それとも恋の味かしら

ニノハラ リョウ

本編

 とあるくにのすみっこ

 小さな村に小さなおとこのことおんなのこがすんでいました

 おとこのことおんなのこはとてもなかよしで

 ふたりはずーっとずーっといっしょにいることをやくそくしました


 ところが


 男の子は大きくなるにつれて

 女の子をずーっと幸せにするために

 すごい人になりたいと願いました


 すごい人ってどんなひと?


 女の子がたずねます


 勇者になりたい


 男の子は答えました


 それを聞いた女の子は


 どこからともなく一振りの剣を持ってきました


 その剣は


 とても大きくて

 まばゆいほどに光り輝いて

 まの者をやすやすと切りさく

 さやのない不思議な剣でした


 ある日村に王さまのいるまちから司祭様がやってきました


 司祭様は告げました


 聖なる剣をふるうことができるあなたこそ勇者なのです


 こうして男の子は勇者になりました


 そして勇者になった少年は魔の者を統べる王を倒す為に旅立ちます

 少年が心配な少女も一緒です

 

 旅の途中で

 どんな怪我でも治せる聖女のお姫様と

 強い魔法を使える魔女様と

 なんでも切り裂く女剣士様が仲間になりました


 そして幾多の艱難辛苦を乗り越え

 勇者は魔王を倒したのです

 そして二人は……

 

◇◇◇


 

 煌びやかな光に包まれたお城の大広間には、沢山の着飾った貴族たちが、この善き日を祝おうと集まっていた。

 

「ここに! 聖女であり我が国の第一王女である我が娘と! 魔王を討伐した勇者との婚姻を宣言するっ!」


 わぁぁぁ! と大広間に歓声が響く。

 顔を蒼白にした一人の娘を置き去りにして。


 王の前に立つ、美しい金髪を結い上げ美しいドレスを身に纏った美しい女性と、騎士の正装を身に着けた勇者と呼ばれた精悍な若者が、幸せそうに顔を見合わせていた。


 その光景はキラキラと輝いていて、呆然とその光景を見つめていた娘の視界が不意に歪んだ。


「そ、そんな……リオン……酷い……酷いよ……」


 娘の呟きは、タイミング悪く静けさを取り戻した大広場に響いた。

 ざっと娘に視線が集中する。どの視線も咎めるような色を含んでいたが、娘の姿を見た途端、その視線は侮蔑を込めたものに変わっていた。


 何故なら娘の姿はこの場にいる事すら許されない格好だったからだ。


 煌びやかに装った人々の中で、ポツンと一点の染みのように、平民の格好をした娘の姿は、周囲の人間が眉を顰めるのに十分だった。


 そして壇上に並んでいた、勇者と王女もその姿を見止め……嘲るような視線を送った。


「なんだ、サリュ。まだいたのか」


「……っ! リオン?! 村に帰るんじゃなかったの?!」


 サリュと呼ばれたみすぼらしい姿の娘が、縋るような視線を勇者に送るも、当の本人に虫けらを見るような視線を返されてしまう。


 「あんなちんけな場所に帰るわけねぇだろ。俺はここで聖女だった姫様と幸せになるんだ。

 あぁ……サリュはここが馴染まないっていってたもんな。だったらさっさと帰れよ。

 村に帰ったら親父たちによろしくな。息子は貴族になって幸せに暮らしてますってな」


「そ、そんな……リオン! わたしのことっ! お嫁さんにしてくれるんじゃなかったの?! わたしを幸せにしてくれるんじゃなかったの?! だから勇者になった……「うるせぇ!!」 っ!?」


 魔の者を相手取ってきた勇者の強い一喝に、サリュの肩がびくりと跳ねる。


「お前まだそんなこといってんのかよ? 自分の今の格好見てみろよ? 姫様より一つでもいいトコあんのか?

 俺は勇者だぞ? なんで極上の女も手に入るのに、下の下の下の女を娶らなきゃなんねぇんだよ」


 厭味ったらしく嗤うリオンと、その腕に凭れるようにして、嘲笑を浮かべる王女。

 くすくすと周囲の貴族からも嘲笑が漏れる。


「……リオンが……勇者になりたいって言うからっ!」


 激しくかぶりを振ってサリュが叫ぶ。


「おぉ。だから俺は勇者だろう? 聖剣をふるうことができる唯一の存在だ」


 だから、お前みてぇなちんけな村娘、俺には不釣り合いなんだよ


 リオンは馬鹿にしたようにサリュを見やり、腰に佩いだ剣を一撫でする。

 ……光り輝くその剣は、鞘もなく剥き出しのままリオンの腰で光を放っていた。


「……リオンは……わたしを捨てるの?」


 どんどんとサリュの瞳から色が消えていく。

 それに気づいてもいないのか、リオンが嘲るように笑いながら告げる。


「あったりめぇだろ~? なんで勇者になったのにサリュを選ばなきゃなんねぇんだよ。

 大体てめぇ、役立たずのくせにずーっと俺達についてきてよぉ!

 邪魔だったんだよ! とっととうせろっ!!」


 そうリオンが叫んだ途端、聖剣から光が失われた。

 だが、持ち主である筈のリオンを始め、リオンとサリュのやり取りに気を取られていた周囲の人間は誰一人として気づいていなかった。


「……そう……リオンはわたしを捨てるのね……。だけど……わたしは捨てないわ……?」


 コテンと首を傾げたサリュに、再び周囲からの嘲笑が降り注ぐ。


「はっ! 俺に捨てられて狂っちまったのかぁ? 俺はお前を捨てられるが、なんにもできねぇお前が俺をどうこうすることなんてできねぇんだよ! ほら! とっととでてけよっ!!」


 リオンの言葉と同時に、王女が衛兵に合図を送り、サリュの周りを衛兵たちが取り囲む。


「いいえ。リオンは……永遠に……わたしのものよ……?」


「無礼者っ!」


 しびれを切らした王女が叫んだ途端、サリュを取り囲んでいた衛兵たちが動いた。


 ……その瞬間、強い光がサリュを中心に広がった。


「なっ!? この女っ!!」


 魔法でも使ったのかと、周囲の衛兵が切りかかった途端、ぶしゅりと血飛沫があたりを染め上げた。


「あ……?」


 剣を振りかぶったまま、上半身と下半身がズレていく衛兵達。

 しぃんと静まり返った大広間に、ごとりと切り離された衛兵の上体が落ちる音が響いた。

 その中心に立つ血まみれの娘。


「き、きゃぁぁぁぁぁ!!!」


 一人の貴婦人の悲鳴をきっかけに、周囲に動揺が広がる。

 ぶわりと噎せるような血の臭いが広がり、浮足立った人々が我先にと出口を目指す。


「開かないっ! 開かないわっ!!」


「おい! 開けろっ!! 誰だ鍵なんて閉めたヤツはっ!!」


「……っ! おかしい! 窓まで開かないぞっ!!」


 逃げ出そうとした人々に動揺が広がる。

 扉一つ、窓一つ開かなくなったこの大広間は、人々を閉じ込める巨大な牢獄と化していた。


「っ! サリュッ?! てめぇ!! なにしやがったっ?!」


「わたしのものを返してもらっただけよ?」


 コテリと首を傾げるサリュの頬を、一筋の紅い液体が涙のように伝う。


「狂ってんのかっ?! おいっ! サリュっ?!」


「勇者様! 彼女は魔の者が成りすましていたのかもしれません。聖剣のお力でどうか!!」


 あまりの惨劇に呆然としていた王女が、我に返って叫ぶ。

 その言葉にはっとしたリオンが、腰に佩いでいたはずの聖剣に手を伸ばすと……。


「ねえっ?! 聖剣がねえぞっ!? ど、どこだっ!! どこにいったっ!!」


 伸ばした手はすかりと空をかき、虚ろな剣帯だけが残されていた。


「返してもらったって、言ったでしょう?」


 小さな声のはずなのに、その声はやたらと大広間に響いた。

 はっとした人々が惨劇の中央に立つサリュに視線を投げれば、サリュの目の前には、先程までリオンの腰で瞬いていた聖剣が、まばゆいばかりの光を放ってそこに存在していた。


「なっ!? てめぇ!! いつのまに聖剣を盗みやがった!!」


 リオンが慌てて壇上から駆け下りる。


「言ったでしょう? 返してもらったって」


「寝言いってんじゃねぇぞっ! 俺の聖剣を返しやがれっ!!」


 リオンが聖剣に迫り、その手が聖剣の柄に触れた瞬間。


「いてぇっ!!」


 バチリと光が跳ね、リオンの手を打つ。それはまるで、聖剣がリオンに触れられる事を拒んだようにも見えた。


「なんだってんだっ! くそがっ! サリュ! いい加減にしろよお前……っ!!」


「ねぇ……なんで聖剣に鞘がないか……知ってる?」


 リオンの殺気のこもった怒号を受けながらも、色のない凪いだ瞳のサリュが静かに問い掛ける。


「知るかよそんなんっ! そいつは初めから鞘なんてなかった! お前も知ってるだろう?!」


「鞘がない訳じゃないのよ?」


「嘘つくなっ! だったらここにもってこいよっ! ねえんだろう? 嘘っぱちがっ! 大体聖剣に選ばれたのは俺だっ! 俺が勇者なんだよっ!!」


 リオンの言葉にサリュが悲し気に微笑む。

 

「……リオンが勇者になりたいって言うから……貸したのにね」


「……何言ってんだ……? 俺を勇者に選んだのは聖剣だ。お前じゃねぇ!!」


「そうよっ! リオン様が聖剣に選ばれた勇者なのよ!! 早く返しなさいっ! 貴方如きの役立たずがもっていていいものじゃないのよっ!!」


 壇上からリオンを追いかけてきたらしい王女が叫ぶ。

 も、サリュにその声は届かない。


「……だから...わたしが貸したのよ? 鞘は……ここに」


 そう言って胸に手を当てるサリュ。

 その行動が理解できず、床に広がる血だまりの事すら忘れ、周囲は再びサリュに嘲笑を浴びせる。


「……狂ってやがる……。サリュ、昔のよしみだ……。大人しく死ね」


 嘲笑を覗かせたままリオンがそう告げると、二人の間に漂っていた聖剣が、その切っ先をサリュに向けた。


「ほらみろ。聖剣様もお怒りだ。お前がクソみたいな事を言ったせいでなっ! 聖剣に貫かれて死ねっ!!」


 リオンがそう叫んだ瞬間、聖剣はサリュを貫いた……はずだった。


「……は?」


「え……?」


 リオンと王女の困惑を後目に、聖剣はずぶずぶとサリュの胸に沈み込んでいく。

 ……ただし、サリュの背中からその切っ先が覗いているわけでは無い。

 聖剣は長剣サイズの剣であり、それが柄の辺りまで貫けば、その切っ先は背中から見えていてもおかしくない。

 むしろ覗いていない今の姿が異常なのだ。


 そして、剣に貫かれたというのに、一滴の血も零さずに平然と立つサリュ。

 その胸元には聖剣の柄が生えているように見える。


「……な、なんだ……それ……」


「何度も言うけど、返してもらうわ、聖剣」


 サリュがそう告げて、聖剣の柄の部分を掴む。そのまま胸元へ押し込んでいけば、気づけば聖剣は跡形もなく消えていた。


「なっ!! へ、変な魔法使ってんじゃねぇよ! マジで聖剣どこやったんだよっ!!」


 リオンが顔色悪く叫ぶも、サリュの顔色はいたって普通だ。


「ここに」


 そう言ってサリュが胸元に手をやると、ずぷずぷと聖剣の柄が胸元から顔を出し、ずるりと刀身も姿を現した。

 そして周囲に光を投げかける。それは勇者であるはずのリオンが所持していた頃より強く清浄な光であった。


「わたしが本当の聖剣に選ばれし者。選ばれし者はその身が聖剣の鞘となる。それが選ばれた証」


 淡々とサリュが告げた内容に、周囲に動揺が走る。

 

「な、何を言っているっ!? だったら何故勇者リオンは聖剣を扱えたのだっ! 聖剣を扱える事こそが勇者の証! 小娘よっ! 戯言はそれまでだっ!」


 この国の王が叫ぶ。

 も、それ以外の誰もが硬直したまま動けない。


「だからさっきから言ってるでしょう? リオンには貸してあげただけよ。

 だから......返してもらうの。聖剣も……リオンも……」


「は? ……あ……」


 光の残滓が過ぎ去った途端、ころりと床に転がったのは……リオンの首だった。

 その表情は驚愕に彩られてはいたが、死への恐怖は一片も浮かんでいない。……恐らくを感じる前に、首と胴が別れを告げたからだろう。


「は……はひぃ……」


 一拍ののち、リオンの首があった場所から噴き出した血を頭からかぶった王女が、情けない声をあげて座り込む。そんな彼女の尻のあたりから、じわじわと液体が広がっていく。


 そんな王女を後目に、サリュがリオンの首を拾い上げ、愛おし気に胸元へ抱き寄せる。


「ねぇ、リオン。約束したでしょう? わたしを幸せにしてくれるって……。

 聖女様や魔女様や女剣士様と抱き合っていた時は悲しかったわ。

 だけどリオンは戻ってきてくれるって信じてたの。

 だから魔王を倒したのに。

 わたしをいらないなんて言うんだもの……酷い人。


 だけど……。

 

 これならずーっとずーっと一緒にいられるわ。ね? 幸せね」


 まるで宝物のようにリオンの首を掲げ、くるくると踊り出すサリュ。

 狂気の舞を止める者など、止められる者などいるはずもなく……。


「ね? ずーっとずーっと一緒よ? リオン、愛してるわ」


 掲げた首を降ろし、そっと顔を寄せる。


 もはや二度と言葉を紡げないその唇にふれるだけの口付けを落とす。

 ……それは……苦い味がした。


「……さぁ、いきましょう……リオン……」


 聖剣が輝き、人々の目を焼く。


 光が収まった後には、サリュもリオンの首も聖剣も跡形もなく姿を消していた。


 

 ふたりはずーっとずーっといっしょにいることをやくそくしました……永遠に……


 

 happy end……?

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