第5話

 雨露をしのぐために巨木のうろに入り込む。これで一安心、かと思いきやそこには先客がいた。


「うげ、バットビースト……ッ!」

『はぐれみたいだね』


 数匹のバッドビーストがそこには潜んでいて、しかし強くなったことで自信をつけたらしいフェアリートによって呆気なくやっつけられる。追い出してくれれば良いから、と言っていたので命までは取らなかったようだ。飛びかかってきて返り討ちにあったのは4匹。大ダメージを受けて地面に落ちてぴくぴくしている。


「…………あのさ」

『なぁに?』

「モンスターって、系列あるじゃん」

『あるよ』

「フェアリートは妖精系で、バッドビーストは蝙蝠系、あとは獣とか植物とか?」

『なに言ってるか、よくわかんない』


 単語が違うのだから通じないのは仕方がない。問題はここからだ。


「例えばピクシー系だったら、ネームドになれる種族になるには、あと何回進化すればいいの?」

『ピクシー系のトップはグランドフェイ。グランドフェイはみんな名前あるはず』

「ピクシー、フェアリート、グランドフェイ?」

『ピクシー、フェアリート、ウィスプウィング、グランドフェイ』

「あと2段階か―」


 俺はぴくぴくしているバットビーストを指差す。


「こいつらは?」

『バットビースト、ダークウィング、デモンウォリアー、デモンロード』

「デモンロード? なにそれ、格好良い。吸血鬼系なのかな?」

『キュウケツキっていうのは知らないけど、デモンロードは悪魔族の一種』

「もう名前からして強そうだよな」

『うん、ピクシー系よりも純粋な力では強い。でもピクシー系だって魔法得意だし、上位になれば天候も操れるようになるんだからね』


 まあ、プライドあるだろうし他の種族を純粋に褒めやしないよな。

 ダメージから回復してきたのか、バットビーストたちは起き上がってこちらを見ている。

 ――おぉ。仲間になりたそうにこちらを見ているってやつ?

 なんて思って見たけど、そういうわけでもなさそうだ。明らかに敵対するような視線を感じる。まあ、自分の家に侵入してきた連中にいきなり襲われてるんだから友好的なわけもない。


「ごめんなー。さっきあっちの洞窟でお前たちの仲間にやられてさー。ちょっとバットビーストっていうのに恐怖があって先制攻撃しちゃったんだわ。攻撃しないって約束してくれるなら、回復させよか?」

 

 ポーチから万能薬を取り出しつつ言えば、俺の肩に勝手に据わったフェアリートに髪を引っ張られた。


「なんだよ」

『洞窟のは仲間じゃないみたい』

「同じ種族なのに?」

『この子たち、種族の中でも弱かったみたいで、洞窟追い出されたって言ってる』

「へー……っていうか、俺今なんにも音聞こえなかったんだけど、なにで話してんの? テレパシー? 念話とかってやつ?」

『? 普通に話してる』

「……ま、いいや」


 モンスター同士で会話して意思の疎通をしてくれるなら、それから俺に内容を通訳してくれるなら問題ない。


「で、万能薬で治しても良いって言ってる?」

『なんでフェアリートがこの辺にいるんだ、って聞かれてる』

「フェアリートって、この地域にはいないの?」

『もっと深い森の奥に住んでる』


 種族によって生息地域が決まってるってことのようだ。ピクシーも自分たちは強い種族じゃないって言っていたし、多分この辺はいわゆる初心者向け、はじまりの村的な扱いの地域なんだろう。


「っていうか、傷だらけなの見てられないから治すよ」

『ねえ』

「なに!?」


 さっさと治したいんだけど、という俺にフェアリートは2匹のバットビーストを指差した。


『この子たちにも、やってみたら?』

「なにを」

『私にしたようなの』

「マージ? いや、あれは事故でやっちゃっただけで、本当はそんなつもりなくて」

『進化できるって話に興味ないのはいないと思う』


 モンスターたちは、生まれた時から強さが決まっているらしい。同じ種族ならば、ほぼ差のない能力値の範囲内で個体的な強弱はほとんどないようだ。だからこそ、同種族のモンスター同士は同一アイテム扱いでマージ出来たのか! と納得する。

 どれだけ鍛えようとモンスターっていうのは人間みたいには成長しにくいようで、だから鍛錬をするという考え自体がないのだという。変わりものだけが、無駄だと言われながらも身体を鍛えたり魔法の練習をしたりして、極稀に進化することがあるとかないとか。

 

『ほら、進化できるならやってくれって言ってる』

「いやでもさあ。マージって同じアイテムを合わせてちょっと良いものにするみたいなスキルだぜ? いいの? 同一アイテム扱いで。個性とかそういうがさあ」

『個性? ピクシーはピクシーだし、バットビーストはバットビーストだよ』

「……そういうもん?」

『??』


 視線をバットビーストに向けると、今度こそ仲間になりたそうな目でこっちを見ていた。


「ガチ?」


 個性を無視しているような感じがして、あまり気分は良くない。

 ――でも、期待の目で見られてるんだよなぁ。


「ごめん、じゃあやってみるよ」


 右手と左手でバットビーストを1匹ずつ支える。てのひらサイズのピクシーとは違って、翼を広げると1mはあるんじゃないかという大きさのコウモリだ。こんな状況でもなければ触るのにもビビる。ずずずず、と両手を寄せていく。一瞬光って手の中でぶわっと質量が増して、1匹の巨大コウモリになる。


「うわっ、デカ!」


 大きい。大きすぎる。見た目が怖い。若干引いてしまった俺に対し、バサバサと翼を動かしたバッドビースト改めダークウィングは、心なしか嬉しそうに見える。マージすると怪我は治るらしい。便利な能力だ。


『そっちのも』


 フェアリートに命令されて、残りのバッドビーストもマージで進化させる。

 デカいコウモリ2匹を前に、俺は完全に腰が引けていた。しかし、フェアリートの実験? は終わらない。


『次、ダークウィングを合わせてみて』

「え?」

『もうその魔法使えないの?』

「いや、魔法……じゃないと思うから、別に続けて出来そうだけど」

『じゃあ、やって』


 なんで命令されてんの? と思いながら、確認するようにダークウィングを見れば、2匹とも期待の目でこちらを見ていた。


「えーと、次は第三進化形? かなり強くなるんじゃないの、これ」

『うらやましい』

「そういう問題じゃ……そういう問題なのか。いや、悩んでてもしょうない。やるよ」


 ダークウィングたちは、俺のやることに抵抗を示さずおとなしくずるずると寄せられてくれる。ふたつの身体がくっつくと――一瞬光って、そこにコウモリの羽根を背中に生やしたスーツのような軍服のような服装のショタが座っていた。くりっくりの目は全部が黒目で、そこが人間ではないのだと思わせる。手の爪も長い。服のように見える部分も身体の一部なのかもしれない。全裸じゃなくて良かった、と妙な安心をする。


「お、男の子だったんだな、お前」

「……ア゛……ア゛……」


 彼は喉を押さえてしばらく小さな声を出し続けている。口を開けば、尖った牙が見えた。

 

『すごい! すごいよ!! ただのバットビーストが一瞬でデモンウォリアーにまで進化した! ずるい! ずるいずるい!!』

「ア……ありが、と……」

「お、しゃべれるようになった?」


 こくこく頷いたショタは俺をじっと見上げてくる。ぺたんこ座りでそんな目で見られると、そういう趣味がなくても妙な気分になってくる。ちょっと顔が近いな? と距離を取ることにした。


「いや、すごくね? このスキル。全然使えなくないじゃん。なんで使えないって判断されたんだ? ただのリンゴを激レアリンゴに出来るし、モンスターの進化まで出来るんだぜ? めっちゃ使えるじゃん」


 召喚の館では、ポーションと壊れた銅剣しかマージさせてもらえなかった。他のものも試してみたら、使えるスキルとして認めてもらえただろうに。


『そういうのに使えるって気が付かれたら、どこかに閉じ込められてずっと高価なアイテム作らされるかも。奴隷? みたいな。人間ってそういうの得意でしょ。それに、モンスターが強くなって喜ぶ人間、多分いない』

「あー……」


 ぱちぱちと瞬きで返せば、彼女は俺の行動を真似する。


「じゃあ、あの召喚の館の主人は、俺がそういう連中に利用されないようにワザと使えないって言って逃がしてくれたってこと?」

『かもね』

「マジ? 本当だったら、あの人俺の恩人じゃん」

『本当に気付いてないポンコツだったのかもしれないけど』


 私は知らなーい、と軽く言って、また空中をふわふわ飛び出す。


「……君、結構毒舌?」

『毒スキルは持ってない』

「ああ、うん」


 なんだか、ちょっと機嫌が悪いな?

 さっきまでフェアリートに進化出来たって言ってご機嫌だったのに、自分よりも上の段階に進化したバットビーストを見て羨ましくなったようだ。


『私もピクシー捕まえてくる』

「こらこら、待ちなさい。もう外暗くなってるから、夜行性の凶暴なモンスターにあったらどうするの」

『やだー! ズルいーっ!!』

「スカートで暴れないの! パンツ見えるでしょ!」

『……??』

「いや、ごめんって。なんでもないって」


 ピクシーを探しに行くと言っているフェアリートを必死で宥め、その日は木のうろで一晩を明かすことになったのだった。

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ポイ捨てされた巻き込まれ異世界召喚者の俺氏、マージで魔王を目指せって言われたんだけど、どうなのよこれ。 二辻 @senyoko

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