…
が、そこで躊躇したのがいけなかったようだ。
彼は、カッと目を見開くと
「アイアン・トリコシ・クロウ!」と叫ぶやいなや片方の手の指を立て、覗き込んでいたおいらに古典的なプロレス技を仕掛けてきた。
要は、目潰しだ。
「うおお?!」
不意打ちを食らって、おいらは目を押さえながら後ろへ下がった。
「なんてことを……!」
それから、男はパンチの雨をおいらに浴びせてきた。
その正義の味方らしからぬ反撃に、おいらは身体的よりも精神的により強いショックと、やはり渇きをおぼえていた。
「うう。なんで、こんな目に遭わせるんだ? おいらがアル中だからか? 酒乱だからか? おいらだって好きでこうなったわけじゃ……」
おいらの申し立てを遮るように、男は被せて高笑いした。
それからこう吐き捨てた。
「このオレ様は、貴様のことが気にくわないんだよ。それ以外に理由なんてあるか!」
(えええ? そんなの、ただのイジメだろう?)
ふと思いがけず、砂場にいる親子が、みじめそうに自分を眺めているのが、目に入った。
とてつもなく、やりきれない思いで爆発しそうになる。
「くそーっ! 飲んでやる!」
おいらがそういったときには焼酎のパックを開けて、口に流し込んでいた。
この渇きは、水やスポドリとかでは到底癒せない。
んぐんぐ、んぐんぐ、ぐびぐび……ぷはああーっ!
すかさずこの身体に染み渡ってくるかんじ、潤ってくるかんじ、そして満ち満ちてくる勇気は、もはや酒でしか得られない。
思わず、雄叫びを上げた。
「うおおおお! やっぱ、これしかないわ!!」
男は、おいらの様子にたじろいでいたが、やがてバイクに駆け寄り、シートによじ登った。
「変身!」
そんなことしたって、所詮人間、そうそう変わらない。
あの男も下種なままだ。
それを見抜ける子どもと、騙される子どもがいる。そして、それぞれに時間が経てば大人になる。ただそれだけだ。
それから、おいらが最後に見たのは虹色の光で、あとは救急車のサイレンで目が覚めるまで、何も意識に上がることはなかった。
時間の経過だけは感じられた。
まるで猛烈な台風が通り過ぎていったあとの様相である。
人気のない公園。植えられた木はことごとくなぎ倒され、フェンスがグニャグニャに歪んでいた。
ブランコの鎖は半数がちぎれ、なぜか彼愛用のバイクが滑り台のてっぺんにあった。
足元には白いヘルメットが転がっていたが、見上げると例の男がジャングルジムの上で、おどおどした様子で息絶え絶えに、こちらをうかがっていた。
引き回されたのか、真っ白だったジャージが破れ、泥だらけになっている。
どうやらまたやっちまったらしい。
家族皆が逃げ出し、誰もいなくなった家の中の荒れ果てた光景が目ぶたの裏でフラッシュバックする。
本当に、本気で酒飲むの止めなくちゃあな。
おいらこそ変身しなくてはならない。
が、アル中は、もう一生治らない病気らしいね。だから正義の味方を名乗る彼の本性を揶揄している場合でもない。
時折やってくる、酒でしか癒せない渇きと、今後どう向き合っていくのか、それに尽きるんだろうな。
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