を付けたわ」
「え? 今のチクッとした痛みでおしまい? 足枷とかじゃなくて?」
「そういうのはドラマの中だけよ」
綾子さんはベッドから出て、部屋の扉まで移動した。
「今後は私が拓也くんの担当を務めるから、どんなことでも気軽に連絡してね。一緒にこの国難を解決しましょ」
「もちろん!」
心の底からそう言うことができた。
お金の心配をしなくていい以上、今の俺は平和を願う正義の使者だ。
国に協力して大阪市に閉じ込められた皆様を救いたい。
それこそ我が使命……!
「では行きましょ、家まで送るわ」
「了解!」
二人で病室を出て廊下を歩く。
時間帯のせいか院内は薄暗くて静寂に包まれていた。
「あのさ、綾子さん」
「どうしたの?」
「先払いの報酬にもう一つ条件を追加してもいい?」
「内容によるわ。何かしら?」
「綾子さんとのエッチ」
「ふふっ」
綾子さんは笑うと、間を置いて答えた。
「却下よ」
「まぁ冗談だけどね」
「そうなの? 今後の頑張り次第じゃ承諾するつもりだったのに」
「もちろん冗談なわけない。死ぬ気で頑張るから準備しといて」
「楽しみにしているわね」
綾子さんのおかげでモチベーションが上がった。
◇
翌日。
俺は9時00分にスマホの銀行アプリを開いた。
その時間に10億円が入金されると綾子さんが言っていたからだ。
「さて、結果は……!」
緊張の面持ちで生体認証を突破。
スマホの画面に銀行口座の残高が表示される。
『1,002,782,544 円』
スマホを持つ手が震える。
「入っている……! 本当に……!」
俺だけがドームに出入りできる――。
ただそれだけのことで大金が手に入った。
10億円。
その非現実的な数字に感動する。
だが、すぐさま冷静になってこう思った。
もう後戻りはできない。
謎のドームで隔絶された大阪に俺だけが出入りできる ~こっそり外から物を持ち込んで売っていたらバレて大問題になった~ 絢乃 @ayanovel
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