もはや今さらどこにも、おいらが手にできる愛も金も自由もない。

 渇きを渇きのまま、虚無感をそのままにやり過ごすしかないんだろうか。

 ずっと鉄棒の上に腰かけ、バランスを取り続ける、ただそれだけの人生なのだろうか。

 

 翌日、おいらはいつものようにまぶしい太陽の下、濃い影の走る地面に目を落としていた。

 ふと、横から声がする。

「あのう」

 その方向に目をやると、あの男がいた。


「あの、昨日はどうもすみませんでした」

 そういって頭を下げた。

 ジャージもヘルメットも予備があったのか、真っ白だった。

 でもさすがにバイクは自分がぶっ壊したせいで修理中なのだろう。周辺には見当たらない。


「悪いことしたね」

 おいらが長い鼻を垂れながら頭を下げると、彼は慌てて手を振った。

「いや、オレが悪かったんで」

「はあ」

 そうやって謝ってくるぐらいなら、初めからあんな態度は取らなきゃいいんだ。

 おいらは、複雑な心境になった。

 

 おいらが足元に目を戻そうとすると、彼はそそくさと包みを出して開けた。

 中身は缶ビールのようだった。


「おいらは、もう飲まないことにしたから」

 そう首を振ると、彼は

「そう言うと思ってノンアル買ってきました。味はほとんどビールと変わんないすよ」と差し出してきた。

「ぜひ冷たいうちに」


 目の前の卑屈な男を見ていると、なんだか彼は彼で大変なんだな、という気もしてきた。


「今度はこういうことがないようにね」

「はい! すみませんでした!」

 半分は自分に言い聞かせるためにいったのだが、彼はしきりに頭を下げていた。


 これを観ている子どもたちは何を思うだろうか。

 大人は大変だね、と言いだすだろうか。

 でも、キミらも皆、遅かれ早かれ同じものと向き合って生きていかなくちゃいけないんだぜ。

 なるべく酒なしで。

 おいらなら片目を閉じて、そう言ってやるさ。





(了)

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シュランの修羅場 悠真 @ST-ROCK

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