第6話 少女を助けたら…?


 少女の周囲にはクレーターがいくつもあり、ワイバーンがやったのであることが推察できる。

 そしていくつものクレーターに囲まれた少女は、その場に座り込んでいた。


(怪我をしてるのか……)


 遠目からだが、ワイバーンによって少女は脚に負傷を負ったようで、血が流れていた。

 少女は手に持った拳銃をワイバーンへと向けて、引き金を引く。


 しかし……カチッ。


 銃から銃弾は発射されなかった。

 少女は苦々しい表情になる。


「ックソ! 弾切れか……!」


 ワイバーンは少女に抵抗する力がないことを悟ったかのように、目を細めて嗤った。

 一歩、また一歩とワイバーンが少女にゆっくり近づいていく。


「解析部め……ただのE級『迷宮』だと聞いてやって来れば、全然違うじゃないか……! ここから生きて帰ったら、絶対に猛抗議を入れていやる!!」


 絶望的な状況の中で、少女は半ばやけっぱちに笑ってワイバーンを睨みつける。

 ワイバーンが少女へと向けて、牙で噛みつこうと大きく口を開ける。


 反射的に、俺は全身に魔力を回していた。


 疑問はある。

 どうしてここにいるのかだとか、なぜ銃なんか持っているんだ、とか色々と疑問はあるが、そんなことを考えている場合じゃない。


 バチッと音がなって全身が帯電した瞬間、俺は走り出した。


「私もここまでか……」


 ワオバーンが少女に噛みつこうとする──その直前。


「大丈夫か!?」


 俺は少女を抱きかかて、その場から離れていた。

 腕の中で目を瞑っていた金髪の少女は目を開くときょとんとした表情になって、今の自分の状態を認識すると……赤面した。


「……ふぇ?」

「もう大丈夫だ。あとは俺に任せろ」

「グルルルルル……」


 得物を奪われたワイバーンが不機嫌そうに喉を鳴らし、俺を睨みつけてくる。

 少女をゆっくりと地面に下ろし、俺はワイバーンと対面する。

 すると我を取り戻した少女が、俺に忠告をしてきた。


「っ! 誰だか知らないがさっさと逃げろ! 相手はワイバーンだ! ろくな装備もなしに勝てるような相手じゃない!」

「いや、大丈夫だ」


 自信があるわけじゃない。

 だが不思議なことに……こいつに負けるとは思えないのだ。


 もう一度魔力を全身に回し、身体能力を強化する。

 そして地面を軽く蹴って跳躍した。


「よっと」


 高速でワイバーンに接近した俺は、その顔に飛び蹴りを食らわせた。


「ギャッ!」


 人間より遥かに強くなった蹴りに、ワイバーンが大きく仰け反った。

 ただし、俺も無事というわけにはいかなかった。


「痛ってぇ……こいつの鱗、鉄かなんかなんじゃないか……?」

「…………は?」


 ワイバーンの顔を蹴った反動で、脚がじんと痺れてしまった。


「これはちょっと痛めたかもな……帰るときに湿布を買わないと」

「ワイバーンを蹴り飛ばしただと……!?」


 この後のことを考えていると、背後から愕然としたような声が聞こえてきた。


「グオォォォォッ!!!!」


 同時にワイバーンが怒りの咆哮をあげる。

 そしてカチ、カチと喉を鳴らし始めた。

 加えて異臭が辺りに漂い始めたので、俺は顔をしかめた。


「なんだこれ……ガスか?」

「っいかん! それは可燃性のガスと魔力をあわせた砲撃だ! 私では防性結界を張れない! さっさと逃げろ!!!」


 背後の少女が焦ったような声で忠告してくる。


「あー……よく分からないけど、喰らわなかったら良いんだな?」

「何を言って……今すぐ逃げないと死ぬぞ!!」


 更に焦りながら忠告してくる少女を一旦無視して、ワイバーンに対抗するように右腕を上げた。


「『雷撃らいげき』」


 雷の柱がワイバーンを焼き去った。

 さっきの蹴りで、ゴーレムほど固くないことは分かっている。

 だから、『雷撃』でも十分に斃し切れると判断したのだ。


「なん……ワイバーンが、たった一撃……!? なんだその魔法の威力は……!?」


 少女が驚愕の声を上げたのもつかの間。


「お、もとに戻った。やっぱりあいつがボスだったか」


 目の前の光景がただの路地裏へと戻っていた。

 ワイバーンがあの空間のボスで、倒したことで空間ごと消滅したようだ。

 周囲を見渡すと、近くに金髪の少女がへたり込んでいた。


「大丈夫か?」

「この威力、魔力の感じ……間違いない」


 俺は金髪の少女へと近寄るが、少女はぶつぶつと何かを呟いていた。

 この時、俺は何か嫌な予感がした。

 差し出した手を引っ込めて、早々に帰ることにする。


「じゃ、じゃあ俺はこれで……」

「ちょっ、ちょっと待て!!!」


 その声に振り返れば、そこには助けた金髪の少女がへたり込んでいた。


「色々と聞きたいことはあるが、まずは名前を聞かせてくれ! 私はアイリス・ロスウッド。キミの名は?」

「俺は東条真澄だ」

「すまないが手を貸してくれないか? 見ての通り脚を怪我してしまってね……一人では立てないんだ」

「ああ、良いぞ」


 アイリス、と名乗った少女は太ももに手を当てる。

 確かに太ももには、その珠のような肌に痛ましい傷がついていた。

 俺は何となく気まずくなって視線を逸らしながらアイリスの手を握る。


「ふふ……」


 するとアイリスはなぜか突然笑いだし……俺の手を力強く掴んだ。


「ようやく、捕まえたぞ……っ!!」

「なっ……!?」

「キミが廃工場と廃病院の『迷宮』を攻略した高校生だな!? 目撃証言しかなかったから手がかりすら終えなかったが……まさかここで出会うことが出来るとはな! 死にかけたかいがあったというものだ!」

「ななんで廃工場と廃病院のことを知って……っお前まさか警察か!?」


 俺は逃げようと一歩下がる。

 しかし手を強く握られているため逃げ出せない……!

 くそっ、細腕なのになんて力なんだ……!


「警察? 私をそんな組織の人間と一緒にするな。私は……」

(──放電──っ!!)


 アイリスの気が逸れた一瞬の隙を見計らって、俺はごく少量の魔力を掴まれている腕へと通し、『放電』を放つ。

 ペンのノックを押すと電撃が走る玩具くらいの威力まで絞ったが……静電気くらいの痛みはあるはずだ。

 腕から電気が発される。


「あいたぁ!?」


 するとアイリスは反射的に俺から手を離す。

 その隙に俺はアイリスから距離を取った。


「ごめん! でもちょっとビリッとするくらいだから、たぶん大丈夫なはずだ! じゃ!」

「あっ、こら待て!」


 アイリスの引き止めはもちろん無視して、俺はその場から逃走した。

 ──このとき、不用意に自分の名前を名乗ってしまったことを俺は後悔することになる。

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異能機関 水垣するめ @minagaki

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