LIFE 1
「いや誰!?」
「そんなのお前しかいないだろ?」
「私じゃない!!目の前に!?お、男がっ!?私の理想の逆三角形の身体したッ!男前なッ、男がッ!?」
「何自画自賛すてんの?お前が言ったんだろ?生まれ変わったらガチムチの男になりたいって」
「そうですけど、そうじゃない……ちゃんと最初から説明してください……」
「お前は、死んだ」
「いやそこはわかってます」
「……何がわからないの?」
あの後、あまりの出来事に停止していた思考が回り始めた時に目の前の人に「アンタ、誰」と私のじゃない低い声で聞いていた。
自分の声で驚いた私に座っているどことなく某狐に顔が似ている男性は懇切丁寧に説明……ではなく鏡を何もない空間から出現させて、より状況を混沌で満ちたものに変えやがった。
そして、私に向かって鏡を投げて渡してきた。
何で鏡を出したのかわからないし、私が取れずに落としたらどうするつもりだったのかとイラつきながら鏡を見た。
鏡に映ったのは見慣れた私……ではなく背の高い逆三角形の身体をした男性がいた。
間抜けな顔してワタワタと動く鏡に映る男性を見て漸く私の動きと連動してることに気づいた。私以外に男性がいることを忘れて自分の新しい身体を触りまくったり、マッスルポーズを決めたりしていると咳払いが聞こえてハッとした。
そうして、正気を取り戻した私はまず状況説明をしてくれと頼んだのだが、ご覧の通り茶化してきて頭が痛くなってきた。
「ま、ここまでが俺式の歓迎ね」
「これ、歓迎してます?というより、私はどこにきてどんな職場で働く……の前に貴方は何者ですか?」
男性の変な雰囲気に飲まれて聞かなきゃいけないことを思い出した。本当は私を此処に連れてきた彼が一から丁寧に説明してくれたら有難いのだが、残念ながら期待出来そうにない。けど、駄目元で一応聞いてみると彼は少し考え込んだ後に答えてくれた。
「ここは……地獄とお前が生きてた時にいた世界の中間にある煉獄って言われる場所。俺は……、そうだな。お前らの世界では閻魔とも呼ばれてる」
「閻魔ってあの地獄の偉い人?」
「そ。ま、お前らが知ってる閻魔とは役割はちょっと違うけど」
「違うんですか?」
「俺は死んだ人間の魂を輪廻に帰す役割で」
「はぁ」
「お前らがその魂を回収する」
「……それはつまり、私は死神になったってことですか?」
私の問いに彼は首を横に振って否定した。
魂の回収が仕事だけど、死神ではない……
どういうことなのか余計にわからなくなっていると見かねた彼が再度話し始めた。
「お前らが回収する魂は死ぬ予定のものだけ。だから、死神ではない。俺はお前らのことを使者って名付けて呼んでる。あ、そうそう。言い忘れるとこだった。死ぬ予定がない魂を回収してきたらその時点で地獄行きだから気をつけろよ」
「使者……。なるほど?貴方の元に連れてくるだけ、何ですね」
「残念、これがだけじゃないんだわ」
「え」
「ここに連れてくるまでに、邪魔が入る場合もあるから護衛の役割も兼ねてある」
「邪魔、ですか?」
案外、簡単な仕事だと思って安心していた私に閻魔さんは楽しそうに笑って言った。笑顔ではあるが恐ろしく歪な笑顔に彼が地獄の管理者だったことを思い出す。あまりに普通の人間みたいな見た目だったからうっかり忘れかけていた。
「まず、魂を狙って悪魔が来る場合もある」
「絶対来る訳ではないということですか?」
「いや、99%の確率で来るかな」
「人はそれを絶対に来るって言うんですよ……」
「あと、天使が同胞に相応しいか見極めにやってくるね」
「天使なら大丈夫なのでは?」
「何腑抜けたこと言ってんの。アイツら頭のイかれた鳥だぞ」
「頭のイかれた鳥!?神に使えてる人になんてこと!?」
「その神が狂ってんだから、そんな奴に使える奴らも狂ってんのなんて言わなくてもわかるだろ?」
「え、神様って狂ってるんですか?」
「お前ら人間……、特に日本人は無神論者の癖になんでそんなに神に対しての好感度が異常に高いんだよ?なんかしてもらった?何?お駄賃でも貰ってんの?」
「いや、されても貰ってもないですけど……」
「だよな。それにアイツは基本的に人間嫌いな奴だからお前らが思ってるような良い人じゃないぞ。実際に会ったら想像と違いすぎて泣くレベルだから」
「……そこまでボロクソ言う閻魔さんは会った時あるんですか?」
「……え……あー……」
今まではスラスラと話していたのに、ピタリと言葉は止み、キョロキョロと視線を右へ左へと挙動不審になった。
その反応だけで神様と会った時無いのにそんなことを言ってたのでは?と疑いの眼差しを向けた。
すると、彼は誤魔化すみたいに話題を変えてきた。余計に怪しく見えて彼を信用してもいいのか少し不安になった。
「ま、まぁ、それは一旦ね、一旦置いといて。敵なのは覚えておけよ。じゃなきゃ、痛い目見るから」
「……わかりました」
「……天使は死んだ魂しか狙えない。奴らの目的は清らかな魂を持った人間を探すこと。もし、いたら、もし奇跡的にいたら仲間にするだろう」
「へー。じゃ悪い人じゃ……」
「天使の言う清らかな、に当てはまる人間がいればの話だけどな」
「え?」
「アイツらの言う清らかは手を繋がないとか嘘を絶対につかないとかそんなレベルじゃないぞ」
「つまり?」
「天使が探す人間なんてこの世にいる訳ない。ちなみに、俺ですら天使になった人間を今まで見たことない」
「じゃ、天使のお眼鏡にかなわない魂はどうなりますか?」
「そりゃ、魂は木っ端微塵に壊されて輪廻どころじゃなくなる。だから、死ぬ気で頑張って守れ」
「……悪魔は優しい、とかないですか?」
「悪魔は天使より厄介だぞ。コイツらは生きてる人間にも干渉する。で、散々弄んでから人間の魂を自分のお腹の中にペロリと入れちまう。だから、お前らの普段の魂回収以外の仕事は人間を悪魔から守ることも含まれるからな」
「……その仕事を私、一人でしろってことですか?」
あまりの激務な仕事内容に絶句しながら聞くと否定された。そして、爽やかな笑顔を浮かべながら「ウチ、ホワイト企業だから」と嘘かホントかわからないことを言われた。
「本当だからな。ちゃんと休みはあるし。息抜き出来るとこも充実してる。それにさっき言った仕事は三人でやる内容だし」
「三人?スリーマンセルってことですか?」
「当たり前だろ。一人で天使と悪魔から魂を守れるなんて可能な訳ない」
「それはそうですよね。じゃ、私も誰かと組むんですね……安心です」
「誰と一緒かは……まぁ、追々な。あとなんか質問ある?」
私がこれから何をするかを聞けたが、それよりもずっと気になっていたことがあってこの際聞いてしまおうと口を開いた。だって、この機会を逃したら彼といつ話せるのかわからない。多忙……だと思われる彼に直接聞けるなんて滅多にない筈だと遠慮なく問いかけた。
「あの、なんで私なんですか?それにどうして生前の記憶を消さないんですか?」
「一つ目の質問の答えは俺の独自の基準でお前がいいと思っただけ。二つ目は記憶を消すと人形みたく無表情無感情になるからしたくない」
「人形の方が都合良くないですか?」
「良くないな。ああなると言われたことしか出来ないし、それにな、記憶消すと人格までリセットされて天使みたいになるからつまらん」
「つまらない……、なるほど?」
「他は?」
「あ、あと、悪魔や天使に襲われたらどうやって対抗すれば?」
「あぁ、言ってなかったか。お前ら、使者は魔法みたいなもんが使えるから戦えるぞ」
「え!?本当ですか?」
「……なんでお前らは魔法が使えるって聞くと喜ぶの?」
「みんな憧れてるんですよ!空飛べたり炎出したり出来る魔法に!」
「へー、そうなんだ。んで、あとなんかある?」
「あと、これ、私が断ったらどうなるんですか?」
「ん?そりゃ、優しーく……」
今まで見た時ないくらいに爽やかな笑顔を浮かべて椅子から立ち上がり彼はこちらに近づいてきた。
私よりも閻魔さんは背が低くて近くにくると上目遣いになるくらいの身長差なのだが、愛嬌なんて一ミリも感じないしそれどころか寒気を感じた。
「や、優しく?」
「……脅す」
「へ」
「……俺はさ、俺の為に働いてくれる奴には多少のことは見逃すことにしてんのよ。例えば……家族に会いに行く、とか」
「!!」
「ま、勿論。生きてる人間の生死に関することで何かしようとしたら俺もしたくはないけど……、罰を与えなきゃいけない。でも、俺は鬼じゃないから見守るくらいは黙認してる訳よ。それにどうせ生きてる人間はお前らのこと見えないしな」
「はぁ?」
「その様子だと見守る利点をわかってないな?」
「う、はい……」
「悪魔から守れるし接近される前に殺せる」
「あ!」
「でも、嫌なら、ね?仕方ない。俺も鬼じゃないし……嫌々な奴に使者として仕事させんのはなぁ……。だから、すぐにでも輪廻にいれてやるよ。でもさ……そしたら、お前の家族は誰が守んの?あ、俺はどうでもいいし忙しいから期待すんなよ。他の奴らも自分の家族見るのでいっぱいいっぱいだからなー……」
「うわ……そういう……鬼畜最低最悪」
「よせやい。そんな褒めんなよ」
「褒めてないんですけど。……わかりました。やりますよ」
「それは良かった。人手は多くて困らないからな」
私の返事を聞くと満足げな顔して頷いて席に戻っていった。
他の人が使者になる理由を嫌と言うほど理解させられたが、何も悪い事ばっかりではないと言い聞かせて苛立つ精神を落ち着かせた。
「あとなんかある?」
「んー……あとは、無いと思います」
「魔法の使い方は優しい優しい先輩方から習え。俺は超絶忙しくて無理だから」
「……わかりました」
「何その目。ガチで忙しいんだからな。あ、言い忘れるとこだった。お前と同い年の奴にここの案内役頼んどいたから、あとはソイツに色々教えてもらって」
「同い年?」
「お前と同じ歳で死んだけど使者としては先輩な奴」
「同い年だけど先輩……」
そう呟いた時に背後にあったらしい扉が開く音がした。
振り向くと黒髪の死んだ目をした男の子が立っていた。目に光のない様子に使者の仕事が大変でそうなったのかと心配していると後ろから「ソイツ、元からそんな顔だから」と言われた。……どうやらここはプライバシーというものが存在しないらしい。
「悪かったって。謝罪代わりにとっておきのサプライズがあるから楽しみにしとけよ」
「サプライズ?」
「……なんで俺が呼ばれたの?」
「あぁ、コイツは今日使者になったばかりの新入り(ヒヨコ)でさ、案内役が必要だった訳よ」
「……俺がその案内役なんだな」
「そうそう。話が早くて助かる。で、お前ら同い年で死んだし話合うかなって」
「同い年?この巨漢が?」
確かに目の前に案内役として現れた彼は私よりも小さく頼りなく見えた。ま、そう見えるのは私の身体が大きすぎるからなんだけど。
彼は閻魔さんから言われたことを理解出来ないのか首を傾げながら見上げてきた。
暫くは見つめ合ったが、私の方が先に目を逸らした。だって、彼はこの部屋に来てから表情が一度も変わらずに何を考えているのか読めなかったから、少しだけ怖く感じた。
「そんなにジロジロ見てやんなよ」
「あ、ごめん」
「い、いえ」
「じゃ、行こうか」
「力の使い方も教えてあげてなー」
その言葉を背に部屋から出た。
閻魔さんの部屋も綺麗だったが、廊下も綺麗で昨日建てたみたいな内観だった。毎日、掃除をしてくれる人がいるのか、それとも別の理由でこの綺麗さを保っているのか気にはなったが、今はそれどころではなかった。
同い年とはいえお互い初めましてで暫く無言の時間が流れた。気まずくて何か話して場を暖めようとするけど、そもそも私は人見知りのコミュ障な訳で口を魚みたいにパクパクするだけに終わった。
「……まずは、自己紹介しようか」
「え、あ、はい」
「同い年?なら、敬語はお互いなしにしよう」
「わか、った」
「よし。俺はイツキ。君は?」
「え、あー、私はサミュエル……」
「外国人?」
「いや、日本人……」
「……深くは聞かないでおく」
「ありがと……」
相変わらず無表情だけど、見た目に反して冷たい人では無さそうで安心した。表情は変わってはいないけど、声音は閻魔さんと話している時よりも優しいが、でも、まだ少し固くてイツキくんも緊張しているのだとわかった。
ぎこちない空気の中、自己紹介をしていると当たり前だけど名前を聞かれて慣れない音の名前を口にした。そこで今更、推しの名前をつけなければ良かったと後悔し始めた。某有名SNSアプリで本名ではなく痛々しい名前をつけていたあの頃を思い出して羞恥でどうにかなりそうになったが、イツキくんは何も聞かずにスルーしてくれた。私はたったそれだけのことでイツキくんを良い人認定して、少しだけ緊張が解けた。……それにしても、イツキという名前に聞き覚えある気がして顔を見つめるも、そもそもこの顔も名前も生前と同じかわからないのだから考えても無駄だと思いすぐに止めた。
「ここのことは聞いた?」
「聞いたけど……悪魔と天使、と戦うとかは聞いた」
「それはほぼ説明されなかったってことだな」
「ごめん……」
「君が、……サミュエルが謝らなくていいことだから。あの人が謝るならわかるけどサミュエルが謝るのは間違ってる」
「そう、かな?」
「そう。じゃ、この場所の説明からする。ここは……」
イツキくんは懇切丁寧に一からちゃんと説明をしてくれた。
ここは使者達が仕事がない時に過ごす場所で一人一人個別の部屋が与えられて、ついでに食堂もある。死んでもご飯は食べなければならないらしくてびっくりした。死んだらもう食べることはないと思っていたとイツキくんに伝えると同意された。閻魔さん曰く、人間として形作られたなら生きている人間と同じ生活をしなければならない、らしい。
寝て起きて食事したり遊んだり……そうしないと狂う、と閻魔さんが言っていたとイツキくんが教えてくれた。
それから、色んな場所に連れて行ってくれた。
何処に建てられているのかここは驚くほど広く様々な娯楽施設があり、閻魔さんの言っていたホワイト企業というのもあながち間違いはないのではと思い始めた。イツキくんによると、使者が増える度にどんどん広くなっているらしい。どういう仕組みなんだろ……。
案内されている最中にイツキくんは先輩の使者達に声をかけられてはその度に私のことを紹介してくれた。有難いのだが、意外や意外に声をかけてくる先輩達の人数が多くて予想以上に疲れた。
「大丈夫?」
「うーん……、大丈夫じょ……ばない……」
「だよな。俺もここ来た時は予想以上に人がいて驚いた」
「一体いつから使者って存在するの?」
「それ、俺も気になってあの人に聞いたら覚えてないって言われた」
「覚えてない?」
「覚えてないくらい昔から存在する、らしい」
「うへー……それなら、人数もあんなに多い訳だ」
「……今日はこれくらいにしてサミュエルの部屋に案内してもう休もうか」
「そうしよ。私の部屋は……」
「こっち。一回で覚えられないかもしれないから、わからなくなったら遠慮なく聞いて」
「うん。でも、出来るだけ一回で覚えるようにするね」
「それは……難しいと思う」
「え?」
イツキくんは遠い目をして言った。
その時はどうしてそんな目をしていたのか、わからなかったがイツキくんに連れられてきた住居エリアを見たら一発で理解してしまった。
「うわ、部屋部屋部屋……こんなに隣同士で騒音問題とか……」
「それが不思議なことに全くない。ここは俺達がいた世界の建物とは造りが違うみたいで」
「へー……これ鍵は?」
「必要ない」
「じゃ、どうやって開けるの?」
「自分の部屋に近づくと勝手に開く」
「……もしかして、身体にチップかなんか埋め込まれてる?」
「さぁ?まぁ、魔法が使える世界だから、なんかこう……不思議な力で……どうにかなってるんだと思う」
「そっか。魔法……か。そういえば、あったんだった!」
「魔法のことは、明日教える。……サミュエルの部屋は……ここだ」
イツキくんが指を差した部屋はど真ん中にある部屋で少しがっかりした。角部屋が良かったなと呟くと、イツキくんは「角部屋は後々角部屋じゃなくなるぞ」と言われた。
そういえば、人が増えるとこの建物自体も広くなると言っていたことを思い出して、じゃ、何処の部屋でも同じかとドアノブに手をかけた。
「部屋開けたら、多分すごく驚くぞ」
「そうなの?」
「ん。とりあえず、開けてみ」
そんな期待しかしないことを言われてワクワクしながら、ドアノブを回して開けた。
「え、なんで?嘘……」
「すごいよな。見た目に反して、めっちゃ広いの」
「これが1LDKってやつ!?」
「……た、多分?」
部屋に入ろうとして、イツキくんへのお礼を忘れていたことに気づいて振り向いた。
「今日は有難う!」
「いや、どういたしまして。明日、朝に迎えに来るから。あと、食べ物は冷蔵庫に勝手に入るし補充されるからそれ食べて。食堂も明日の朝に行こう」
「わかった!また明日」
「また明日」
手を振った後にパタンと扉を閉めた。
死んでから激動の一日を過ごして、深くため息ついた。
疲れた。まさか、こんなことになるなんて思ってもなかった。
とりあえず、ご飯を食べて部屋にある風呂に入って寝よう。
玄関からキッチンへ移動して冷蔵庫を開けると本当に弁当が入っていた。買った覚えどころか今日この部屋に初めて来たから弁当が入ってること自体冷静にならなくてもおかしいんだけど、今日一日不可思議な出来事に遭遇し過ぎた私はこういうこともあるよねと深く考えずに冷蔵庫から弁当を取り出してレンジでチンをした。レンジも何故かあった。なんなら、パソコンもテレビもゲームも生活に必要な家電全て揃っていた。……ここは天国だったのかもしれない。
昨日までとは違う、一人での食事に寂しさからかどれだけ食べても味気なくてお腹は満たされなかった。何か音が欲しいとテレビをつけると頭にツノが生えた人が漫才をやっていたが、ブラックジョーク過ぎていまいち笑えなかった。
弁当を掻き込んで風呂場へと向かう。
脱衣所には下着と服が置いてあり、今着ている服を脱いでも大丈夫だと確認出来たから何の躊躇いもなく脱ぎ捨てて洗濯機に放り投げた。
いざ、風呂へと歩いた時にそういえば、生前と同じで股の間が空いてて軽いことに気がついた。
私は男になった筈なのに、何故なのかようやく疑問に思い股を見ると、
「え、ない」
何度見てもある筈の棒が存在せずに、代わりに見慣れた股があった。
あまりのことに自分の目を信じられなくて鏡の前に立って再度股を凝視した。
「ついて、ない、だと……」
その時、頭に閻魔さんのとある言葉が過ぎった。
『謝罪代わりにとっておきのサプライズがあるから楽しみにしとけ』
「サプライズって……これのことなの?」
非常に喜びも悲しみもしづらい、サプライズでどうすればいいのかわからずに途方にくれた。
「……とりあえず、こんな立派な体格なのについてなくて、なんか申し訳ないな」
誰に向けてかわからない謝罪を口にした後に、いつまでもこうしてはいられないとシャワーを手に持った。
答えは出ているのに何故か私は頭を洗いながら一つの説を立てしまった。
それが、ここに来たらそもそも股の棒が無くなるのではないかと。……弁解させてもらうと、この時は冷静に見えて本当に混乱していた。こんなアホみたいな説を唱えるくらいには。
明日、一応イツキくんに聞いて確認してみようと決意して、風呂には浸からずにさっさと身体を洗ってすぐに出て着替えてベッドに直行した。ふかふかの布団に眠気は一瞬でやってきて、私の意識を掻っ攫っていった。
そして、迎えに来てくれたイツキくんと朝食を食べている時に股のことを聞いたら、イツキくんは咽せてしまった。
咽せた苦しみで涙目になったイツキくんに睨まれながら、「セクハラか?」と言われてそこで自分が犯した過ちをやっと自覚したのだが、それはまた私の羞恥が落ち着いた頃にしようと思う。こんなことを聞いたイツキくんとはとても長く濃い付き合いになるのだが、これもまた後にしよう。
5150 9 @kuro_roku
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