005 国家権力の強制力

「は? 逮捕? 何かの間違いでしょ! というか何の罪なわけェ!?」


 後ろ手に手錠を掛けられる中、俺は必死に抵抗した。


「あの、拓也くんが何か問題を起こしたのであれば、それはきっと私のせいです。ですので、逮捕するのであれば彼ではなく私を捕まえてください」


 優花さんが近づいてくる。


「お下がりください。それ以上は近づかないで!」


 しかし、他の警察官が間に入って制止した。


「逮捕するなら罪状を言えよ! あと弁護士! 弁護士を呼んでくれぇ!」


「大人しく車に乗れ!」


 俺を逮捕した警察官が怒鳴る。


「グハッ!」


 俺はパトカーの後部座席にぶち込まれた。

 逃げられないよう両サイドに警察官が乗ってくる。


「よし、出せ」


 で、何が何やら分からぬまま連行された。


 ◇


 パトカーの車内でも、俺は説明を求めた。

 だが、警察官は「じきに分かる」の一点張りで答えない。


 パトカーは数十分に及ぶドライブの末に止まった。

 ようやく彼らの言う「じきに」がやってきたのだ。


 場所はどこぞの大きな高架道路。

 約20メートル先にドームが見えている。

 ドームの外には自衛隊の方々が待機していた。


「手荒な扱いをして悪かったね」


 途端に警察官の口調が変わる。

 手錠も外された。


「あの、本当に何なんですか?」


「実は我々も上から指示されただけで分かっていないんだ」


「へ?」


「ただ、何が何でも君をここまで連れてこいとの命令でね。だから強引な手を使わせてもらった」


「なるほど」


 俺は状況から事情を察した。

 やはり今回の逮捕劇はドームに出入りできる件で間違いない。


 そして、警察は分かっていないようだが自衛隊は確信している。

 俺がドームに出入りできるのだと。


 監視カメラか何かの映像を使ってご丁寧に確認したのだろう。

 ドーム外で買い物をする俺の姿を。


「車を降りてドームのほうに行ってくれ。あとは自衛隊の指示に従うように」


 俺は頷き、警察官らとともに車を降りた。

 そこから一人で自衛隊の待つほうへ歩いていく。


「南條くん、ドームから出てきてくれ」


 一人の自衛官が言った。

 ドームから数メートル離れたところでこちらを見ている。

 発言者を含め、自衛官らの顔には緊張の色が窺えた。


「分かりました」


 言われたとおりにドームを出る。


「嘘だろ……!」


「ドームから出たぞ!」


 後方にいた警察官たちがざわつく。

 自衛隊の方々も「本当に……!」と驚いていた。


「どうして君だけが自由に出入りできるのか聞かせてほしい」


 自衛官が訪ねてくる。


「そうは言われても――」


 答えようとする俺だが、自衛官に「いや」と遮られた。


「まずは移動しよう。同行してもらえるかな?」


「それって拒否権ありますか?」


 自衛官は「ごめんね」と首を振った。


「ですよね」


 俺は素直に従った。


 ◇


 自衛隊の車両でドライブする。

 手錠は嵌められていないが、その他の扱いは同じだ。

 逃げられないよう両脇をがっちり固められている。


 そんなこんなで最寄りの警察署にやってきた。


 ドラマでよく見る取調室に通される。

 ただし、聴取をするのは警察官ではなく自衛官だ。


「陸上自衛隊の佐藤だ」


「同じく陸自の鈴木です」


 上官の佐藤と部下の鈴木が担当する。

 どちらも男で、佐藤は40代後半、鈴木は30代半ばに見えた。


「俺は南條拓也。4月18日生まれの21歳。血液型はAB型のRhマイナス、彼女はいないが童貞では――」


「君のことは知っているよ」


 佐藤に遮られた。


「童貞を卒業したことも?」


「それは知らなかったが、我々の関心事ではない」


 佐藤が目配せすると、部下の鈴木が話を引き継いだ。


「いくつか質問するから正直に答えてね」


 優しい口調だ。

 どうやら佐藤が鞭で鈴木が飴らしい。

 俺が頷くと、鈴木は尋問を開始した。


「君はどうしてドームに出入りできるの?」


「分かりません」


 答えるだけで息が苦しくなる。

 佐藤の鋭い眼光が俺を貫いているからだ。

 緊張感がすごい。

 ふざけたら殺されそうだ。


(嘘をついても一瞬で見破られるだろうな)


 そう直感した。


「でも自分がドームに出入りできることは知っていたよね?」


「はい。あの、なんでそんなことまで知っているんですか? それに俺が優花さん……じゃないや、松下さんの家にいることも何で分かったんですか?」


 鈴木は答える前に佐藤を見た。

 話していいか目で確認している。

 佐藤が頷くと鈴木は答えた。


「南條くんの居場所は街の防犯カメラを調べて特定したんだ。インターネットはドームに遮断されないからね。ネットに繋がっているカメラは全て外からでも確認できるんだ」


「なるほど」


「もう一つの質問の答えも同じで、カメラの映像で君の行動を徹底的に調べさせてもらった。昨日、東京から大阪まで移動すると、自転車を借り、お米を買ってドームに入ったでしょ? その行動には迷いが全く見られなかった。だから我々は、君が『自分がドームに出入りできる』と知っているのではないかと考えたんだ」


「そういうことか」


 納得した。


「すみません、あと一つ教えてください。どうして俺に目を付けたんですか?」


「通報があったからだよ。君がドームに出入りできると。タチの悪い冗談だと思いながら調べたら本当だった」


 鈴木の言葉に優しさが消えていく。

 俺が質問ばかりするから苛ついてきたのだろう。

 佐藤は無言のままだ。


「分かりました。遮ってすみませんでした」


 ペコリと頭を下げて話を進める。


「では質問だけど――」


 その後、鈴木は根掘り葉掘り尋ねてきた。

 俺はそれに対して包み隠さず真実で答える。

 要するに「分かりません」の連呼だ。


 実際、俺に答えられることは何もなかった。

 俺からすれば降って湧いた特殊能力に他ならないのだから。


「ありがとう、南條くん。質問は以上だよ」


 2時間に及ぶ聴取が終了。

 鈴木は水を飲んで喉を潤し、佐藤は変わらず俺を睨んでいる。


 どちらの顔にも落胆の色は見られない。

 今回の聴取結果を事前に想定していたようだ。

 つまり最初から期待されていなかった。


「お役に立てずすみません。ではこれで……」


 席を立って取調室を出ようとする。

 すると、ここまで無言だった佐藤が「いや」と呟いた。


「わるいが君を帰すわけにはいかない」


「なんだってー!?」


「君に自覚がないとしても、君の体には何か特殊な力が備わっている。それは間違いない。だからその原因を突き止めさせてもらう」


「えーっと、つまり……?」


「自衛隊中央病院で精密検査を受けてもらうということだ」


 俺はため息をついた。


「それって拒否権ありますか?」


「もちろん――」


「うおおおおおおお! では拒否で!」


「――あるわけがない」


「ですよねぇ! 最悪だぜぇ!」


 案の定、能力がバレると面倒くさい事態になった。

 こうなることが分かっていたから隠していたかったのに。


(あのクソ女……!)


 俺は心の底から美玖を恨む。

 と同時に、コンビニで尻ではなく胸を揉んでおけばと後悔した。

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2024年9月20日 22:30
2024年9月21日 22:30

謎のドームで隔絶された大阪に俺だけが出入りできる ~こっそり外から物を持ち込んで売っていたらバレて大問題になった~ 絢乃 @ayanovel

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