006 大義は人権に勝る

 朝まで待って、俺は自衛官らと移動を開始。

 ――などという甘えはなく、事情聴取が終わるなり病院へ運ばれた。


 自衛隊中央病院は東京都にある。

 そのため、ヘリコプターを使っての移動になった。

 約1時間で到着だ。


 こうして、有無を言わせぬ強制検査入院が始まった。


 ◇


 入院生活は思った以上に長引いた。

 血液検査やCTスキャン、MRIに加えて遺伝子検査なども実施。

 時には同じ検査を複数回にわたって受けさせられた。


 その間、俺は病院に幽閉されていた。

 移動していいのは院内でも専用のフロアのみ。

 それ以外の外出は認められておらず、食事も病院食だ。

 ただしスマホの使用は制限されていなかった。


 なので、優花さんに戻れそうにないことを伝えた。

 優花さんは「気にしないで」と言っていたが不安だ。

 それにセックスしたかった。


 そして、入院から二週間が経ったある日の昼――。


「久しぶりだね、南條くん」


 陸自の鈴木が病室にやってきた。

 上官の佐藤もいる。


 立っている二人に対し、俺はベッドに寝た状態で話す。


「二人がやってきたということは、ついに……」


 鈴木は「ああ」と頷いた。


「結果が出たよ」


「どうして俺だけがドームに入れるのか突き止められましたか?」


 心の中では「原因不明でいてくれ!」と願っていた。

 まだ奨学金を完済できるだけの額すら稼いでいない。

 できれば5億ほど貯まるまでは謎のままでいてほしかった。


 それ以降であれば、俺は喜んで問題の解決を願う。

「平和」や「安寧」は俺の大好きな言葉だ。

 ただ世界平和の前に自分の成功が優先されるだけのこと。

 そう、俺は自己中である。


「残念ながら原因の究明には至らなかったよ」


 鈴木が言葉通り残念そうに言う。


「それは残念そうですね……」


「言葉に反して嬉しそうだね」


「これは失礼」


 どうやら顔に本音が表れていたようだ。

 俺はペコリと頭を下げると体を起こした。


「事情聴取と精密検査が終わったし、これでもうお役御免ですよね。では自分はこれにて……」


 空のリュックを持って部屋を出ようとする。


「わるいね、南條くん。そういうわけにはいかないんだ」


 鈴木ではなく佐藤が止めてきた。

 俺の肩をガチッと掴んで離さない。


「君にはこれから防衛医科大学病院で精密検査を受けてもらう」


 佐藤が淡々とした口調で言う。


「また精密検査ァ!?」


「期間も今回と同じくらいだ」


「さすがに冗談でしょ」


 縋るように鈴木を見る。

 分かってはいたが、鈴木の野郎は首を横に振った。


「南條くん、君には申し訳ないと思っている。それは本当だ。だが、我々はなんとしてもドームを攻略せねばならない。君は大阪市内に隔絶されている約290万人を救う希望なんだ」


 佐藤のカッコイイ言葉が胸に突き刺さる。

 沸々とある感情が込み上げてきた。


「俺が、希望……!」


「ああ、そうだ」


 佐藤が初めて笑みを浮かべた。


「だから南條くん、君には――」


「人権がないってわけェ!?」


 俺は大声で言うとともにベッドから出た。


「「え?」」


 驚く佐藤と鈴木。


「申し訳ないと思うなら相応の報酬があるべきでしょうよ!」


 俺は佐藤の胸ぐらを両手で掴んだ。


「南條くん、落ち着いて」


 鈴木が止めてくるので、「離せ!」と振り払う。


「何が約290万人の希望だ! 知るかよ、そんなもん! そいつらは俺が困っている時に何かしてくれたのか? いいや、何もしていない。なのに何で俺が尽くす必要があるんだ?」


 ブチ切れて捲し立てる。


「………………」


 佐藤は何も言わない。

 表情も変わらず、真剣な顔で俺を見ている。


「あんたら自衛隊のことは尊敬しているよ! 俺にはない崇高な理念をお持ちのようだ! だが俺は違うんだ! 次の要求をする前に報酬! まずは謝礼を支払え! そうじゃないと……」


「そうじゃないと?」と佐藤。


「もう協力してやらないもん!」


 俺は、ふんっ、と顔を逸らす。

 本当は「舌を噛んで自殺してやる」と言ってやりたかった。

 しかし、勢いに任せて言い切る前に「死ぬのは嫌だなぁ」と思ってしまった。


「たしかに南條くんの言い分はごもっともだ」


 佐藤は軽々と俺の手を振りほどいた。

 それから落ち着いた様子で襟元を正す。


「強引に協力させるだけで何も謝礼を支払わなくて申し訳なかった」


 佐藤は深々と頭を下げた。


「「え?」」


 今度は俺と鈴木が驚く。


「いや、ちょ、謝ってくる感じ!?」


 後先を考えずにキレた俺は、素直に謝られて困惑。

 これが佐藤の作戦なら大したものだ。


「も、もう、いいですから、頭を上げてください」


 俺がこう言うことで、佐藤はようやく頭を上げた。


「南條くん、改めてのお願いになるが、防衛医科大学病院での精密検査に協力してもらえないだろうか? 検査期間は今回と同程度で、終了後には相応の謝礼金を支払うと約束しよう」


 一転して低姿勢の佐藤。

 実質的に拒否権がない以上、俺は受け入れることにした。


「マジで謝礼金を支払ってもらえるんですか?」


「ああ、本当さ。だから、どうか協力してほしい」


「分かりました!」


 話がまとまり、俺は防衛医科大学病院に転院することとなった。


 ◇


 佐藤の言う通り、検査入院は約二週間に及んだ。

 検査内容は自衛隊中央病院の時と基本的には同じだった。

 院内での生活についても大差ない。


 入院中はスマホでドームの状況を調べていた。

 俺に関する情報が何か出ていないか気になったのだ。


 幸いなことに、俺の情報は出ていなかった。

 優花さんの家に警察が大挙して押し寄せた件も出ていない。

 これなら退院後はドームでのビジネスを再開できそうだ。


 ただ、別件で気になる話題があった。

 ドーム内の治安が急激に悪化しているという話だ。

 食糧不足の本格化が原因らしい。


 ドームの発生から約三ヶ月になる。

 もはやドーム内はそこらの貧困国よりも悲惨な状態だ。

 自衛隊をはじめ政府が躍起になるのも無理のないことである。


 そして、俺は退院の時を迎えた。


「こんにちは、南條くん」


「お、佐藤さん! 今日はお一人ですか!」


「うむ。鈴木は他の任務があってね」


 夜、病室で待っていると、佐藤がやってきた。

 この威厳たっぷりな忠義の男と会うのも約二週間ぶりだ。


「精密検査の結果、やはり何も分からずでしたか?」


 俺から尋ねた。

 答えはおそらく「イエス」だ。

 なんとなく、そんな予感がしていた。


「残念ながらね」


 思った通りだ。


「そうですか……」


「今回は残念そうだね」


「大阪市の現状はSNSで把握していますので。自分だけドームに出入りできる分、余計に胸が苦しい感じがしますね」


 これは本当だ。

 ビジネス的に今の状況は美味しいが、それとこれは別である。

 俺にも人の心があるということ。


「そういうわけで南條くん、我々の任務はここまでだ。これまで拘束して悪かった」


 佐藤が「それでは」と部屋から出ていく。


「分かりました! お疲れ様です……って、いやいや、待って佐藤さん!」


 俺は大事なことを思い出した。


「どうしたんだい?」


 振り返る佐藤。


「謝礼金! ここまでの! 具体的な金額とか! まだ話していない!」


 ボディランゲージを交えて言う。


「ああ、そのことか」


 佐藤も思い出してくれたようだ。

 危うくタダ働きに終わるところだった。

 それにしても何だか様子がおかしい。


「言い忘れていたが、その件は陸上自衛隊の担当ではなくなった」


「はい?」


「それ以上のことは後任者と話してくれ」


「え、ちょ、佐藤さん!? 佐藤さーん!」


 佐藤は俺の言葉を無視して病室の扉を閉める。

 そのまま去っていき、戻ってくることはなかった。


「佐藤ォ! お前ェエ! 騙しやがったなァアアア!」


 病室内で暴れ回る。

 さらにはベッドにダイブしてジタバタ。

 それが効いたわけではないが、閉まっていた扉が開いた。


「あんたが……後任者……!?」


 新たに現れたのは20代半ばと思しき女だ。

 黒のセミロング、黒のスーツジャケット、ワインレッドのタイトスカート。

 肌色のストッキングに加えてヒールときて、見た目は完全な美人OLだ。


 ただ、一目で只者ではないと分かった。

 目つきが佐藤と同じ、いや、それ以上に鋭いからだ。

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