第2話 サイコロ勝負

 ガチャリとジョンが酒場の入り口のドアを開けると、そこは至って普通の酒場だった。外観から予想されるよりは広く、カウンターとテーブルがあり、まだ大勢の人が座って酒を飲んだりカードに興じたりしている。ディオーレとここでは時差の関係で、まだ日が落ちてそこまで経っていなかったらしい。


 グレンは店内の何人かからの品定めをするような視線を感じながら、二階にある作りのしっかりとしたドアを指差した。



「あれか?例のドアというのは」

「そう、あれだ。いいな、ノックは五回だぞ。じゃ、俺はどっかで酒でも飲んでるかな。高く売れることを願ってるぜ」



 ジョンはそういうとグレンの背中をポンと押し、カウンターの奥の方にさっさと歩いて行ってしまい、知り合いらしき人物と挨拶を交わしたりしながら座った。


 グレンは、手前に座っている先ほどから自分のことを見ている若い二人組の方を見た。十代後半で、酒を飲んでいい年齢かギリギリの所だろう。腰には杖を差している。睨んでいるわけではないが、友好的でもなさそうだった。数秒目があったのちに、二人はグレンから目を離し前に向き直った。その向かいにはウエイターの少女がいた。こちらも十代半ばだろうか、酒場の中で唯一の女性ということに加えて、美しい白銀の髪をたずさえて、一際目立っている。丸く大きな目をグレンの方へやると、グラスを拭く手を動かしたまま、ニコッと会釈した。



(貴族として扱われないのは、気楽で新鮮だな…)



 グレンも会釈を返すと、階段を登って二階の扉の前に向かった。目の前で見ると、酒場の入り口とは違いかなり堅牢に作られていることが分かった。おそらく、この酒場を取り仕切っている人間達が中にいることは予想されたが、グレンはためらうことなくノックを五回した。どういう形であれ、この街にきてすぐにそういった人物と接触できるチャンスが得られたのなら、飛び込んだ方がいい。貴族として生きてきて、多種多様な大物と相対してきた経験則がそう囁いた。


コンコンコンコンコン。


数秒の沈黙ののちに、ドアが開いた。身長が2mはあるであろう大男が、ドアの隙間から少し腰を屈めて顔を出している。彫りが深く大きな顎と口を持つ容貌はいかにも人を怖気付かせるドアマンに相応しい。グレンは萎縮せずに大男に聞いた。



「買い取って欲しいものがある。入ってもいいか」



 大男はニコリともせずにドアを全開にし、グレンを中に招き入れた。葉巻の煙が充満する中に、ビリヤード台、そして奥にテーブルに座って金の勘定をしているタトゥーの男、ビクターが見える。3人ビリヤード台の周りに座っている男がいたが、酒場に入った時とは違って、誰もこちらを見てこない。全員が腰に杖を差していた。


 グレンが部屋の中に足を踏み入れると、背後でガチャッとドアマンが鍵を閉める音が聞こえた。誰も案内をしてこなかったので、ひとまずジョンの指示通りにビクターのテーブルの元へと歩み寄ると、ビクターは椅子に座るようにジェスチャーで促した。小綺麗なジャケットに身を包み優しげな顔をしているが、そこからのぞいている手と首にはびっしりと多種多様なタトゥーが施されている。髪は綺麗にかきあげられ、整髪剤でまとめられて艶を帯びていた。年はグレンの一回り上といった所だろうか。



「ジョンに紹介してもらった、グレンだ。突然ですまないが、買い取ってほしいものがある」



 グレンは極めて平坦な声で話しかけた。ビクターは数えていた紙幣をトントンとまとめると、初めてグレンの方に目をやり、顔やら服装やらを一通り見た後に口を開いた。



「…いいだろう。何を買い取って欲しいんだ」

「つまらないものですまないが、服だ」



 グレンは布袋の中から綺麗に折り畳まれた衣服を出し、テーブルの上に置いた。ビクターはそれを躊躇せずに雑に手にとり、広げて観察した。



「なるほど。生地は最上級、縫製も目の細かい手作業、袖は熱で型取りした後に部分的に寄せ上げ、後付けすることで前振りの立体感を作っている。それにこの金の装飾、どうしてこんなものがグレンズバートにあるのかは分からないが…まぁ詮索するのはよしておこう」


 

ビクターからの反応は、グレンが予想していたものではなかった。



(どう難癖をつけてくるかと思ったが…)



しかし、ビクターはグレンの予想よりあくどいやり方で勝負を仕掛けてきた。



「ただまぁ、これをそのまま買うというのもつまらない。そこで一つ、ゲームをしないか?俺もちょうど退屈してたところなんだ」

「ゲーム…?」



ビクターはそういうと、引出しからサイコロとマット、それからカップを取り出し、机の上に並べた。



「なに、簡単なゲームだ。このカップの中にサイコロを入れて振り、マットに逆さに置いて、カップの中のサイコロの数字を当てる。もしお前が勝ったらこの服、相場以上の十万ジェリーで買い取る。もし私が勝てば、1ジェリーで買い取らせてもらうが…」



ただし、とビクターはニヤリとグレンの方を見て、付け足した。



「お前はどうやら街にきて間もないらしいな。それを知らせてくれるために、新入りであることの証明、5回のノックをわざわざして部屋に入ってきてくれんただろう?新入り相手にイーブンな勝負を仕掛けるのは心苦しい。そこで、私が賭ける数字は1だけにしよう。それ以外の数字が出たら、お前の勝ちでいい」



 全て向こうが用意した道具で行われるギャンブル。何か細工があり、サイコロの目が1しか出ないようになっていることは、容易に想像できる。しかし、グレンはこの相手に対して感心していた。ただ暴力を背景に服を強奪するのではなく、あくまでギャンブルに同意をさせた上で1ジェリーで買い叩く。この男は悪人だが、先ほどの服を見る目も鑑みると、それなりに教養があり、街に顔が効くのだろう。グレンはそう考えた。ここでこの男の興味関心をひいておけば、この街で認められる第一歩になる。



「どうだ、断る理由は、ないな?」



 黙っているグレンを見て、ビクターは催促をしてきた。それと同時に、大男もグレンの横に来てわざとらしく机のほこりを払った。新入りに拒否権はないということなのだろうが、あまりに芝居がかったその動作に思わず笑ってしまうのを我慢して、グレンはこの勝負を受けた。



「ああ、いいだろう」



 こういう輩が相手の時は、堂々と大きく出た方がいいことは、グレンも過去の経験から知っている。ただし、とグレンもビクターの方をニヤリと見て付け足した。



「俺は最近ツイてるんだ。本当なら今頃もう死んでたんだが、何かが俺を地獄からここに導いた。こんな、天国みたいなとこにな。それでも、俺とやるか?今降りるなら、一万ジェリーで勘弁してやってもいい」



 全く予想だにしない返答に、ビクターと大男は互いに顔を見合わせた。言葉が出てこない様子であるが、それも無理はない。この窮地において怯まないどころか、むしろ自分が立場が上だと言ってきたのである。普通に考えれば狂人であるが、なまじ人を見る目のあるビクターは、拭いきれない可能性を感じた。いや、ハッタリに決まっている、そう言い聞かせるようにビクターはフッと鼻で笑いながら、



「見た目とは違って肝の座った新入りだな。忠告には感謝するが、俺も自信があるんだ。はったりかけて有耶無耶にしようったってそうはいかないぜ」



と言うと、カップにサイコロを入れカラカラと振り始め、チラとグレンの方を見た。グレンは相変わらず椅子に深く腰掛け、表情を変えずにカップではなくビクターの両目を見据えている。もう話すことはないという了解が、二人の男の間で共有された。ビクターは、



「じゃあ見てみようか、ここが地獄か天国か」



と言うと、カップをマットの上に叩きつけた。


 なにもおかしな様子はない。勝った。ビクターはそう思い、確実に負けるギャンブルを承諾したカモを見て勝ち誇ったように微笑む。先ほど馬鹿にされた借りを返すかのようである。しかし、グレンは微動だにせず、こちらも余裕ありげに口角を上げてみせた。またもや想定外の反応をされ、ビクターの表情から笑みが消えたまさにその時、カップの中から何かが震えているような音が聞こえてきた。


カタカタカタカタ。

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元貴族、敵国のスラム街から爵位を狙う @aoyamo

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