第5話
馬の音はなかった。気配は急に生まれた。声がする前に魔力が動いた。つまり転移魔法だ。
このタイミングで、こんな田舎に、希少な転移魔法持ちの神官が、聖騎士を二人も連れて伝令????
十中八九俺のことじゃないですかーー!!やだーーー!!!
伝令と名乗った神官はモーゼのように開けた道に従って教会へと歩を進める。王都から逃げ出すのに使った
「シスター・アリア、君がここの責任者だね?」
「はい」
こじんまりとした素朴な教会。祈りをやめて振り返り、亜麻色の髪を揺らした優しげな修道女。彼女は両親が死んで村を出るまでの2年間、一人になった俺の食事や衣類の面倒を見てくれた人だった。
「この村出身のセラーズ・バチカルは思想犯の疑いありとして重要指名手配された。戦力、思想共に非常に危険であるとして特別一級戦闘配備が敷かれる」
「かしこまりました」
ひぇ……ハイライト無いシスターこっっっわ……俺にも優しいお姉さんだったのに……
てかセラーズって俺の真名だよな?最近魔術偽名しか使ってなかったから忘れてたぞ、呪い対策はしてあるし問題ないと思うけど。
「彼奴と関わりのある場所はここか迷宮都市のみ。逃げてくるとすればここだろう、訪れたら何も知らないふりをしろ」
っすーーーー。そう、っすね。
他の場所に派遣されたこともあるけど、基本魔物倒して終わりだったし……。住んだと言える場所は村と迷宮と王都だけだ。我ながら行動範囲が狭い。
「粛清は?」
「いや、まだ参考人だ。丁重にもてなせ」
粛清とかシスターから聞きたくなかったよ。にしても参考人か……出来れば捕らえて使い潰したい程には有用だと思われてたわけだ。あと『丁重』にアクセント置くのやめない?絶対拷問とかされるじゃんディストピアのお約束過ぎる。
「ああ、そうだった」
教会を去ろうとした神官がそう零した瞬間、聖騎士の片方がシスターの首に剣を這わせた。
出そうになる声を必死に飲み込む。頭が働かない。どうしてシスターが殺されようとしている?俺はこんなに動揺しているのに。どうして。
どうしてシスターは怯えていない?
どうして、当たり前のように受け入れている?
「彼奴と親交のあった村人は?」
「私と、麦畑のベン、針子の娘サラ、老婆ジュナ、あとは村長が少々です」
「程度は」
「サラ以外は通常の村人と同じほど。サラは個人的な親交があったかと」
「その女を連れてこい」
わからない。
わかりたくない。
命を握られているのに淡々と答えるシスターも、無辜に向かって剣を立てられる聖騎士も、それを指示しておきながら会話を続けられる神官も。
俺からすれば何もかもがおかしくて、全員狂ってるとしか思えない。
サラはどうなるんだろう。妹分とは言ったけど、ほんとにちょっと懐いてくれてる近所の女の子ぐらいの距離感だった。暇な時に遊びに付き合ったり薬草を教えたりとかそれぐらいで、家に上げたこともお邪魔したこともない。
ずっと見ないふり、関係ないと目を背けてきたこの世界の現実が苦しいほどに怖かった。
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宗教戦争ディストピア -転生魔術師は剣と魔法の世界で無神論を貫く- 雪餅猫。 @Yukimochicat
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