段差で踵を引っ掛けて、おいらは不意に後ろへひっくり返りそうになる。

 

「あわあわ、あわわ!」

 左右の手をばたつかせて、それがさらに誤解を読んだんだろうか。


「貴様、何しやがる?」

 まるでおいらが殴りかかったかのような言い草である。

 躓いたのは見ていただろうに、ほんと質の悪い言いがかりでしかない。

 おいらは、頭と左右の大きな耳を振った。

「な、何もしてませんよー」


 こんな都合良く物事を解釈する正義の味方がいたら、誰だって悪者にされてしまう。

 これではカルト信者かテロリスト、あるいは生来のクレーマーでしかない。


 男は、両手を四方八方に振り回したあと、ゆっくりと胸の前に構え、芝居がかった決めポーズをした。


「いいか、シュランバ。必ず貴様を倒す!」

 もう何を言っても通じなさそうだ。

 おいらはもう、ため息しか出ない。 

 いい歳した大人が、ほんと……頼むよう。


 酒乱のおいらと、カルト・テロリスト・クレーマーの三位一体男。これをテレビで観ている子どもたちは、どちらに正義があるとするだろうか。

 まあ、いずれにしても良いことはあまりないので、かなりの議論を要すると考えられるが。


 まさか「毒を以て毒を制す」といって、面倒は他人に丸投げする"迷言"を以てオチとする回なのだろうか。


 男は、鼻で笑った。

 正義の名のもとに、おいらを叩きのめす構えだ。

 こうなれば、おいらはあえて先制攻撃を食らうことで正当防衛を訴えるしか道はないかもしれない。

 その代わり、まずはいきなりタマを取られない程度に防御しなくては。おいらは、やや腰を落として、彼の出方を伺う。


「とうっ!」

 踵落としを狙ってきたのか、男は意気がって、特に長くもない足を振り上げてくる。

 おいらは難なく回避した。

 彼はそれを意外に思ったのか、目を見張っていた。

 が、やがて

「なあに、小手調べよ」とつぶやき、アントニオ猪木ばりに軽快なステップを踏みながら、おいらの周りを回り出した。


 しばらくにらみ合っていたが、やがて土を蹴る音がして彼が、キモいとしかいいようのない笑い声を立てて飛びついてきた。


「ひゃーはっはっは!」

(来る!)

 おいらはタックルと予測して、とっさに仕込んであったバーボンの瓶を腰の辺りに構える。

 鈍い音がした。

 彼はしたたかに額を打ちつけ、よろめいたかと思うと、声もなく後ろへ仰向けにぶっ倒れた。

 それから、ぴくりとも動かなくなった。


(や、やったのか?)

 おいらは、恐る恐る男のそばに寄った。

 やり過ぎていたら、過剰防衛でおいらの方が警察に捕まってしまう。

 彼は、口を薄く開けて力の抜けた状態で、どうやら気絶しているようだった。

 今のうちに逃げてしまえば、何ごともなく済みそうだが、頭の打ちどころが悪いとさらに面倒になりそうである。




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