第5話 異常な魔力量


、か? シャーロット」

「ええ、、でございます。アイリス様」


 深夜の廃病院。

 そのとある一室には大勢の人間がいた。


 黒スーツを着た人物が手に様ざな機会や道具を持ち、部屋の中を隅々まで調べ上げている。

 その中に、異質な二人がいた。


 黒スーツの男性ばかりの人間の中で、アイリスと呼ばれた軍服とゴスロリをかけ合わせたような格好の少女と、シャーロットと呼ばれたメイド服の少女。

 髪の色も軍服の少女の方は金髪、メイドの少女は銀髪と、部屋の中でもひときわ目立つ存在だ。


 加えて、その容姿も二人共かなり整っていた。

 アイリスと呼ばれた少女は額に手を当ててため息をつく。


「これで二つ目だ。我々が感知する前に『迷宮ダンジョン』を攻略しただと? 一体どうなっている」

「『迷宮ダンジョン』だけを消滅させて、魔石だけ遺していく手口……同じ人物でしょうか?」

「ああ、十中八九同一人物と見てもいいだろう」

「となると、『彼』ですか」


 シャーロットの言葉にアイリスが頷く。


「ああ、以前『迷宮ダンジョン』が発生した廃工場に出入りしていた男子高校生だな。恐らくそいつがこれもやったんだろう。まだ特定できてないのか?」

「聞き込みで大体の特徴は把握する事ができていますが……何しろどこにでもいる平凡な方のようでしたので」


 そこでシャーロットが一区切りする。


「彼は、『迷宮ダンジョン』を悪用しようとする犯罪者、でしょうか」

「その線はないだろう。なんせ、『魔石ませき』を放置しているわけだからな」


 アイリスは地面にまるで放置されるように落ちていたビー玉のような石──魔石を拾い上げる。


「もし『迷宮ダンジョン』や『異能』を知っている人間なら、魔石を放置することはあり得ない。魔石は万能の資源だ。こいつの利用価値を知っている人間が、魔石を遺していく意味がない。そうでないと『迷宮ダンジョン』でモンスターを倒す意味がないからな」

「では、『迷宮ダンジョン』や『異能』を知らない一般人が、この『迷宮ダンジョン』を消滅させたということでしょうか?」

「恐らくな。だが、ただの一般人が『迷宮ダンジョン』を消滅させることなど、常識的に考えてあり得ないんだが……」


 アイリスは落ちていた中で、ひときわ大きいゴーレムの魔石を拾い上げた。

 そして怪訝な顔でその魔石を睨む。


「ただの一般人が、ゴーレムを倒せるのか? 最低でもCランクはあるんだぞ……?」

「ですがお嬢様、前回の『迷宮ダンジョン』もDランクモンスターのホブゴブリンを倒していました」

「CとDでは話が違う。Dまでなら『異能』を持った一般人でもまぐれで倒せる可能性があるだろうが、Cはいくら『異能』を持っていようとも、一般人では奇跡やまぐれなんかでは倒せないからな」

「つまり、この『迷宮ダンジョン』を消滅させている人物は、かなり強力な『異能』を持っている可能性が高いということですね?」

「その通りだ」


 アイリスは魔石を見てニヤリと笑みを浮かべた。


「ああ、これは良いぞぉ……。戦闘訓練も無しにCランク以上のモンスターを狩れるなら即戦力の人材だ。ぜひ私のチームに欲しい……」

「どうやってスカウトするおつもりで?」

「いくらでも方法はある。魔石の価値を知らないならそれで釣れるかもしれんし、そうでなくても他のメリットを提示すれば良い。ああ、最初に日本へ配属されたときは運命を呪ったが、倫敦ロンドンからはるばる日本へとやって来たかいがあったな」


 予想外の収穫を得られそうなことに、アイリスは嬉しそうな笑みを浮かべた。


「我々【異能機関いのうきかん】はいつも人手不足だ。確実にスカウトしなければな」


 その時、アイリスへ一人の黒服が話しかけてきた。


「その、よろしいでしょうか?」

「ん? どうした」

「この『迷宮ダンジョン』残存魔力から大方の魔力量が特定できたのですが……」


 黒服が計器をアイリスへと見せる。


「…………は?」


 ポカン、とアイリスは口を開けた。


「な、なんだこのデタラメな数値は……! こんなの人間じゃないぞ……!? 計測器の故障じゃないのか」

「はい、私も恐らく故障かと思われます。こんな魔力量、人間ではありえませんので」

「そうか、その計器はひとまず捨てて、引き続き調査を続けてくれ」

「はっ」


 黒服はまた調査へと戻っていく。


 しかし彼らは知らなかった。

 計器が示した『彼』の魔力量は正しいことに。



***



「えぇ……」


 次の日、廃病院の前に黒スーツが集まっていた。

 前の廃工場の調査をしていた警察っぽい集団だ。


「マジかよ……昨日の今日だぞ? もうバレたのか?」


 どちらにせよ、この廃病院はもう練習場所としては使えない。

 まだ三週間しか使ってないから、かなりもったいない気持でいっぱいだが。


 俺は隠れながらそそくさと移動したのだった。

 そして真新しい練習場所も消えたことにより、俺は新しい練習場所を求めて彷徨うことになった。

 が、そうそう人気が少なくて開けた場所なんて見つかるはずもない。


「はぁ、今日はもう諦めるか……」


 バイトの時間も迫ってきていたので、仕方なく今日の練習場所の捜索は諦めて、バイトへと向かうことにした。


「外から回るのは面倒だな……路地裏を突っ切ってくか」


 ここはビルが入り組んだように立ち並んでいるため、普通にバイトへと行こうとすれば迂回して遠回りしなければならない。

 だがこの路地裏を突っ切っていけば時間が短縮できるのだ。


 暗い路地裏の中を進んでいく。

 すると、


「ん……? なんでこんなところに……」


 目の前に、また空間のひび割れが現れた。


「こんな街中でも出るのかよ」


 思わず顔が引きつった。

 このひび割れは、今までは人がいる場所から離れたところに生まれていたので、自然と人がいるところには現れないんだと思っていた。


 だが、このひび割れはどうやら人がいる場所でもお構いなしに出現するらしい。

 俺は頭をがしがしと掻く。


「放って置くと絶対にモンスターが出てくるだろうしなぁ……」


 人通りの多い道はすぐそこにある。

 そこへゴブリンやゴーレムなんかが出てきたら、けが人が出るどころの話じゃ済まないかもしれない。


「気は進まないが……消すしかないか。はぁ……」


 そうぼやきながらひび割れの中へと入っていった。

 ひび割れの中の空間に入ってから数分後……俺は異常事態に遭遇していた。


「全くモンスターと遭遇しないんだが……?」


 洞窟の中を数分間歩いているのだが、全くゴブリンやその他のモンスターに遭遇しないのだ。

 今までは最悪数分間歩いていれば向こう側からモンスターがやって来たのに、今は閑古鳥が鳴いている。


 まるで誰かがあらかじめ倒しておいたかのように、静かだ。洞窟の中が。


「その割にはビー玉も転がっていないし、もともとモンスターが少ない場所なのか? 折角時間を使って入ったのに、拍子抜けだな」


 だがこの空間が残っているということは、恐らくまだモンスターは残っているはずだ。

 そいつを倒せば、この空間も消えるはず──と、その時。


 パンパンッ!!!

 洞窟の先から、クラッカーを鳴らしたような音が聞こえてきた。


 いや、微妙に音の重さが違う。

 これは──銃声だ。


「っ!!」


 俺は走って洞窟の先の方へと向かう。

 以前ゴーレムと戦った広間のように開けた空間が現れた。


 その中心にいたのは一人の少女と──竜。

 いや、正確には竜ではない。


 ゼルギアスのような巨体ではなく、せいぜい全長三メートル程の小型の竜だ。

 俺の知識で名前をつけるとしたら、あいつは……ワイバーンだ。


 そのワイバーンに、少女が襲われている最中だった。

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